第223話「クレッツェ村の戦い その3」
「に、二体!」
ゴブリンマザーが2体。地面に潜んでいたそれに付随するゴブリンたちは100体前後なので、敵の戦力はゴブリンマザー2体、通常種ゴブリン200体。純粋に敵が2倍に増えたことになる。それが一斉にこちらに向かってくる。対峙する僕たち冒険者ギルドは50名。皆動揺を隠せていない。
「落ち着け、やることは変わらないぞ! 射手はゴブリンマザーの目を狙え! 魔法使いは四肢を狙って足を止めろ! 前衛は防御だ!」
ヴィルヘルムさんは冷静に指示を下す。……そうだ、やることは変わらない。ゴブリンマザーの巨体で薙ぎ払われたら、僕たち前衛は崩れてしまう。故に射手と魔法使いによるゴブリンマザーの足止めが重要だ。そうすれば、あとは通常種ゴブリンの群れを前衛が冷静に処理すれば良い。
「イリス、頼んだよ――――」
ちらとイリスを見ながらそう言ったのだが、彼女は既に詠唱を始めていた。それはいつものファイアボールの詠唱より長かった。
「……まさか」
イリスの目は爛々と輝いていた。新しいおもちゃを試す子供のように。
野営地では射線上に味方が居たため使えず、今回も先程まで前に騎士隊が居たため使えなかった、高威力で広範囲を焼き払う……というより吹っ飛ばすアレ。確かにアレを撃つなら今が最高のタイミングではある。いや、味方への警告すら省いて詠唱時間を稼いでいるから、最高のタイミングで撃てるのだが。
「ぜ、全員伏せてくださーい!! せめてしゃがんで!!」
僕が警告を代行した直後。イリスの杖から、1つの火球が飛び出した。見えないが、酸素球も一緒に射出されているのだろう。それらは背の低いゴブリンたちの頭上を飛び越え、地中に潜んでいたゴブリンマザーの方へと向かっていった。それを見送りながら、イリスが吠える。
「酸素マシマシファイアボォォォォォォル!!!! 実戦初使用!!!!」
「君も伏せるんだよ!!」
両手を振り上げて吠えるイリスを無理やり伏せさせた瞬間。
凄まじい爆発が起きた。巨大な爆炎がゴブリンマザーとその周囲15mほどを包み込み、雪や土を含んだ爆風が通常種ゴブリンをなぎ倒し、さらに地面を舐めるようにして炎の波が走った。
「「「Iiiiiiaaaaaaaaaaaaaaaaa!?」」」
「「「ぬわーッ!?」」」
爆心地から50mは離れているにも関わらず、爆風は容赦なく冒険者ギルドにも襲いかかり、何人かの戦士はバランスを失って倒れた。そこに舞い上がった雪や土がぼとぼとと落ちてくる。
「イヤッホォォォォォォォゥ!!!!」
僕の腕を抜け出してイリスが立ち上がり、叫んだ。
「ねえ、前回より爆発大きくなかった!?」
「酸素球を2つに増やしたわ!!」
「道理でね!!」
この女、土壇場で威力実験やりやがったな……。ともあれ、冒険者ギルドの面々もちらほらと爆発の衝撃から回復し、立ち直って酸素マシマシファイアボールの戦果を確認し始めた。直撃を避けたゴブリンたちは足を止めていた――――というより強制的になぎ倒されていたが、立ち直っておずおずと爆心地を見た。
死屍累々、とはこういうことを言うのだろう。
爆心地付近には「肉片」としか形容できなくなったゴブリンたちの死体が散乱し、生き残った者は目鼻口、そして耳から血を垂れ流しながらのたうち回っている。そして直撃を受けたゴブリンマザーは――――前衛的なオブジェめいて事切れていた。首から上の皮膚や筋肉が吹き飛んで骨だけになり、下顎はなくなっていた。
「イヤッホォォォォォォォゥ!!!!」
再びイリスが叫んだ。たった一撃でゴブリンマザーを屠り、周囲に居たゴブリンたちも半壊させた。前代未聞の大戦果だろうし、叫びたくなる気持ちはまあ、わかるが。
「気持ち良いィーーーーッ!!!!」
……なんか危ない方向に向かってる気がするんだよなぁ。
ゴブリンたちは衝撃が抜けきらないのか、呆然としていた。ヴィルヘルムさんも突然のことでまた呆然としていたが、気を取り直して命令を下した。
「えー……冒険者ギルド、突撃。足を止めた通常種どもを蹴散らせ。射手と魔法使いは教会のゴブリンマザーを撃って足止めだ」
「「「りょ、了解」」」
「ただしイリス、アレはもう使うなよ。あとは通常の戦法でどうにかなるから」
「えー」
「えーじゃない! クルト、そいつをちゃんと御しておけよ!? いいから全員突撃だ突撃!! 前へ!!」
「「「
冒険者ギルドは茫然自失としているゴブリンたちに向けて突撃を開始した。爆風で雪が吹っ飛び、幾分足場が良くなった地面を駆けながらイリスが尋ねてくる。
「も、もう一発! もう一発撃っちゃダメかしら!?」
「ダメって言われたでしょ!? この距離じゃ味方を巻き込むでしょうが!」
「だって気持ちよかったんだもん!! もう普通のファイアボールで満足出来る気がしないわ!!」
「ダメだからね!? 絶対ダメだからね!?」
「セックスより我慢するの難しい!!!!」
「もう黙って戦闘に集中しろーッ!!!!」
◆
ゴブリンロードとして振る舞っていたナイアーラトテップの化身は、無表情でつぶやいた。
「ノルデンおかしいだろ」
伏兵にしていたゴブリンマザーが魔法一発で葬られ、通常種ゴブリンの突撃も挫かれ、今や逆襲を受けている――――あの魔法は、太古のハイエルフが使ったものだ。魔力で元素を呼び出して使う、シンプルだが強力な魔法。ハイエルフの滅亡とともに失われたはずの魔法。それが今、どういうわけか現代に蘇っている。
「この国は、おかしい」
化身の視線の先では、教会から出撃したゴブリンマザーがあっという間に両目を射抜かれていた。天才的な弓使いがいる。続けざまに多数の魔法がゴブリンマザーの手足に突き刺さり、ゴブリンマザーは無力化されてしまった。討伐方法が確立されている。
「……逃げるか」
化身は身を翻し、戦場の混乱をよそに逃げ出した。遅かれ早かれ、最終的に負けることはわかっていた戦役である。この会戦にしても、伏兵で冒険者ギルドを壊滅させても、最終的には騎士隊にゴブリンマザーを処理されて負けは覆らなかっただろう。
化身の目的は「ゴブリンを使ってどの程度人間に対抗出来るか確かめる」ことであった。想定より対抗出来なかったものの、それはノルデンの人材が優秀過ぎたせいだろう。他の国であれば、もっと暴れられたはずだ。それがわかれば十分であった。クルトを殺せなかったのは口惜しいが、拘るほどではない。
「チッ、小賢しいな……」
飛んでくる矢を避けながらつぶやく。逃亡する化身に気づいたのか、幾人かの射手が矢を放ってきた。しかし化身は攻撃の意図を感知し、事前に避けてしまう。意識を視覚的に認識できる化身にとってみれば造作もないことである。
また1つ、自分に向けて攻撃の意図が向けられていることに気づいた。同時に、少女と少年の声が響いてきた。
「あれなら撃っても味方巻き込まないわよね!?」
「やめときなって!! 化身殺したいのは山々だけどさぁ!!」
「セックスより我慢するの難しいのよ!!!!」
化身は全力疾走を開始した。
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