第241話「税制改革請願」

「――というわけで、税制どうにかしてください」


 税務査定の翌日、僕は朝一番に城に押しかけてゲッツ閣下に税制改革の陳情をしていた。閣下は頷く。


「なるほどな、理屈はわかる。確かに仕入れにまで税がかけられちゃ、商工業者に不利だわな。商品が売れなかった場合、税負担だけがのしかかるッてのもわかる」

「わかって頂けましたか」

「うむ、だが……リーゼロッテ、どう思う?」


 閣下はそう声をかけたが、返事はない。


「……そうだ、コンラート殿の葬式に出かけたんだったな。なら直接専門家に聞くとしよう、ゼニマール卿を呼んでくれ」


 従者が頷き、程なくして財務大臣ゼニマール卿がやってきた。閣下が、僕が指摘した税制の問題点を説明する。


「――というわけだ。俺もクルトの言い分は正しいように思うが、同時に摂政として半年やってきてわかってきたこともある。『今現在こういう税制なのは理由がある』とな」

「はい閣下、その通りで御座います。先達、歴代の領主たちもこの税制……物品に税をかける方式は、商工業を萎縮させると理解しておりました。しかし『これが今現在の最善である』と判断してきたのです」


 早速、財務のプロに水を差されてしまった形だが……こう言われるのは予想していた。何故なら税務査定にやってきたカサンドラさんがこう言っていたからだ。『こういった贅沢品購入税でしたら『モノ』が残りますので、税務調査がやりやすいのです――本当は収入もがっつり査定してがっつり税金かけたいんですけどねぇ、いかんせん査定人員が足りませんので』と。


「物品購入に対して税をかけるのは、それが最も査定が簡単だから、ですよね?」

「いかにも。目視で課税品目を確認できる上、ブラウブルクのような都市であれば城門をくぐる荷物は税関調査を受けることになります――つまり関税の課税記録が残るので、そこで裏付けも出来る。査定しやすく脱税しにくい仕組みなのです」

「で、対して収入に課税するにはより多くの査定人員が必要になり、市参事会も選定侯家もその人員を用意することが出来ない。……合っていますか?」

「合っています。ゆえに乱雑な言い方をしてしまえば、城門の税関さえくぐってしまえばその内部でどのような商取引が行われ、誰がどの程度収入を得ているかは誰も把握していませんし、把握不可能です」


 うん、カサンドラさんの言葉と相違ない。つまり――


「それを把握するために税務査定員――官僚を増やそうにも、その種銭が無い?」

「半分正解です」

「半分?」

「種銭が無いのは事実です。しかし種銭さえあれば可能かと言えば、それは否ですな。……もう半分は政治の問題です。クルト殿は市の税務査定を受けたのですよね?」

「はい」

「それが答えなのですが、現在ノルデン選定侯領では徴税を各自治体に任せている状態です。ブラウブルク市であれば市参事会が税率を決め、財務官僚を組織し、市民から徴税し、選定侯に一定の割合で税を上納します。……つまりですよ、選定侯政府は上納を受けるだけで、その過程に介入出来ていないのです」

「えー……っと、つまり。『官僚を増やして税制を改革しろ!』って言っても、市参事会が頷いてくれるとは限らない?」

「はい。実際そう勧告すれば『なら補助金寄越せ』だの『なら自治権拡大させろ』だのという取引が発生します。税制改革の補助金は膨大なものになりますし、自治権拡大は中央集権政策と矛盾します」


 ……ちょっとこれは予想してなかったな。というか浅慮だった。ゲッツ閣下はノルデンの最上位領主ではあるが、国の全てを差配するだけの力はまだ無いのだ。となると……


「……ええとですね、実は税制改革の代案として『銃職人への減税措置』をお願いしようと思っていたんですけど」

「まァ、俺からブラウブルク市参事会に減税『奨励』は出来るぞ? だが強制は出来ねェ。軍隊差し向けて強制する手もあるが、当然そりゃ内戦コースだ」

「なんてこったい……」

「勿論、銃の生産は俺の肝いり政策だ。銃職人の立場を確立するため手を打ってはいるが……ここで問題が発生している。ブラウブルク市参事会が未だ銃職人ギルドの結成を認めていねェのは知っているな?」

「はい」

「それ、まだ解決の糸口が掴めてねンだよな……参事会の反発がかなり大きい。俺たちがゴブリンマザー討伐に出征している間ずっと、銃職人関連の法案が通ってねェ」

「銃職人のギルド結成を認めて課税すれば市の税収だって上がるでしょうに、なんでこんなに反発喰らうんですかね……」

「第一に参事が増えるのが嫌なんだろうな。ブラウブルク市の法律じゃ各ギルド長が参事になれる。つまり銃職人の参事が生まれれば、それだけ元の参事たちの影響力が薄まる」


 例えば参事が10人なら、至極単純に考えれば各参事の影響力は1/10ずつということになる。それが1/11になるのが嫌だ、と? わからなくもないが……


「第二に、銃職人ギルドから上がってくる税収が高すぎるんだろうな。お前らいま大儲けしてるだろ? そこから上がる税収はかなり高額になるだろうよ」

「へ? それの何が問題なんです?」

「『俺たちはこれだけ税を納めているんだから、俺たちの意見を聞け』っていうゴリ押しが出来るからだよ」

「あ、あー……」


 つまり参事の影響力は等分で考えちゃダメなんだ、納めている税額も影響力を左右するんだ。とすれば銃職人ギルド結成を認めることは、参事会にとって『強大な影響力を持った新参者』を作り出すことになる、ということか。


「そして第三に、今お前がここにいるように、銃職人は確実に俺の息がかかってるからな、参事会はそれも嫌がっている。ともすれば銃職人を駒にして自治権を奪いに来るんじゃないかッて警戒しているわけだ」

「な、なるほど……」

「まァ実際、冒険者ギルド率いるヴィルヘルムと銃職人ギルド長を起点に自治権奪おうと思ってるんだがな! ガハハ!」

「ガハハ! ……じゃないんですよ、その意図がバレてるんなら絶対法案通らないじゃないですか!」

「隠しようがねェだろこんなもん、俺と関係深いお前が銃作っちまった時点でよォ……だがまあ、故にが真実味を帯びてきちまってるワケだ」


 そう言って閣下は地図を取り出した。それはブラウブルク市の見取り図で――西側に、新たな街区の設計図が書かれている。増えてきた人口を収容するために市を拡張する計画だが、閣下はこの計画を流用して新しい市を建てるという腹案を持っている。


「ブラウブルク市の隣に、新しい市をぶっ建てるぞと脅す。位置的に新都市はブラウブルク市の関税収入を阻害することになるから効くだろうよ。……これで参事会が折れなければ、実際に新しい市を建てる」

「マジでやるんですか……」

「ここで参事会を屈服させにゃ中央集権も進まねえし、お前らだって市での発言権ナシのままだぞ? 今は『ギルドの結成拒否』程度で済んでるが、最悪『ギルドは結成させないが税金だけ寄越せ』って法案が通っちまう可能性だってあるんだ、お前はそれで良いのか?」

「それは嫌ですね、税金納めてるのに何の利益も無いだなんて」

「だろ。……まァ、いずれにせよ相当モメるだろうな。そういうわけでクルト、銃職人どもに周知しておけ。『合法・非合法問わず政争に突入するから用心しろ』ッてな」

「非合法もですか!?」

「そうだとも。ときにゼニマール卿、参事会はどんな手を打ってくると思う?」

「ふむ、まぁ……妥協してギルドの結成を許したとしても、その影響力を削ぐという方向であれば、そうですねぇ……銃の材料の仕入れルートを抑えるとか、それを運ぶ商人を襲撃するとか、銃職人を懐柔しておくとか……」

「なるほどな……ところでゼニマール卿、貴卿が反銃職人派の参事と会合してたって噂が耳に入ったんだが」

「よくご存知で。ですがやましいことは何もございません、銃とは一切関係ない、財務に関する専門的かつ包括的な相談を受けていただけでございます」

「大変結構。……その会合の後、貴卿の実家が営む商会がを仕入れだしたことは何か関係があるのか? 徐々にそれらの値段が釣り上がっているそうだが……」

「まさかまさか、何も関係御座いません。極めて個人的かつ一過性の投機と聞いております。銃職人たちへの影響も極めて限定的かつ一時的なものになるような配慮も忘れておりませんとも」

「なるほどな。ところで市の税務局から客人が来てるんだが……」


 閣下が手を振ると、昨日僕の税務査定をしたカサンドラさんがやってきた。どっさりと書類を抱えて。


「彼女は貴卿と、税務に関する『有意義な話し合いと確認』がしたいそうだ。しかも何故かはわからんが、俺を交えて。俺は全く構わんのだが、貴卿も宜しいな?」

「……おっと、持病の腹痛が!」

「従卒、ここに箱型便器を持て! ゼニマール卿、貴卿の席は便器だ……俺不在の間に好き放題やりやがったな? だがリーゼロッテの監視を甘く見たのが運の尽きだ、収賄・不当な買い占め・脱税、全部バレてンだぞ! クソから何から全部ヒリ出じはくさせてやらァ!」

「アイエエエ!」


 ……既に合法・非合法問わず政争が始まっていた! ゼニマール卿への詰問が始まる中、僕はそそくさと城を退去した。


 とりあえず、次はエンリコさんに会いにいって閣下の警告を伝えよう。その後は銀の鍵の処遇を決めたり、化身の魂を引き渡したり……やることが多い。忙しいだけなら良いのだが、どうにも随所に不穏な要素がチラつくのはどうにかならないのかなぁ……。

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