Fragment 4
第240話「税務査定」
ゴブリンマザー討伐遠征の帰路は何事もなく終わった。無事にブラウブルク市にたどり着いたのだ。
……いや、正確には軍全体で言えば無事ではない。カエサルさんがゲッツ閣下にキレていた。
「雪解けで路面が泥濘化して、後列の到着が遅れているだと? まあ予測はしていたが、どれくらいで着くのだね?」
「不明だ。脛の半ばまで泥に埋まったとかで、負傷者を乗せた馬車が移動出来ていねェ」
「……本気で道路整備をどうにかせよ! 負傷者の後送が出来ないのは士気に関わる上、時期が悪ければ本隊も泥の中で立ち往生していたということではないか!」
「わかってるよ、今回の遠征だって道路がクソすぎて少数精鋭での行軍を強いられたんだしな! とりあえず道路整備税を設けるのは必須だろうよ……」
今回の帰路は、「あと1日で行軍行列の先頭がブラウブルク市に到着する」というタイミングで季節外れの寒波が過ぎ去り、入れ替わるようにして陽気がやってきたのだ。
結果はカエサルさんが言った通り、雪解けで道路が泥濘化した。僕たち冒険者ギルドは本隊側面に展開していたので、最初は「靴が汚れる」程度の泥で済んだ。しかしブラウブルク市にたどり着く頃には雪解けが進み、「足首まで泥に埋まる」状況になっていた。こうなると歩くのも苦労するし、馬車は時折スタックして動かなくなってしまう(木板を車輪の下に挟み込み、人力で押し出して解決したが)。
そして最後方を進んでいた負傷兵たちは、前列が歩いて「足で耕した」、さらに悪化した路面を進むことになり――――最終的に進めなくなった。
これは、うん。本気で道路整備したほうが良いと思う。道路整備税とか言っているので税負担が重くなりそうだが、これは仕方ないんじゃないかなぁ……。
――――そんなことを考えながら家(接収した屋敷だ)に帰ると、執事のゼバスティアンさんやメイドのハンナさんの挨拶もそこそこに、玄関の扉を叩く音が響いてきた。
「僕とイリスは行軍で泥だらけですし、悪いんですけどゼバスティアンさん――――」
僕がそう言おうとする前に、既にゼバスティアンさんは玄関に向かっていた。……なるほどこれが本職の執事、というか宮廷に務めていた人の動きか! 扉越しにゼバスティアンさんと来客が会話を始める。どうやら来客は女性のようだが、知らない声だ。
「どちら様でしょう?」
「市の税務局の者です。"鍋の"クルトさんのお宅はこちらで間違いないですね?」
「はい。しかし主人は今、ゲッツ閣下の遠征から帰ったばかりでして。身支度等もありますので、時間をあけるか日を改めて頂ければと」
「残念ですが今日、今この瞬間ご在宅でしたら、今お会いせねばなりません」
「ふむ。ご要件は?」
「税務監査です」
ゼバスティアンさんが「どうします?」と視線を向けてくる。僕はイリスと目を合わせるが、疲れているし泥だらけなので、休息を優先したいということで合意した。ゼバスティアンさんに首を横に振る。
「……申し訳ございませんが、主人はひどく疲労しておりますので、やはり日をあけて頂ければと」
「まかり通りません。税務監査を拒否したとあれば、脱税の疑いをかけざるを得ませんが。それでも宜しいですか?」
強引な言い分に流石にムッとするが……名声というのは大事だ。嫌疑であっても脱税の噂が立っては、商売がやりづらくなるだろう。
「ゼバスティアンさん、お通ししてください」
「畏まりました」
彼が扉を開けると、そこにはシワ1つない男物の服に身を包んだ、ドワーフの女性がいた。長い黒髪をほつれなくひっつめにし、ぱっちりしているが神経質そうな目で僕を見た。
「はじめまして、税務局のカサンドラです。お疲れのところ申し訳ありませんが、税務監査を受けることは市民、ノルデン選定侯民、そして帝国民の義務ですので、ご理解いただけると助かります」
「……クルトです。どうぞ、おかけください」
不機嫌めにそう言うと、カサンドラさんは気にした様子もなく広間の椅子に腰掛けた。イリスが耳打ちしてくる。
「クソ腹立たしいけど、無礼働いても良いことないわよ。たぶん向こうは、こっちが疲れている時を狙って来てるんだから」
「なんでそんなことするのさ……」
「税務監査、ゴネる人が多いからよ。こっちがゴネる気力も無い時にやってきて、そしてもし逆上して判断力がなくなったら、あるコトないコト言わせて税額上げるのよ」
めちゃくちゃ嫌な役人じゃん! ……ともあれ、キレても良いことないとはわかったので、努めて平静に応対しようと決めた。僕とイリスも椅子に腰掛け、雑談から始めることにした。話題は……そうだ、ドワーフの事務職ってドーリスさんがいたな。
「もしかしてドーリスさんとお知り合いですか?」
「ええ、同郷ですよ。彼女の方が先に山岳要塞を出奔しましたけどね」
「へぇ……それでお2人とも事務方というのは、何か理由が?」
「ドワーフは薄暗い山岳要塞で暮らす手前、夜目が効きますから」
「……?」
「蝋燭を使わずとも夜遅くまで残業し放題ということです」
ブラック企業が欲しがりそうな人材だなぁ! ……ともあれ、これは冗談だろう。そして来たタイミングこそ最悪だが、冗談を飛ばせる相手だとわかった。邪険に扱って話をこじれさせないで良かった……。
「それで、税務監査っていうのは具体的にはどのようなものなんです? 僕は受けるの初めてなので説明いただけると助かります」
「クルトさんは冒険者ギルドに所属していらっしゃいますので、そちらの収入にかかる税金はギルドで処理されるため、ここでは扱いません。銃販売で得た収入に関しても、まだギルドが設立されていないので見送りです。今回は、その他のいち市民として支払うべき税金を確認致します」
そう言って彼女は、紙束を僕に差し出した。そこには税目とその金額が羅列されていた。
「えーなになに、人頭税……市宛、選定侯宛、帝国宛の3種類あるんですね……他は……ワイン税? なんですこれ」
「ワインの購入にかかる税です。結婚式の祝宴のために購入されましたでしょう? 買い付けた酒屋で事前調査済みですので、量に相違ないかご確認ください」
なるほど、酒税みたいなものは店ではなく購入者が支払うのか。面倒だな……ともあれ量に相違はない。
「ええと他には……固定資産税、これはこの屋敷にかかる税金ですね?」
「はい。面積に対してかかります」
「他……使用人税? 人を雇うのにも税金がかかるんですか?」
「かかります。まあ、それは支払うことが名誉ですので、気分よく支払って頂ければと」
「どういうことです?」
「人を養ってこそ一人前の"自立した人間"ということです。昔は貴族しか支払う人が居なかったのですが、近年は裕福な平民も増えましたからね。それを支払うことは、平民が上流階級と見なされるための第一歩となります」
なるほどなぁ。まあ確かに従者が誰もいない貴族とか上流階級だとか、見栄が悪そうだし。それを利用して、名誉欲を刺激して支払わせる税目なのか。良く考えられている。
「ええと他には……なんですかこれ。家屋補修税、贅沢品購入税?」
「ブラウブルクでは家屋補修にも税金がかかります。これも古い=歴史ある家に住んでいる証になりますので、気持ちよく支払って頂ければと」
「この家を補修したのは、戦闘で傷ついたからですが??」
「理由までは勘案されないですねぇ。とにかく家を補修したら税金がかかります」
……この家の元あるじトーマスと戦闘になり、銃をぶっ放したりしたのは僕たちだけじゃなく閣下の近衛兵たちもいたな。あれで壁の補修が必要になったのだ。あとで閣下に請求しておこう。
「そして贅沢品購入税ですが、例えば壁の掛け布ですとか、ガラスの小瓶ですとか……生活必需品ではない物全般にかかります。軽く下調べはしておきましたが、新たに購入されたものが無いか確認させて頂きます。お宅を見回らせて頂いてよろしいですか?」
「どうぞ……」
トーマスが買ったのであろう調度品は、元使用人たちに概ね持ち去られてしまっていた。そのため「最低限見栄えするように」といくつか調度品を買ったのだが、そこにも税金がかかるとはね……。
カサンドラさんと一緒に家中を見て回り、「これは買ったもの」「これは元からあったもの」などを確認し、購入先から値段まで根掘り葉掘り聞かれた。
広間に戻ってくる頃には、僕は気力を削られ切っていた。タンスの中まで全部見られた上に、1つ1つ「いつ買いました?」と聞かれたら疲れるよ……。
僕とは反対に、カサンドラさんは疲れた様子もなく無表情で書類を確認する。
「お疲れ様でした。ご協力に感謝します」
「どうも……」
「で、こちらが最終的な税目と、税額になります。ご確認ください」
渡された書類には、金貨が吹っ飛んでいく税額が書かれていた。支払えない額ではないし、こうして細かく「確認」してしまった手前、今更ゴネることも出来ないので呑むしかない。
しかし1つ気づいたことがある。
「そういえば所得税みたいなのは無いんですね?」
「ギルドに所属している場合は、そちらでかかります。まあ、贅沢品購入税に比べれば非常に大雑把で低額の算定しかしませんけどね」
「ふむ……ちなみに大雑把なのは何故?」
「収入はいくらでも誤魔化しが効くからですよ。反面、こういった贅沢品購入税でしたら『モノ』が残りますので、税務調査がやりやすいのです。故に贅沢品購入税のほうを重視するわけです。……本当は収入もがっつり査定してがっつり税金かけたいんですけどねぇ、いかんせん査定人員が足りませんので」
「一生足りなくて良いと思います、まともに払いたくないので」
「HAHAHA」
「……そうだ、ちなみにギルドの方で支払われる税金も、モノの購入にかかる税目があるんです?」
「そちらが主になりますね。いやぁクルトさん、銃職人ギルドが出来たら、彼らは素晴らしい納税事業者になりますよ。銃が飛ぶように売れている、つまり材料を大量に購入している……そして大量の税金を支払う! 市政が潤いますので、銃職人の発言権が大幅に上がるのでは?」
「嬉しいような嬉しくないような……いや、待てよ? 材料購入の税が主で、所得税は大雑把?」
「そうですが」
「ちなみに、所得税って収入から損失を差し引いた額にかかったりは」
「しませんね」
「……赤字になったら減税されたりは?」
「されないですよ。平民は控除・減税・免税は一切ないです」
「あまりにも冷徹では? というかこの税制、モノを作るために材料が必要な業者に不利では?」
「商人だって同じですよ、商品仕入れに税金がかかりますので」
「じゃあ人にモノを売る商売全般に不利じゃないですか!」
「そうですが……制度への不満を私に言われても困りますね。市参事会かゲッツ閣下に陳情してください」
それはごもっともだ。
しかしこの税制、本当に人にモノを売る商売に不利だな。仕入れや材料購入にいちいち税金がかかる上に、損失は一切考慮されないなんて……あれ、これどっかで聞いた覚えがあるぞ。
「……消費税じゃん!」
モノの購入にかかる税金。収入も損失も考慮されない。買えば買うほど不利。日本にいた頃は、ニュースで消費税について議論しているのをボヤーっと眺めていたが……今この瞬間、あの論者たちがしていた「何故消費税がダメなのか」という説明が完璧に理解できた。
こういう税制のもとだと、僕たち銃職人ギルドのように「技術維持のために製品を造り続ける」だとか「新製品開発のために試作をする」ことを行っている業者が、損をするのだ。
「ちなみに銃職人の税査定はいつです?」
「ギルドが設立されるか、銃販売に関する法律が出来てからですね」
銃職人ギルドは、市参事会の反対で未だ設立出来ていない。カサンドラさんの口ぶりでは、法律すらまだ出来ていないのだろう(おそらく、法を作ってしまったら「それを作る団体」の存在も認めないといけないからだ)。
つまり、まだ介入する余地があるということだ。僕は、明日ゲッツ閣下に陳情に行くことを決めた。今日は疲れたので風呂に入って寝るけど。
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