V-Day+1
──V-Day(+1)当日──
「あんたの演技が迫真過ぎて低評価いっぱいついた」
開口一番、会長に褒められて、
「……やるじゃん」
更にはサムズアップ(無表情)までいただいてしまった。
「俺も見てました。増えていっていましたね、低評価が」
「高評価もついてた」
「微々たるものでしたが」
バレンタインデーの当日、二月十四日午後十一時四十五分に『空白、部屋、チョコ』という題でΥTubeで動画を公開したのだ。我らが心霊映像研究会が撮影したもので、一部界隈で有名なとある動画を元にしている。
真っ白な部屋の角を背に男が一人座り、平皿の上に盛られた砕かれたチョコらしきものの山をえずきながら食べている。その傍には可愛らしい猫の着ぐるみがいて、無言で撫でて、あるいは見守っている、それだけの短い動画だ。音声といえば男が恐怖し、泣き、嗚咽し、叫ぶだけで、それ以外は入っていない。字幕などもない、いたってシンプルなだけの動画。
「
会長にしては珍しい、流暢な誉め言葉。相蓮とは猫の着ぐるみの中の人だ。
俺が男の役をやり、同じ心映研の相蓮が着ぐるみを熱演し……そんな彼女は俺と同じクラスなのだが、まだ登校してきていない。まあ彼女は……朝、弱いものな。
「コメントも見た?」
「見ましたよ……すべてのコメントを一言で要約できます──『意味が分からない』」
──なぜこんな動画を?
──ブランクルームスープのぱくり。
──通報しました
──後ろにもう一人いない?
──ブランクルームでチョコをぱくり。
──子どもの悪ふざけ。
──これ日本?
──後ろの壁のところで微妙に動いている人型っぽい黒い染みは何?
──□□ そんなもの見えませんけど。
──マ?
──こマ?
──やばない?
──誰か通報。
──●● しましたよ!
──●● しました!
──なんかのPV?
──後ろで誰か空気椅子してる
──人をペースト状にしたものが混ぜられてそう。
──後ろにもチョコみたいな潰れたのが転がってる
「なかなかの反響……」
むふぅ、と満足げに会長が息を吐く。頬は上気し、相変わらずの無表情ながらも目の奥には喜色が見える。「ねえ
会長が淡々と俺に促してくる。
ガラス玉のような瞳が、微かな無邪気さが混じっている。
はあ、と小さく息を吐くも、「なぜ会長はこんな動画を投稿しようと思ったんですか」要望通りに尋ねる。
「愉快犯」
言い切ってくれるなあと思う。
会長――
俺が所属する心霊映像研究会の長であり、俺の一個上の三年生である彼女は根本に愉快犯的な思考を鎮座ましましている。今回の動画だって、『バレンタインデーの終わり際にブランクルームスープっぽいやつあげよ』という前後の接点がない単語二つを用いて提案してきた。
バレンタインデーの終わり際。
本来ならチョコを貰って喜ばしい筈の男が。
泣きながらどこかの部屋の中でチョコを食べている。
その傍には着ぐるみが一体だけ。見張るように。
確かに物語性はありそうだ──決してハッピーと評せないような物語性が。
満ち足りた表情でニマニマした後、会長がよいしょと俺の席から立ちあがった。
「ほら」
すると俺の方を向き、ポケットから取り出した何かを投げてよこしてきた。受け取り掴んでいる手の中には、四角く小さなものの感触。ああこれって……、
「良い演技だった、その報酬──ハッピーバレンタイン」
義理義理しいことで有名なチロルなチョコを予想して手を開くと、
「ありがとうございます」
やはりチロルチョコだった。ミルクヌガー。一個。
「……勘違いしちゃダメだよ?」
「どういう意味かと尋ねたとして、答えてくれますか?」
「勘違いしちゃダメ」
俺の表情に浮かんだのはただ、苦笑だ。
会長は相変わらずの無表情で俺を見つめると……「じー……」見つめ、見つめ……「じーーー……」見つめ過ぎじゃないか。それに
「放課後に会おう」
と言い足し、また出て行った。三年生であるのだから自らの教室へ帰ったのだろう。
「もらえるだけ、いいか。それに……いや、俺の思い過ごしだな……」
頂いたチョコの包装を剥がし、口内へ放り込む。甘い。
(放課後……なにするんだろな)
放課後とはすなわち、
それまでは精々、勉学に励むとしよう…………うん? 机の中に、紙? 折り畳まれている……『放課後 話あり 校舎裏 来られたし』
「来られたし……」
危急の電報みたいなこの呼び出しの、差出人はしかし書かれていないみたいだ。
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