第221話「クレッツェ村の戦い その1」
2日間の休息の後、ゲッツ率いる救援部隊はクレッツェ村に向けて進軍を開始した。この2日間のうちにタオベ伯軍の増援1500人が到着し、元々の救援部隊1800人、野営地の生き残り400人(残り500人は再編成のため野営地に残置)を加え、総数3700人の軍勢となった。
別ルートでクレッツェ村に接近中の救援部隊もあるが、到着まであと3日はかかる見込みだ。しかしゲッツはそれらの部隊との合流を待たず、クレッツェ村のゴブリンマザー討伐に乗り出した。
カエサルがぼやく。
「結局、川の氷は溶けなかったな」
「ああ。だが川の氷が溶ける頃にゃ陸路は大惨事だろ、ある意味幸いだ」
「……雪解け程度で
ゲッツが討伐を急いだ理由は道路にある。川が凍結し水路輸送が停止している今、軍隊の食料は陸路で運ぶしかない。しかしノルデンの貧弱な道路を使う陸路輸送では、現状の3700人の軍勢ですら養うのがギリギリだ。
他の部隊と合流して軍勢が膨れ上がったら。雪解けで陸路すら使えなくなったら。数千人の軍隊が、数千人の飢えた放浪者へと姿を変えてしまう。迅速にゴブリンマザーを討伐し、可及的速やかに帰らねばならない。
暫く行軍していると、伝令がやって来た。
「偵察隊より通達。道路上での待ち伏せは確認出来ず、クレッツェ村へ到達。ゴブリンどもは村に立て籠もっております。既存の家だけでなく竪穴式住居も多数建設されており、ゴブリンの総数はおそらく6000体は下らないかと」
「ゴブリンマザーは?」
「視認されておりませんが、村の中心の教会が破壊されており、その外壁を利用して巨大な天幕が建設されていました。その天幕には次々と食料が運び込まれ……ゴブリンどもが湧き出してきていました」
「現在も兵力は増強中、と。ご苦労、原隊に復帰しろ」
「はっ」
ゲッツが討伐を急いだ理由はもう1つあった――――時間とともにゴブリンの数が増えてゆくからだ。人口4000人だったクレッツェ村の備蓄食料をベースにゴブリンマザーが出産を続けた場合、どれほどまでに数を増やすかわからないのだ。
「……それにしても数が多すぎる気がするンだがな。青い山に出た時は早期討伐したとはいえ、1000体には届かなかったはずだ」
「儀式で生まれた
「わからん。が、あり得ん話じゃねェわな。クルトの話じゃ、太古の魂を大量に捧げる儀式が行われたっつーし……そのぶん強力な出産能力を与えられたとしても不思議じゃあねェ」
「であれば最優先でゴブリンマザーを倒さねばならんな。いくら軍勢を打ち破っても、際限なしに補充されるのではたまらん」
「ああ。ゴブリンロード……もといナイアーラトテップ様の化身も懸念だが、そっちは二次目標だな。どんな名将も手駒が無けりゃただの兵卒と変わらん、まずは駒を潰す」
ゲッツとカエサルは頷き合った――――そしてその2時間後。ゲッツの軍勢はクレッツェ村に到着し、布陣を開始した。「クレッツェ村の戦い」の幕開けである。
◆
クレッツェ村は悲惨なことになっていた。家々は恐らくそこからゴブリンたちに侵入されたのであろう、あちこちに大穴が空いており、そこが枝や丸太などの端材で雑に塞がれていた。そうした既存の家と、これまた雑に作られた竪穴式住居の群れからゴブリンたちが出撃してくる。
僕たち救援部隊は村の南側から侵入し、広大な畑を挟んでゴブリンたちと対峙した――――主戦場は畑になるのだろう。積もった雪の中から、ライ麦の緑が顔を覗かせている。あれを踏み荒らしながら戦うのだ。
「もう世話する人間がいねーんだ、気にしても仕方ねぇさ」
「……俺たちが麦踏みをやって、ゴブリンどもの血を肥料にして。今年は豊作になるだろうってのにな」
冒険者たちがそうぼやいている。継ぐ農地が無いがために農村を飛び出し、冒険者になった人も多い。そういった人たちは、村で戦うことに複雑な思いを持っているのだろう――――クレッツェ村を、飛び出してきたはずの故郷に重ねて。皆、戦意は十分だった。
戦闘自体は既に始まっており、畑の中で軽騎兵とゴブリンの小さな群れが戦っている。こちらの布陣を邪魔しようと仕掛けてきた群れに、軽騎兵が対処しているのだ。
僕たち冒険者は東翼にいて、その前に配置された騎士隊と若干の歩兵ともども戦闘準備が整っている。その西、中央に配置された救援軍歩兵も準備完了――――しかし、最西翼に配置されたタオベ伯軍が着陣に手間取っている。
彼らは
「……それにしても、僕たちに下った命令は"騎士隊とともに敵東翼を突破し、ゴブリンマザーを討伐せよ" だけど。支援してくれる弓兵は居ないんだね」
「そうね……弓兵は全部、西翼と中央に配置されてるみたい」
イリスの言うとおり弓兵は西翼と中央の
「あれに突っ込むのは、僕たちみたいな
「騎兵はもっと嫌でしょうね。というか無理なんじゃ? 殿下とカエサルさんは何考えてるんでしょ……」
首を捻っていると、騎士隊のところに伝令がやってきた。直後にラッパが吹き鳴らされ、騎士隊が前進を始めた。そして歩兵隊と冒険者には「いつでも騎士隊を支援出来るように準備しておくべし」と命令が下った。
「あれっ、僕たちが先鋒じゃないんだ!? 騎士隊だけであの槍衾を崩すの!?」
「いや、見て。騎士隊の前のほう、
僕たちの目前に居る騎士中隊は
◆
「騎士隊、前進せよ」
ゲッツはそう命令を下し、戦闘の推移を見守っていた。タオベ伯軍の着陣が遅れているが、ゴブリンたちもまた、数が多すぎるせいか着陣にもたついていた。総数は6000から8000の間だろうか。だが隊列を組み終わっているのは、まだ6割程度といった様子だ。これを好機として騎士隊に攻撃を命じたのだ。
「さぁてどうなるかね……」
ゲッツが見守る騎士隊300人は、100人で1個中隊を構成し3個中隊に編成されていた。うち2個中隊が拳銃所持者である。
拳銃騎士中隊は前進しながら段々とその歩速を速め――――といっても人間のジョギング程度だが――――ゴブリンたちの前方10m程度まで接近した。そして発砲。
「Iiia!?」
「Gob, gjab sch!」
硝煙の幕の奥からゴブリンたちの悲鳴が上がる中、拳銃騎士中隊は大きな円弧を描くようにして踵を返した。その間にも次の拳銃騎士中隊が前進を続けている――――そして距離10mで発砲。この中隊もまた、円弧を描いて戻っていった。
「上手くいっているようだな?」
100騎の一斉射撃を2度喰らい隊列を乱しているゴブリンたちを見ながら、カエサルが言う。ゲッツは頷きつつも、どこか不満げだ。
「わかっちゃいたことだがよォー……これは騎士どころか騎兵の戦い方じゃねェわな」
「まあ、華々しさは無いが。やっていることは
「そうなンだが……速度がなァ。あれじゃまるでカタツムリだ」
「仕方あるまい、全速力で走らせたら狙いが定まらぬのだから。あれが限界だ」
拳銃は命中率が低く、全力疾走し激しく揺れる馬上から撃った場合、殆ど命中が見込めなくなる。そこでゲッツとカエサルが考え出したのが、この低速での旋回攻撃だ。
2人が話している間にも、後方に下がった拳銃騎士中隊が装填を終え、再びゴブリンの隊列に向かっていった。そして斉射し旋回。これを敵の隊列が決定的に崩れるまで繰り返すのだ。――――後々、この戦術が遥か西に伝わった時。その緩慢な機動を、あるいは旋回軌道を渦を巻いた殻に見立て、この戦術は
「……おっと、歩兵隊前進せよ! 突っ込んできたゴブリンどもを押し留めろ!」
撃たれっぱなしを嫌ってか、一部の群れが騎士隊へと突撃を開始した。しかし騎士隊は駆け足で逃れ、前進してきた歩兵隊が群れと衝突する。突撃のため槍衾が崩れたゴブリンたちは、戦列を保っている歩兵隊にあっという間に駆逐された――――その間にも拳銃騎士隊は装填を行い、ゴブリンたちに銃撃を加えては旋回してゆく。
――――繰り返すこと数度。ゴブリンたちが、銃撃で空いた隊列の穴を塞ぐのを躊躇うようになった。拳銃騎士中隊は、ずっとゴブリンの隊列の同じところを攻撃していた。その結果、ゴブリンたちは理解したのだ。「そこに居たら絶対に死ぬ」と。
お前がいけ。いやお前がいけ。そう言い合うように、ゴブリンたちの間で口論が始まっていた。隊列の穴は遅々として塞がれない。カエサルが「今だ」と言うよりも早く、ゲッツは命令を下した。
「
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