Fragment 3

第226話「契約」

 遡ること、タオベ伯爵がやって来る前――――クレッツェ村の戦いが終結した翌日。僕とイリスはゲッツ閣下に呼び出されていた。簡易的に補修した教会に本営を置いた彼は、テーブルを挟んで僕達と向き合っていた。


「この度は誠にご苦労だった。単独でゴブリンマザー1体撃破、並びに1パーティーでゴブリンロード……もといナイアーラトテップ様の化身の討伐の功は大きい。追って報奨を与えよう」


 彼はそう言ってから、1つため息をついた。そして手に顎を乗せて尋ねてきた。


「……で、あの爆発は何だ。イリスの仕業だというのはヴィルヘルムから聞いているが」


 イリスが平坦な胸を誇張するかのように反らしながら答える。


「新しい火炎魔法です。私が開発しました。この私が!」

「正確には、ある村の廃坑から見つかったハイエルフの碑文を僕とイリスで検証して、それを攻撃に使えるようイリスが放ったかたちですね」


 閣下は頷くとさらに尋ねてきた。


「あの魔法を、他に知っている者はいるか?」

「いいえ」

「より正確に聞こう、あの魔法の呪文を近くで聞いた者はいるか?」

「聞き取れる距離にいたのは【鍋と炎】だけですね」

「検証の時もか?」

「はい」

「大変結構。ではイリス、あの魔法――――あれなんて呼べば良いンだ?」

「実はまだ実験段階なので名前つけてないんですよね。酸素マシマシファイアボールって呼んでますけど……」

「名称は追々どうにかして貰うとして……とりあえずその酸素マシマシファイアボールとやらは秘匿禁術に指定する。良いな?」


 秘匿禁術とは――――と聞こうと思ったが、イリスが確認してくれた。


「それはつまり、酸素マシマシファイアボールの他人への伝授を禁止し、その代わりに私には対価が支払われる。そういう認識で良いですか?」

「その通りだ。……率直に言ってあれは危険過ぎる。銃は良い、一定の性能のものを取り揃えるにはある程度の工業力が必要なうえ、使ったとしても1発で騎士を殺せるかどうかッてところだ。だが酸素マシマシファイアボールとやらは」

「はい、あれなら甲冑着ていようが何だろうが、戦列ごと吹き飛ばせます!」

「だから危険なンだよ! 一定以上の実力を持った火炎魔法使いしか使えねェって条件こそつくが、それが1人でも居たら騎士小隊、それどころか騎士中隊1つでも一撃で消し去りかねん威力! 流石に無秩序に広まるのは看過出来ねンだよ!」


 閣下の言わんとしていることはわかる。銃はまず生産に職人の手が必要で、何とか生産して数を揃えても長銃ですら「50m以内なら当たるかもしれない」程度の命中率しか発揮出来ない。有効に使うには、今回拳銃騎士たちがやったようにある程度まとまった人数で一斉射撃を行うしかない。


 しかし酸素マシマシファイアボールは、術者1人で「銃兵を数百人並べて撃ち、しかも全弾命中した」ほどの威力を発揮出来る。しかも銃では敵前列が壁になってしまい後列まで被害を与えることが難しいが、酸素マシマシファイアボールなら爆風で後列まで吹き飛ばせる。実質、一発で数百人の銃兵の数斉射と同じ威力が出せてしまうのだ。それもたった1人で。


 閣下は話を続ける。


「……現状、酸素マシマシファイボールを習得した魔法使いは、1人で訓練された銃兵数百人に匹敵する戦力を発揮出来る。魔法使いの育成にはカネと時間がかかるし、そもそも魔力量という才能が必要という条件もある。だが諸侯は多かれ少なかれ魔法兵を抱えているモンだ、それが全員酸素マシマシファイアボールを取得してみろ、戦争のあり方……どころか社会構造までもが全く変わっちまうだろうな」

「というと?」

「まず戦場は酸素マシマシファイアボールの撃ち合いになり、敵味方ともに大量の死者が出るだろう。それに社会的には、"酸素マシマシファイアボールを取得した山賊" なんてのが出てきてみろ、地獄だろ?」


 抵抗する村を一撃で焼き払う山賊。あるいは領主の屋敷を一撃で吹っ飛ばす山賊・反乱軍。そんなものが跋扈する世界――――確かに地獄だ。


 イリスも頷くがしかし、彼女は閣下に尋ねる。


「秘匿する必要性はわかりました。でも研究し、それを後世に残すべきだとも思います」

「それはそうだな。言ってしまえば、酸素マシマシファイアボール……マジで早く名前どうにかしろよ……が普遍化しても問題ないような体制が出来るか、あるいは対抗策さえ生み出しちまえば問題がねえワケだ。そしてその時、ノルデンが酸素マシマシファイアボールの知識を失伝している、という状態は避けたい」

「じゃあ研究の続行と、書をしたためることは許可して頂けますね?」

「制限付きでな。まず酸素マシマシファイアボールの発動はひと気のない場所でやること……いや、俺の手勢が十分に人払いをした場所でしかやらないこと。そして研究書は俺にのみ献本し、複製は作らないこと。これが条件だ」

「わかりました」

「……物わかりが良いな」

「ええ、2発撃ってスッキリして、頭が冴えていますから」


 セックスより我慢するの難しいって言ってたもんねー。正直イリスは興奮して「もっと研究させてください!!」と閣下に頼み込むと思っていたのだが、賢者タイムに突入しているようだ。


「つまり閣下、貴方は私がこの条件を呑まなかった場合、私を始末するつもりなんでしょう?」

「えっ」


 僕が驚くのも束の間、閣下は頷いた。


「端的に、お前は今ノルデンどころか世界を滅茶苦茶にしかねない知識を持っているからな。それが漏れるくらいなら俺が始末する」

「理解します」

「助かるよ。まァ、少なくともお前が納得出来るような金額と待遇を渡せるようにはする」

「お願いします」

「あと、酸素マシマシファイアボールについてはそうだな……"事前に大量の火薬をぶちまけておいて、そこにファイアボールを撃ち込んだ" ってことにしておけ。俺もそういう噂が出回るようにはしておくがな」

「わかりました」

「よろしい。話は以上だ、行って良いぞ」


 僕とイリスは教会を出た。自分達のキャンプに向かいながら、イリスと話す。


「……考えてみれば、それくらい危険なものだよねアレ」

「そうねぇ。いや正直、城に軟禁するとか言われるのかと思ってたわよ」

「そこまで……いや、そこまでしたいのが本音だよね、閣下の立場だと」

「でしょうね。でもしなかったのは厚意……"監視をつけて泳がせるのが厚意の限界だ" っていう意味だったのかも」


 ふと周囲を見渡してみる。クレッツェ村は戦場掃除の最中で、多数の兵士が歩き回っている。……しかし『意識の可視化』を使うまでもなかった。幾人かが僕たちを遠巻きに見ているのがわかった。


「……色々とやり辛くなるね」

「まあ監視されているだけなら実害は無いし良いんじゃない? そう納得するしかないわよ……あーあ、衝動的にぶっ放しちゃったこと、少し後悔してきたわ」

「まあぶっ放してなかったらゴブリンマザーとの戦いに苦労して……少なくない損害が出ていただろうし、それに化身も逃していたと思う。仕方ないよ」

「ままならないわねぇ」

「ままならないねぇ」


 そんな会話をしながら、僕は1つ決心していた。


 今後、下手すると閣下の手でイリスが殺される可能性がある。もし彼との契約を破るようなことがあれば、彼は国を守るために容赦なくてを下してくるだろう。イリスが積極的に契約を破るとは思えないが、酸素マシマシファイアボールを使わざるを得ないような状況に陥るなど「止むに止まれぬ使用」というのはあり得る。


 ……そういう状況に陥らないようにするのが、僕の役目だ。戦闘力と判断力を磨いていかなくてはならない。

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