第227話「始末しない理由」
――――クルトとイリスが去った後。カエサルはゲッツに尋ねた。
「……何故殺さない?」
ゲッツは片眉を吊り上げる。
「質問に質問で返すようで悪いが、甘いと言いてェのか?」
「そうではない。身内を切り捨てるのは難しいことだ、私でさえそう易々とは出来なかったことでもあるしな――――そして後悔したことでもある。切り捨てられなかったものと踏みにじったもの、それらが最終的に私を刈り取ったのだから。故に私は貴卿を責めているのではない、その論理を知りたいだけなのだ」
「ふむ。三つ理由がある……まず第一に、イリスには書を
「ならそれまで軟禁しておかないのは何故だ?」
「第二の理由、それをやるとクルトが暴走する。あれはこちらの意図に気づかねェほど馬鹿じゃあない」
「なら彼ごと軟禁しないのは」
「第三の理由。奴がナイアーラトテップ様の
「……それは、地獄だな」
カエサルは身震いした。リッチーの封印方法を体系化して継承している教会は、彼にとっての天敵でもあり――――庇護者であるゲッツを失うこともまた、自身の破滅を意味しているからだ。
「そしてクルトはまだ教会に、そしてナイアーラトテップ様自身にも殺されていない。つまりはまだナイアーラトテップ様は奴に何かをやらせたいから泳がせているわけだ。まあ、これは解釈の話だがな」
「ナイアーラトテップの
「そうだ。……まあ実際のところ、ナイアーラトテップ様自身が
カエサルがリッチーであることは、マルティナを通じて教会に伝わっている。それでもなおカエサルが討伐されなかったのは、ノルデンの教会が新教を奉じていたからだ。
旧教では「永遠の命とは神のものであり、信仰によってのみ人はそれを得られる」と解釈するため、外法によって不老不死を得るリッチーは討伐対象となる。そして過去に教皇がリッチー討伐令を出したことも大きい。
しかし新教では、考え方こそ同じであるが「でもそれって聖典には書いていないんだよね……」「長生きすると人はろくでもないことする、とは書いてあるけど、だから殺せとまでは書いてないな……」と躊躇いが生じる。
最終的に出た結論は「まあ討伐(封印)方法は確立されているから泳がせてみよう、何かカエサルから得られるものがあれば、リッチーを片っ端から封印している旧教に対しイニシアチブを取れるかもしれないし」であった。
ふとゲッツは口角を吊り上げた。
「第四の理由があった。お前みてェな特級にヤバい奴を抱えるのは慣れているからだ」
「……これは経験則だが、傲慢は身を滅ぼすぞ?」
「わかってるよ、冗談だ。……だがいずれにせよ、泳がせておいたほうが良いものってのはある。正確には、捕まえて縛っておく力がまだこの手には無いンだがな」
「それもそうだ。結局のところ、全てを統制するには宮廷の権力が低すぎる。中央集権を進めねば話にならん」
「ああ。まずは今回の不手際をダシにタオベ伯をシメるところからだな。それが終わって帰って、教会と折衝する。イリスの処遇はそれから決める。それまでは緩やかな監視が関の山だ」
そしてもちろん、クルトとイリスへの情もあるが故のこの判断であるが、2人とも口には出さなかった。
◆
タオベ伯がクレッツェ村にやって来て、閣下と何事か話してコンラート様の甲冑を引き取って帰った後。やっと僕たちにもブラウブルク市への帰還命令が出た。
帰路にもゴブリンの残党がいないか確かめるため、そしてカエサルさんが確立した索敵方法を定着させるため、行軍は索敵陣形を取ったまま行われた。軽騎兵が先行し、冒険者たちが行軍縦隊の側面を警戒するかたちだ。
僕たちは隊列の北側に展開していた――――のだが。
「吹雪で前が見えない! イリス、これマズいんじゃ!?」
「ヨハンさん! ……ヨハンさん!?」
「何か言ったか!? 雪で音が死んでる、もっと大きな声で話してくれ!」
「集合!! 集合!!」
――――僕たちは絶賛、遭難していた。
最初は雪がちらついていただけだった。「厳冬期も終わりなのに珍しいですねー」なんてルルが言っていたのも束の間、急激に吹雪いてきたのだ。前方視界は3m以下にまで落ち込んでいる。
イリスが集合してきたヨハンさんに尋ねる。
「方角はわかる? 一旦本隊と合流するべきだと思うんだけど」
「そこは抜かりない、あっちが南だ」
ヨハンさんは吹雪の中を指差す。しかし彼は首を振った。
「だが、今は見えないが俺たちと本隊の間には林があった。あれを抜けている間に方角を見失うことは十分にあり得る。方角どころか距離すらも見誤る可能性はあるぞ、何せこの吹雪だ」
「ルルはどう思う?」
「あたしも同意見ですねー、見知らぬ森林で視界を奪われたら、熟練の狩人でも遭難します」
「……とはいえ、野営具は荷馬車の中に置いてきちゃったし……ここで吹雪が止むのを待つのにも限界があるわ。ひとまず林の中に入って風だけでも軽減しない?」
全員が頷いた。防寒具は着込んでいるとはいえ、猛烈な風は容赦なく体温を奪っている。風だけでも凌がねば、凍死もあり得る気がした。
全員で固まって林の方に歩きながら、僕は周囲を見渡してみた。やはり視界が悪すぎて何も見えない。イリスを監視している兵が数人いたはずなのだが、彼らともはぐれてしまったようだ。
◆
行軍縦隊の中、ゲッツは全軍に停止を命じていた。吹雪は容赦なく本隊をも襲い、彼らが歩く道さえ覆い隠していた。これでは全軍が道を見失い、バラバラに遭難する可能性すらあり得る。
伝令が次々とゲッツの元にやって来る。
「軽騎兵、全騎収容しました!」
「騎士隊、歩兵隊、弓兵隊も連絡を確立しております」
「負傷兵を乗せた荷馬車が行方不明です!」
最後にヴィルヘルムがやって来た。
「冒険者ギルド、ほぼ収容完了しましたが……いくつかのパーティーがまだ戻りません」
「具体的には?」
「北に展開していたパーティーの半数、つまり【ガッリカ】【ゲルマニカ】そして【鍋と炎】です」
「……ご苦労、吹雪が止むまで休んでろ」
「了解」
ヴィルヘルムが去った後、カエサルがゲッツの傍に馬を寄せた。
「ゲッツ殿。イリスを追わせていた監視員だが、連絡がつかぬ」
「2人ずつを3交代でつけていたよな?」
「ああ、片方が我々に連絡できるようにとな。だがどちらも戻らぬ」
「丸ごと遭難した、と思いてえが……」
ゲッツは「クルトはそこそこ頭が回る」「イリスは遥かに頭が回る」と考えていた。故に「全てを察した上での逃亡のリスク」が常に頭をチラつく。
「騎兵を捜索に出すことは出来ねェか?」
「この吹雪では自殺を命じるようなものだ」
「……だよなァ。信じて待つしかねェか」
ゲッツは大きなため息をついた。カエサルもまた、眉間を揉んでいた。二人は言葉を交わさずとも、お互いが何を考えているかわかった。
「いっそ殺せていた方が気が楽だったのだがなぁ」と。
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