第219「救援」

 ゴブリンの奇襲を察知し逆奇襲を仕掛けて殲滅してから約2時間後。ついに僕たちはタオベ伯軍の野営地にたどり着いたのだが――――


「げっ、もう始まってら。しかも陣地に侵入されてないか?」


 ヴィルヘルムさんが顔を顰めた。見ればタオベ伯軍は馬車と防柵、それに雪の土手で囲まれた、それなりにしっかりした野営地を建設していた。しかしそれはゴブリンの大軍に包囲され、しかも防柵の一角が突き崩されていた。雪のせいで悲鳴も剣戟の音も殆ど聞こえないが、双方激しく戦っているように見える。


「よぉーしお前ら、各パーティーごとに戦闘隊形! たぶん騎士隊の後ろを走ることになるぞ、気合入れろよ!」

「「「了解ヤヴォール!」」」


 冒険者ギルドは疲労を滲ませた、しかし士気旺盛な声で返事をする。冒険者は行軍中、隊列の側面を警戒する――――つまり道から外れ、森や荒野を雪をかき分けながら進む――――役割を担っていたため、肉体疲労が激しい。しかし目の前でモンスターが暴れているのに「疲れてるので」と仕事を放棄するほど士気は落ちていない。


「基本給ぶんは戦わにゃ格好つかねぇぜ」

「へへっ、違いねぇ」


 口々にそう言って笑い合っている。先の逆奇襲は軽騎兵隊と歩兵隊が主力になったため、冒険者の出番は無かった。この戦いのために体力を温存させておこうというゲッツ殿下の図らいだと思うのだが、他の部隊から「お前ら普段給料貰ってるのに、戦場では案山子かよ」と言われかねない状況だったのだ。皆「これで不名誉なこと言われずに済みそうだぞ」と安心して、戦いに臨もうとしている――――それは騎士隊も同じだった。命令が下る前から、突撃準備を始めている。


 そして間もなくゲッツ殿下から命令がくだってきた。


『冒険者は騎士隊の突撃後、防柵の崩れた地点に突入せよ』


 ――――戦闘が始まった。まず軽騎兵がゴブリンたちに襲撃を仕掛ける。軽騎兵は偵察と先の戦闘で疲労困憊しており動きが鈍いが、野営地を包囲していたゴブリンからすれば背後を突かれるかたちだ。ゴブリンたちは大混乱に陥り、野営地を攻撃する手が止まった。


 軽騎兵がゴブリンたちを混乱させている間に、騎士隊が隊列を整え終えた。2列の横陣を組み、その背後に僕たち冒険者が展開している。


 そして軽騎兵が退くと同時――――ラッパの音が鳴り響いた。


「突げーき、前へ!」

進めロース進めロース進めロース!!」


 騎士隊と冒険者が突撃を開始。雪原を駆ける僕たちの頭上を、矢が追い越していった。弓兵による援護だ。対騎兵装備なのであろう丸太や長槍を拾おうとしていたゴブリンたちに矢が突き刺さり、対応を遅らせる――――そこに騎士隊が突っ込んだ。


 長大な騎槍が無数のゴブリンたちを貫き、馬鎧を纏った馬体が撥ね、蹄が踏み砕く。一瞬で死体の山と血のカーペットが形成され、それは野営地に穿たれた突破口まで広がった。騎士隊の後ろを走る冒険者は、そのカーペットの上を駆け抜け一挙に突破口に到達出来た。


【鍋と炎】はルルを先頭に、その左右後方に僕とフリーデさん、さらにその後ろにイリスとヨハンさんが続く楔形陣形で突き進む。先頭を駆けるルルが叫ぶ。


「あれっ、もしかしてあたしが冒険者一番槍ですかねー!?」

「おめでとうルル、あとでヴィルヘルムさんにボーナス要求しようぜ!」


「ご飯が増えるー!」と歓喜しつつ、ルルが突破口の入り口にいたホブゴブリンの腹に槍を突き込んだ。すかさず僕とフリーデさんが鍋とメイスで両膝を砕いてその巨体を引き倒し、ヨハンさんが延髄にナイフを突き立てて仕留めた。


 直後、近くにいた別のホブゴブリンが、破城槌として使ったのであろう丸太を振り上げてこちらに向かってきたが――――


「ファイアボール!」

「Iiiiia!?」


 イリスが火球を口に放り込んで焼殺。


「次、11時の方向に前進!」

「「「了解!」」」


 僕たちは殆ど足を止めることなく、野営地内に侵入したゴブリンたちを殺戮していった。他のパーティーも同様に、手慣れた様子でゴブリンたちを殺して回っている――――当然だ、冒険者なら幾度となく戦った相手なのだから。ホブは連携攻撃か魔法で素早く倒し、通常種は囲まれる前により素早く殺し切る。その繰り返しだ。


――――しばらくして、野営地内に籠もるタオベ伯軍の歩兵隊と接触を果たした。


「救援です!」

「主に感謝だな、助かった! ……皆もう一踏ん張りだ!」


 タオベ伯軍は野営地の内側から攻撃され、かなりの損害を負っているように見える。しかし救援の到着で士気が持ち直し、反撃を開始した。ヴィルヘルムさんの指揮で幾つかのパーティーが突破口を塞いでいるのが見えた。これで、野営地内に侵入したゴブリンどもが殲滅されるのも時間の問題だろう。


「残敵を掃討するわよ!」

「「「了解!」」」


 僕たちも野営地内のゴブリンの残余を始末しにかかろうとした、その瞬間。僕の脳内に、チリチリと焦れるような妙な感覚が生じた。


「!? これは――――」


 ナイアーラトテップの化身が、何かしらの能力を使用した時の感覚。ゴブリンどもを殺しながら周囲を見渡すが、野営地の中は乱戦状態で、異変が起きているのか起きていないのかすらわからない。それに、なんとなくであるが能力の使用場所が「遠い」気がした。


「野営地の中じゃあ無いのか……!? くそっ」


 殿下に伝えたいが、今は野営地の外に出る手段がない。一刻も早く野営地内のゴブリンを掃討し、外部に出撃できるようにしなければ。



 最初に違和感に気づいたのはゲッツであった。


 騎士隊の戦闘指揮をしていた彼は、突撃を終えた中隊を再集結させつつ戦場を見渡していた。野営地を襲撃しているゴブリンたちの総数は、3000か4000か。それも騎士隊の突撃と弓兵の射撃で加速度的に数を減らしていっているうえ、混乱から立ち直れていない。


 野営地への攻撃を続行する群れもあれば、救援部隊に襲撃を仕掛けようとする群れも、撤退を試みようとしている群れもある。てんでバラバラに動いており、全く統制が取れていない――――一部を除いては。


「おいカエサル、あの辺りを見ろ。混乱しながら撤退してるように見えるが、動きがおかしくねェか?」

「む? ――――確かに」


 ゲッツが指さした先では、300体ほどのゴブリンの群れがクレッツェ村の方向に向かって撤退を開始していた。各個体の動きは一見バラバラで潰走状態だが、全体を俯瞰してみれば、ホブゴブリンが後方(つまり野営地側)に、通常種が前方(クレッツェ村側)に集結しつつあるように見える――――やがて彼らは撤退をやめ、隊列を組みだした。


「あれは……」

「再編成、であろうな」


 カエサルの言葉にゲッツは頷く。稚拙な罠を張るのがせいぜいで、あとは数に任せた突撃しか脳がないのがゴブリンのはずだ。それが隊列を組んでどっしりと構えだした。あり得ないことだ――――伝説のゴブリンロードに率いられでもしない限りは。


「奴らの頭はあそこか。潰す価値は十分にあるが……」


 ホブゴブリンたちは先を尖らせた長大な丸太を持っている。槍にしては不格好ではあるが、尖ったものを恐れる馬を止めるには十分ではある。


 歩兵や弓兵の攻撃で隊列を崩してからでないと、いかに精鋭騎士隊といえども突撃は失敗に終わるだろう。いくら騎士たちが士気旺盛でも、その乗り物たる馬が突撃を拒否するのだから。


 そして今、歩兵と弓兵は騎兵の援護に手一杯であった。今この瞬間に再編成中のゴブリンを叩けるのは、ゲッツが手元に集めた100人程度の騎士だけだ。


「……手札が足りねェ」


 騎士隊は精鋭を選抜しており、特に武装の良いもの――――拳銃を持っているもの――――を連れてきた。最悪の場合、拳銃の射撃でホブゴブリンの隊列を突き崩し、そのまま騎槍ランスに持ち替えて突撃、という芸当も出来る。


 しかし、突撃出来るだけだ。馬が疲労して足を止めた瞬間、ゴブリンどもに群がられる。安全に退避するためには矢張り歩兵の援護が必要だ。


「どの個体がロードなのかわからん以上、あの群れを完全に殲滅するしかねェが……リスクがデカすぎる。ロードを殺したが騎士100人を失いました、じゃ話にならねェ」

「うむ。この後にゴブリンマザーとの戦いも控えていることであるしな。戦力は温存しておくべきだ」

「目の前にデカい餌がぶら下がってるってのに……」

「良き指揮官には我慢強さも必要だ」

「わかってらァ……」


 賭けに出たいという欲求が、ゲッツの脳内でくすぶる。しかし彼が下した決断は「無茶な攻撃はしない」――――つまり完全に体勢が整うまで待機する、であった。


 数分後。騎士隊が完全に再集結し、歩兵と弓兵の手が空くその直前。再編成していたゴブリンの群れが撤退を開始した――――それはまるで、ギリギリまでゲッツの無茶な突撃を待っていたかのようだった。

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