V-Day--
──V-Day(+1)まであと六日っ( *´艸`)──
「深すぎる愛は自ずと変態性を伴い始める……」
「……それチョコ溶かしながら口にする言葉じゃないよ?」
「でもフウコ? 思うときってない? 好きな人のミトコンドリアになりたいなって瞬間が」
「ないかなぁ」
真冬の寒さがなおも続く二月の頭、親友のアヤちゃんが急に妄言を吐き始めました。あまりの冷え込みように前頭葉まで凍り付いたのかな?
「お湯かけてあげようか?」
ちょうど目の前に湯煎用のそれが沸騰していることだし。
「ど、どうしたのフウコいきなりそんな物騒なこと言い出したりして……怖いのだけど……」
怖がられちゃった。
「アヤちゃんが急に妄言吐き始めたから……凍ったのかなって、思考が」
「ああそういうこと。凍ってはいないわ、思わず漏れ出たのよ」
てへへ、とアヤちゃんが可愛らしくペロリと舌を出します。かわいーなーってなります。
「なにが漏れ出たの?」
「欲望の一端」
可愛らしかった舌ペロは、そのままベロリとした舌なめずりへと変わりました。やば。
「よくぼうのいったん……」
ひらがなっぽく言ってはみたものの少しもかわいい響きになりません。よくぼうという響きからしてもうダメみたいです。可愛らしさが欠片もない。濁点のせいかな。いったんはいい感じなのに。
「なに欲とかは聞かない?」
横目でちらりと私を見て、アヤちゃんは自慢げに聞きます。切れ長で大きな目は凛々しさも携えていて、同性ながらも見惚れるときがあるくらいです。
「ううん。なんとなく予想つくからいいかな」
「性欲よ」
断ったのになー。
「なんで今年のバレンタインデーは休日なのかしら。おかげで一日ズレる羽目になった」
「仕方ないよ。カレンダーでそう決まっちゃってるから……あ、そうだ。休日でも、星砂くんに受け取ってもらうことはできるよね」
家はそんなに遠くないから、という私の提案は「だ、だだだめにきままってるじゃないのっ」とんでもない慌てようで遮られました。
「休日だからって押しかけてまで渡したら、『そんなに好きなのかよこの女、重、ヒくわ……』ってなるに決まってるわっ……! 重いなんて言われたらもう私生きていけない!」
そう、顔を真っ赤にしたアヤちゃんは口早に言います。さっき性欲と口にしたのと同一人物とは思えない純真な慌てっぷりに、私の心はこの肌寒さの残る冬の二月の最中、温まりました。
「イズちゃ、星砂くんはそうはならないと思うけどなー……」
あはは、と苦笑しつつ、私はアヤちゃんをなだめます。
「ちなみにだけど……学級委員長さんは、そういう相手はいないの?」
そう、何を隠そう私ことフウコこと、
「いないの?」
逃がすつもりはないようで。
「ないかなー」
アヤちゃんこと──
あなたの好きな人を私は知っていますし、邪魔するつもりも毛頭ありません。
「とりあえずの試作品は無事にできそうね。出来上がったら二人で食べましょう」
「はーい。お言葉に甘えまーす」
本当にないよ?
──V-Day(+1)まであと四日っ( ✧Д✧)──
敵情視察!
教室内で、私とアヤちゃんは机の上にお弁当を広げて身を寄せ合い、ひとつの方向を見ています。眼をキラリと光らせアステロイド曲線を瞳に引きまして! 私たちの視線の先には、二人の男の子!
一人は平均よりも少し太めの男の子、
そしてもう一人が──
二人は何か真剣な表情で、わき目もふらずに何かを話しているご様子。なんだろ、ふつうに気になる。
「何話してるのかな」
「きっと猥談だわ。男子高校生が真剣な表情で話す内容なんて猥談しかない」
「そうなのかなあ……」
ぽろっとこぼした私の疑問に、眉をひそめたアヤちゃんが汚らわしいとばかりに吐き捨てます。そしてアヤちゃんはキッとイズちゃんたちを睨みつけるように視線をやり、
「食欲と性欲を同時に満たしているの。いやらしい限り……」
恨み言みたいに吐き捨てて、アヤちゃんは片手に持ったツナサンドに可愛らしい一口を喰らわせました。そしてゆっくりと咀嚼からの嚥下をすると、
「あ、ねえフウコ」
「なにー?」
何かを思いついたらしいアヤちゃんが顎に手をあてました。
「夢の中でご飯食べながら卑猥な話をすれば、三大欲求を全て満たしたことになるのかしら」
いつも思うけどアヤちゃん、せっかく綺麗な顔をしてて声も透き通っているのにそんな自分の清廉さに積極的に自分で泥をかけていくスタイルなの惜しいなって。
「どうしたのフウコ。食べ足りない? 食べかけでいいならあげるけど」
きょとんとした顔をするアヤちゃんは、お人形さんみたいだなあとなります。私、食いしんぼうだと思われてるなあって。そこまで食い意地はってないよ?
「ううん。満足してる」
「視線が飢えてたから……」
飢えてる。まあ確かに、飢えてるかも。何となしに視線をまたイズちゃんたちのほうへ向けると──あ、イズちゃんもこっち向いた。「ひぎゃ」ひぎゃ?
よっ、って感じの気さくさで、私はイズちゃんに向かって小さく手を上げます。割と長い付き合いだからそこらへんは適当です。イズちゃんも軽く手を上げて応えてくれて、そのまま俊朗くんの方へ向き直ったから、私もアヤちゃんを見ると、頬を染め上げて口をつぐんでいました。すごい。純情。
「…………ひぎゃって言っちゃった」
蚊の鳴くような声で、アヤちゃん。言っちゃったね。
「急にこっち向いて驚いたから……驚いたからっ……」
咄嗟の奇声を御しきれなかった後悔と羞恥がにじみ出て、なんというか、すごく女の子女の子してる。恋する女の子。さっき猥談だの性欲だの言ってた子といっしょだとは思い難いや。その仕草を見せたらイチコロなんじゃないかなって。見せたらどうかな……言わないけど。
──V-Day(+1)まであと四日──
今は昼休みだ。
晴れた真昼、寒さは弱まり、暖かみがある。過ごしやすい季節の訪れに多少なりとも気分は上向きになっている。寒いよりも暖かい方が断然良い。
「なあ
「うん」
「もうすぐバレンタインデーじゃろう?」
「ああ」
口調だけ不自然に老け込んだ俊朗の言葉に相槌を打ちつつも、頭にあるのは会長からされた『やってもらいたいことがある』との提案の内容だ。詳しい内容は教えてもらえなかった。彼女からもらったのはこの一言だけ──『チロルチョコ渡しておいて実は本命を仕込んでた女とかどう思う?』よく意味が判らなかった。なにそれ、と思った。返答に詰まった挙句の俺の答えが──『隠したいんでしょうか、周囲の人たちに、その、好意を……』会長はいつもの無表情だった。いまの会長の頭の中では蝶々とか舞ってそうだな、とふと思ったのを憶えている。『失礼』『な、なにがですか』『今、私のこと頭の中で蝶々舞わせてる頭からっぽで能天気な女って思ってたでしょ。そういう顔をしていた』『い、いや思って……ましたけど』『しつれいっ!』会長の観察眼はやはり凄い。
「俺、もらえると思う?」
「うん?」
過去(昨日)に思いを馳せていると、俊朗が真剣な表情で俺を見つめていた。
「いや、俺チョコレートもらえると思う?」
なるほどな、自分はチョコがいったい貰えるのだろうか、と。知らんわ。
「俺じゃあ分からない」
「率直でいい。もらえるかもらえないかで言ったらどっちだ。イズ、お前の眼から見た俺はチョコレートをもらえる側の人間か、それとももらえない側の人間か」
「もらえない側だ」
「孰ぇっ」
ガタン、と俊朗が勢いをつけて立ち上がり、周囲のクラスメイトの視線を受けてそっと座った。
「お前は友達を傷つけて何が楽しいんだよっ……」
小声で責められる。
「お前が聞いたんだろ。だから答えたんだ事実をな」
「事実ならもらえる側になるだろうが」
「もらったことあるのか、家族以外から」
「ねえよ。こんなにチョコ好きそうな見た目してんのに誰も察しちゃくれねえっ……! なにが悪いんだ、なにが足りないってんだ、財産か、見た目か、会話力かっ」
「包容力を見せてみたりとかはどうだ」
「ああ? デブがみんな包容力を兼ね備えていると思ったら大きな間違いだぞ」
俊朗の自信満々な自虐っぷりに思わず笑みが零れてしまい、咄嗟に視線を外した先に──相蓮と「ひぎゃ」垂水がこちらを眺めているのが見えた。相蓮はにっこりと片手をあげ、垂水には視線をすぐに逸らされた。……ひぎゃ? ひぎゃと聞こえた気がする。相蓮はいつも通りだ。なら垂水の口から発されたのか? あの垂水の口から? あの常に冷然としている垂水の……ああつまり、空耳か。
「お前ももっと太れよ。お前この頃カロリー足りてねえ顔してるぞ」
「どういう顔だよ」
「やつれてるって顔だよ。生気とか吸い取られてそう。お前んとこって、五階の端っこ使ってるんだろ? しかも例の日は近いし……大丈夫なのかよ」
「平気だろ。俺はそういうの信じてないんだ」
──V-Day(+1)まであと三日っฅ(۩۞ω۞۩) ฅ──
金曜日、週末です。
週末で、放課後です。
「相蓮、服脱いで」
部室で今、私は会長に脱衣を強制されています。
校舎棟の五階廊下の奥まったところ、端っこにある使われていない空き教室でのことです。何に使うわけでもなく持て余しているから、心映研が部室として拝借してます。どこも使いたがらないからあっさりと許可を貰いました。ま、まあこの部屋を使用するにあたって、ちょっと怖かったりもありますけどねっ……で、でも活動拠点はやっぱり欲しかったですし、平気です平気っ、たぶんっ…………。
「え、か、会長そんなっ、会長がそんな人だっただなんて……! そんなことでお金を儲ける心づもりだったなんて!」
「うるさい。服脱げ。着ぐるみ着ろ」
「へ、着ぐるみ……」
淡々と言うと、会長が大きなボストンバッグの中をごそごそと漁りはじめました。そうして取り出したのが、何かもこもこした服? らしき形状のなにか。
「あとこれ」
と言って会長は机の下にもぐりこみ、ななななんと猫の生首っぽいでかいものを────「あ、着ぐるみですか」「机の下でけっこう主張してた。逆に相蓮の気づかなさに驚いた」
「なにに使うんですか」
「それはこれから話す。まあ着てみて。あと上着脱いどかないと多分暑い」
あーだから脱げって。
言われるままに私は制服の上着──ブレザーのボタンを外します。その間、会長はじっと私を見ています。服脱いでいるところじっと見られるのって、上着でもなんか照れちゃうなあ。「胸でか。うざ」あれあれ? 今私うざいって言われましたかぁ?
「相蓮」
「はい」
「シャツも脱いどく? 胸でか相蓮」
「着ぐるみってそんなに暑くなるんですか、あと最後のっていったい」
「分からないけど暑いかも」
「え、ま、まあ……」
「……うざちち相蓮」
「うざちっ……なんてこと口にしてるんですかっ」
「早く着替えないと星砂がくる」
「わ、分かりましたよもう」
会長の言葉は無視です無視無視! 早く着替えないと!
幸い、今の部室内には私と会長しかいません。
イズちゃんまだ来てないから……まあいいかな。下にはインナー着てますし。
シャツを脱いで、たたみ、そっと机の上に置き、いざ、着ぐるみを……
「すみません。少し遅れてしま……」
ナイスタイミングですねイズちゃんこのやろうしにさらせぇぁあ!
──V-Day(+1)まであと三日──
心霊映像研究会の部室へ続くドアを開けると、半裸の相蓮が襲い掛かってきた。
なんか死に晒せとか叫びながら真っ赤な顔で踊りかかってきた。怖かった。
──V-Day(+1)まであと三日っ(●ↀωↀ●) ──
「半裸の巨乳に襲われた感想はどう?」
「会長!」
妙な質問をしないでください! 襲いかかったのは確かですけど! いやだってパニくってましたしインナー着てるからって恥ずかしいものは恥ずかしいですしまだそこまで許した覚えありませんし!!
「恐怖とは何たるかを実感しました」
「良い傾向。大きいものは怖いもの。巨乳とは恐怖の象徴。覚えておくこと。その知識が、これから先にあんたの命を助けてくれる。一万回ぐらい助けてくれる」
「俺一万回も胸の大きな子に襲われるんですか……」
「襲われる。断言する」
「イズちゃんに変なこと吹き込まないでください!」
大きい胸は怖くなんかありません!
私の叫びはくぐもっていました。無事に着替えを終え、猫の着ぐるみを着ていましたので。
「猫が怒ってても全然怖くなひぶ」
会長の頬を、私の肉球付き両手でもって言葉の途中で潰してやりました! よっしゃあざまあみろ!
「ははひへ」
離して、とのことで離してあげました。
「相蓮は追い詰められるとチンピラになる……」
会長がぼそっとそんな言いがかりをつけてきます。なりませんよ失礼な。
ふう、と会長は息を吐くと、私たち二人を真剣な眼差しで見据え、
「二人にやってもらいたいのは、ブランクルームスープ」
そう、言いました。
──V-Day(+1)まであと三日──
ブランクルームスープ。
見たことはある。その経緯も、調べたから知っている。
「ガワだけ真似る」
言い、会長は俺へ視線をやり、
「星砂、チョコ食べながら怖がってみっともなく泣け」
次いで、相蓮(猫)を見、
「相蓮、星砂を慰めろ、但し無言で」
俺がチョコを泣きながら食べて。
相蓮がそんな俺を慰める。それだけの動画。
「その……会長、その動画に、意味とか、あるんですか」
「そこに至った経緯なんて、見た人間に任せればいい。私たちは切っ掛けを与える。考察に価するシーンを提供し、視聴者の想像力を刺激する。そうすれば勝手にバックストーリーを考え、勝手に物語に深みを持たせてくれる。視聴者の脳の数だけ、シナリオにパターンが生まれる。バレンタインデーの日付が変わる前に、それを公開する」
切っ掛けだけの動画。
単体では無意味なものを、これから撮る。
「私が提案するのは──バレンタインデーの終わり際にブランクルームスープっぽいやつあげよ? という、それだけ」
本当にそれだけなのか、と思う。
不穏なワンシーンだけを公開し、想像力を刺激させ、視聴者の数だけシナリオに多様性を持たせたい。まあ理屈としては妥当だろう。
今の会長の表情は、実に楽しげだ。何かに魅入られているみたいにギラギラと目を輝かせている。いつもの頭の中で蝶々が舞っているような無表情さではない。「星砂」「なんですか」「あんたは今、失礼なことを考えている」「はい」「はいじゃないっ」今のように、会長はよく人を見ている。観察している。そんな彼女が、バレンタインデーという明るい日の終わり際に動画を公開するその理由……、
「よし、なら今から撮ろう」
ただ、自分が愉しい気分になるから……だろうか。
「不可解の意図は見えてはいけない」
「不可解……?」
「見えたら陳腐化し、物語はホラーからコメディへ転ぶ」
つまりどういう。
不可解……幽霊とかか。幽霊の考えることを表に出すな、ということなのだろうか。不可解なものの意図が見えてしまったら、話は一気にコメディへ転ぶ……。
意図は隠せ、と。
だから俺たちが撮ろうとする動画も、見える部分だけを見せるだけで、表面以外は一切見せないというわけか。
──V-Day(+1)まであと三日っฅ*•ω•*ฅ♡──
撮影しました。
イズちゃんめっちゃ泣いてました。
すすり泣いて、嗚咽して、号泣して、叫んで……正直、ヒいちゃった。
でも、イズちゃんの演技もなかなか堂に入ってるなって。こう、背筋がゾゾゾってなりました……寒気までしちゃったし……えっと、演技のせいだけだよね……うん、きっとそうだっ……。
──V-Day(+1)まであと三日──
撮った。
機材は会長のスマホだけ。
なんとも安上りな撮影だ、とはいえ楽しいからまあ良しだな。
椅子に座り、目の前に盛られたチョコ(会長がどこからか調達してきたらしい)を叫び嗚咽し泣きながら食べて……感情の入り方が、なんというか上手くいっていた気がする。眼の前のチョコへ対する嫌悪感や拒絶が爆発的に増幅していたように思う……まるでそのチョコが……いや、別に、何の変哲もないチョコなのにな。たまたま、上手く感情を作れただけだろうか。
──V-Day(+1)まであと一日っ(☛(◜◔。◔◝)☚))──
「今日が平日なら今日渡せたのに」
可愛らしくラッピングされたチョコを手に、アヤちゃんがふてくされています。
本日はバレンタインデー当日、で、す、が、私たちにとっての本番は明日なんです。明日学校でイズちゃんへ、アヤちゃんはチョコレートを渡します。ちな本命です。……まあその、あんまり私たちの学校でバレンタインデーって、日にち的にそんなめでたい感じの日でもありませんから、今年みたいにズレてたほうが良かったり、なんて私も思うんですけどねっ……なんか、素直にはしゃげないっていうか……考え過ぎなんでしょうけど。
ちなみに私たちは今、アヤちゃんのお家にいます。アヤちゃん、実は尋常じゃないぐらいのお金持ちのご令嬢なんです。このお家だって白を基調としていて、部屋もなんかいっぱいあります。すごい!
そんな大きな家の大きなキッチンで、私たちは二人でチョコレートを、それぞれ気持ちの赴くままに作りました。
「あ、星砂くんが窓から覗いている!」
「ひぎゃあああっ!? ま、まままってよまだ渡す心の準備ができてないのに!」
驚きよう。
アヤちゃんの家を無断で窓から覗き込むって、いくらイズちゃんでも不法侵入で警察ものだよ? その状況でもチョコ渡すこと考えているアヤちゃんはよほどイズちゃんのことが……。
「……フウコぉ?」
怒らせちゃったっぽい。
「ごめん。そこまで面白リアクションになるなんて思ってなかった」
「今の私はただでさえ追い詰められてるのよ、これ以上追い詰めないで。奇声あげながら窓を突き破って走り去るわよ……」
まあ、告白だものね。本命を渡すということはイコール告白だもん。
心臓チクチク痛むし、胸もギリギリと締め付けられるはずだもん。ギリギリギリって。
「フウコだって、緊張するでしょ」
「うん。緊張はするんだけど、でも義理だしなあ、私のほうは」
私の方は義理だもの。義理義理ギリギリギリ。
──V-Day(+1)まであと一日──
動画が公開になった。
ひどい様だ。我ながら。
部室内の一画に、会長が私費で買ってきた白紙を貼り巡らせた。無機質な角を背に椅子に座り、机の上のチョコレート……またまた会長が買ってきた市販らしきものを砕いて平皿に盛り、俺がそれを泣きながら食べる。制服は脱いでいて、会長が用意したシャツとズボンを着用している。結果、肌面積は元ネタよりも少なめになった。その傍には相蓮インザ着ぐるみ(猫)。急ごしらえの、安っぽい動画だ。一応、俺の声以外の雑音はできるだけ取り除いたものの、よくよく聞けば微かに混じっている。
それでも、不気味だ。
真っ白な教室の角を背後にして、自分自身が泣きながらチョコレートを食っている。傍らには相蓮の入った猫の着ぐるみ。……着ぐるみって身体の線、割と出るもんなんだな。いや違う考えるべきはそんなことじゃない……どこだかわからない白い部屋、なぜだかチョコレートを食べて泣いている得体の知れない少年と、寄り添う目的の不明な着ぐるみ……客観的に見たらただそれだけの動画だ。他に何かが映っているわけでもない。意図しないものが映っていたりはしない。だからコメントでいくつか指摘されているのも、誰かが悪ノリで書いたイタズラだろう。
俺が見返した限りでは、そんなものは映っていない。
──V-Day当日──
足元に転がるのは、想いの潰れた醜い残骸。
手っ取り早くことを運ぶには、この教室が五階に位置していたのが幸いした。
窓を開けた、足をかけた、見渡した街は夕暮れに沈んでいた、まだ肌寒い風を頬に受けた、眼下には誰も歩いていなかった、目を瞑った、前に重心を傾けた、ふわりとした浮遊感があった────それだけ。
──V-Day後日──
あとは何もなく、ただ永遠の空白が待っていた。
断絶された部屋の真ん中で椅子に座り、呆けた私に思考はもはや不要だった。
──V-Day(+1)後日──
誰かが部屋の扉を開けた。
「いいよ」
飛び降りちゃえば?
私みたいに。
──V-Day(+1)後日──
「……」
なに、人のせいにしているの。この女は。
──V-Day(+1)後日──
なに、を! いちゃついている! ムカッつく!!!
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