第228話「銀の鍵 その1」

「どの部隊とも鉢合わせないっておかしくないですか!?」

「方角がそう大きく外れたとも思えん、部隊の間をすり抜けたんじゃねえかこれ!?」


 ――――僕達は絶賛遭難していた!


 林の中に逃げ込んで風をしのぐこと3時間、誰も食料を持ってきていなかった上に吹雪が止む気配がなく、凍死の危険性が高まってきたため本隊への合流を決行したのだ。


 しかし林を抜けても本隊の影はなく(そもそも視界は3m以下だ)、僕たちは「おそらく本隊が通っているであろう道」を彷徨っていた。……いや正確には、林からの距離と、今居る場所に木々が生えていないことから「道である」と判断しているのだが。なにせ雪ですっかり地面が覆われてしまっていて、ただの荒れ地なのか道なのか判別がつかないのだ。


「部隊の間をすり抜けたってどういうことですヨハンさん!?」

「この吹雪じゃあ行軍なんて出来ねえだろ、どっかで部隊ごとに円陣組んで固まってるはずだ! 俺達はその円陣の間をすり抜けた可能性があるってこと!」

「なんてこったい!」


 吹雪で音の通りが悪く、必然的に大声で会話することになる。雪中行軍というのは体力を消耗するが、この大声での会話も体力消耗に拍車をかけている。


「イリス、体力は大丈夫!?」

「だいぶキツい……!」

「一旦休憩しよう、皆林の中に戻りましょう!」


 ――――こうして、僕たちは元いた林の中に戻ろうとしたのだが。


「……本当にこっちで合ってます?」


 歩けど歩けど、林が見当たらないのだ。ヨハンさんがルルに尋ねる。


「俺の感覚が吹雪で狂ったのか? ルル、お前の感覚ではどうだ」

「あたしもこっちで合ってると思うんですけど……」


 野外での活動に慣れているヨハンさんとルル、双方が方向は間違っていないという。しかし現実に、元いた林にたどり着かないのだ――――もう疑いようもなく遭難している。完全に道を見失ったのだ。


 まずいぞこれは、と吹雪の寒さとは別の寒気が背筋を通り抜けたが、ヨハンさんが声をあげた。


「……ん? おい、今一瞬だが吹雪の合間に建物が見えたぞ」

「えっ? でもこの辺りって人口過疎地帯で、村と村の間には何も無いんじゃ……」

「隠し畑か、不法開拓民の家かもしれん。……ここに居ても凍死は必至だ、ひとまず行ってみないか?」


 確かに僕たちは何の遮蔽もない場所を歩き続け、吹雪で体温を奪われ続けている。どこか建物の中に入らねば凍死するのは目に見えている。他に道はなし、と全員が納得し、ヨハンさんが見たという建物の方向に歩き出した。


 ……1分と歩かないうちに、僕たちは林……というには深すぎる木々の群れの中に突入していた。


「……建物、あったんです?」

「おっかしいな……林じゃなくて確かに建物が……そうだ、教会っぽい建物が見えた気がしたんだが……」


 ヨハンさんは首を傾げている。……低体温で幻覚でも見始めたのではないだろうか、と心配になってきた。しかし程なくして突然林は途絶え、その向こうに建物らしき影が見えてきた。吹雪もだいぶ治まり、ある程度遠くまで見通せるようになった。


「あっ、あれですか!?」

「そう、あれだ! ……だが妙だな、あんな木々に覆われてちゃ見えるはずが……」

「それは確かに……でも今は気にしても仕方ないですよ、とりあえず中に入れないか確かめましょう」


 ヨハンさんの疑問ももっともだが、僕も体温が下がり始めたのか歯の根が鳴っていた。今すぐにでも火に当たりたい。そう思って建物の影に向かって駆け出すと、ヨハンさんの言う通りそれは教会だった。僕は扉を叩く。


「すみません! 道に迷ってしまいまして、吹雪が止むまででも良いので中に入れて頂けませんか!」


 程なくして扉が開き、僧服の男性が顔を出した。


「旅のお方ですか?」

「いえ冒険者です、訳あって軍役に参加している途中なのですが……」

「冒険者……いえ、構いません。お困りなのでしょう、さあ中に入って」

「ありがとうございます!」


 男性は冒険者、と名乗った瞬間に顔をしかめたが、イリスとルルとフリーデさんを見ると頷き、中に入れてくれた。……そういえば冒険者はブラウブルク市以外では傭兵とほぼ同義の存在だ、荒くれ者だと思われたのか。しかし女性陣を見て安心したのだろう。


 僕たちが教会――――扉をくぐってすぐの所は礼拝堂だった――――に入った瞬間、1人の男性が駆け寄ってきた。


「なああんたら、外から来たんだな!? そうだろう!?」

「え、ええ。そうですが……」

「やった! じゃあ道があるんだな! 俺は行く、行くぞ! ここから出るんだ!!」


 そう言って彼は目をギラギラと輝かせ、扉に向かって駆け出した。しかし外は吹雪で、彼はどう見ても雪中行軍が出来そうな服装ではない。自殺行為だ。そう思うが早いか、フリーデさんが彼の手を掴んで引き止めた。


「お待ち下さい、その装備では無理です!」

「嫌だ! 俺は行くんだ、出るんだ!!」


 男性はよだれを撒き散らしながら暴れ、フリーデさんの手を振りほどこうとするが――――突如、糸が切れた人形のようにかくんと膝をついた。僧服の男性が首筋にチョップをかましたのだ。


「すみません。彼は少々、精神を患っておりまして……。ああ、自己紹介が遅れましたね。私はここ、オストロフ修道院の院長を務めておりますイザークです。彼……ミハルは私が部屋に運びますので、皆様は広間で温まっていて下さい。礼拝堂を抜けた先です」


 イザークさんが「修道院」と言った瞬間、僕以外の【鍋と炎】の面々が「ああー」と小さく声をあげた。広間に向かいながら、その点についてイリスに質問してみた。


「えっと……修道院って聞いた瞬間に皆がなんか納得してたのは何?」

「修道院っていうのはね、精神病患者を収容する場所を兼ねていることもあるのよ」


 フリーデさんも頷く。


「本来は字義通り修道……信仰のために清く正しく生き、そして規則正しい生活を行う場であり、それを志す者が集う場所なのですが……心を病んでしまった人も規則正しい生活をして、そして神の御心に適うよう心身を清めていれば、いずれ神が心を救って下さるだろう……という考えで精神病患者がたりします」

「……珍しく棘のある言い方ですね?」

「実際は、と判断された者も収容されますからね。ミハルさんの場合がどうかはわかりませんが」

「なるほど……」


 精神病ということにしておきたい者。政治の都合で放逐しておきたい人とかだろうか。だが、純粋に信仰に生きたいと願う人ばかりが入る場所ではないということはわかった。皆がミハルさんの様子を、修道院と聞いて納得していた理由もそれだろう。


 礼拝堂を抜けて広間に入ると、大きな暖炉が部屋の中央にあった。早速装備をほどいて火に当たろうとしたが、ルルに止められた。


「あー待って下さい、凍傷になってたら大変です! 手袋やブーツは脱がずにそのまま火に当たりましょう!」

「あ、そうなんだ?」

「いきなり直火に当たると皮膚が腐ったりしますからねー」

「ひえっ……」


 それは知らなかった、冬の野外活動に慣れているルルが居てくれて良かった。若干もどかしいが、僕達は手袋やブーツをつけたまま火にあたった。布や革ごしにじんわりと身体が温まってくると、「凍死の危険は脱した」という実感がわいてきた。


 5人の大きな安堵のため息が、広間に響き渡った。

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