第216話「発見」

 ゲッツが軍を動かし始めてから1週間。1つの疑念が湧き上がってきていた。


「こいつは例年冬のモンスター増加であって、シュプ=ニクラートの恩寵受けし者ギフテッドは居ないンじゃねェか?」


 ブラウブルク市周辺は完全に掌握した。発見したモンスターや山賊は軒並み討伐したが、恩寵受けし者ギフテッドのものらしきモンスターの大軍勢は居なかった。さらに直轄領の殆どで「モンスターに遭遇したが討伐した」という報告が上がってきている。


 タオベ伯、ロートヴァルト伯など諸侯領からの報告も同様だ。どうにもタオベ伯は動きが鈍く、全土掌握まではまだ時間がかかりそうであるが。ゲッツはタオベ伯の孫娘であるリーゼロッテに尋ねる。


「いつもこんな感じなのか?」

「内戦で日和見決め込んだように、軍を動かすのに慎重なのかという意味ならイエスヤーですわ。そもそも根本的に軍の動きが鈍いお国柄なのかという意味でも、イエスヤーですわ」

「……その理由は?」

「お祖父様の吝嗇りんしょくですわ。軍事費ケチって訓練も怠ってるせいで、集結に時間がかかっているのでしょう」

「反乱が起きたときどうするつもりなんだあの爺さんは??」

「そのあたりの政治手腕は長けた方ですからね、"そもそも反乱なぞ起こさせない" を地でやってのけてましたわね……困るのは山賊が湧いたときくらいですが、それは主要街道だけ重点的に防衛して、あとは傭兵で対処していましたわ」

「なるほどなァ……」


 それはある意味、国政・防衛政策としては最適解の1つではあるのだが。今回のように、「防衛線の内側に大規模な敵が湧く」ような時に脆いという欠点がある。


「まァ、要は恩寵受けし者ギフテッドがいなければ何も問題ねンだがな。クルトから報告を受けたときはどうなるかと思ったが、このぶんだとノルデン内にゃいねえンじゃねェか? シュプ=ニクラートが撒き散らした恩寵受けし者ギフテッドは他国領に湧いている、そういう可能性だって十分にあるわけだ」

「ですわねー」

「「HAHAHAHAHAHA!」」


 2人は無意味に笑った。この時代に「フラグを立てる」という言葉はまだ存在しないが、ゲッツが好む平民向けの喜劇でも、リーゼロッテが教養として叩き込まれた恋愛悲劇でも、「まさかそんなことは起こるまい……起きてしまった!」という展開は鉄板だからだ。無論、現実と劇作は違う。取り越し苦労だ……そう信じて笑い飛ばしたのであるが。


 直後、伝令が切羽詰まった様子で駆け込んできた。


「報告! タオベ伯領にてゴブリンの大軍を確認、中規模農村がまるまる占拠されているとのこと! 吹雪で不明瞭ながら、巨大な影の目視もあり!」

「畜生!!」

「ですわー!!」


 ゲッツとリーゼロッテは同時に頭を抱える中、伝令は報告を続ける。


「場所はクレッツェ村、人口4000。吹雪と冬麦に遮られてゴブリンの正確な数は不明ながら、5000は下らないだろうとのこと」

「生存者は?」

「残念ながら、ありません。街道でクレッツェ村から逃げ出した者と思われる凍死体がいくつか見つかった程度です」

「奇襲された可能性が高いか……」

「や、やっべーですわ! 早急に軍を送ってくださいまし! あと物資を! タオベ伯軍は軍事費削りまくった結果、矢の備蓄が定数割り込んでおりますの……たぶん領全体で2万本を下回ってるはずですわ!」

「あの吝嗇ジジイ!!」


 ノルデンにおいて弓兵・クロスボウ兵1人あたりの「携行矢数」は24本である。そしてタオベ伯軍の弓兵・クロスボウ兵は最大動員で1000なので、最低でも2万4000本の矢がなければおかしいのだ。そしてこの数量でも全力射撃をすると30分と経たず矢が尽きるので、通常はさらに備蓄しておくものだ。


 防具を着込まないゴブリンに対して、飛び道具は最も有効なはずだが、それが足りないのだ。


「とりあえず騎兵を先行させよう、歩兵は……」


 ゲッツは地図でクレッツェ村の位置を確認し、固まった。黙っていたカエサルが頷く。


「クレッツェ村は直轄領から最短ルートで接近する場合、立ち寄れる村が少ない。つまり食料やまぐさの補給が困難ということだな。特に秣が問題であろうな、川が凍結している以上、馬車で運ぶしかない」


 当然ながら馬車馬も秣を消費するので、秣を消費する騎兵の数が増えれば増えるほど、「消費量が輸送量を上回る」……補給が破綻するラインが近づくことになる。


「……最短ルートで接近する場合、送り込める騎兵の量は……」

「1000かね。村で備蓄している人間用の麦をも馬に食わせて良いのなら、全量投入しても構わんだろうが」

「全量投入したら、立ち寄る村の食料は枯渇するンだろうな」

「であろうな。……だが考えてみたまえ、ゴブリンの大軍を放置していれば、その村々もどうせ滅ぶのだ。それどころか周辺の村々もな。騎兵を全量投入して一気にカタをつけたほうが、最終的な被害は少ないと思うぞ」


 カエサルの言うように、最終的な被害を考えれば騎兵の全量投入が正しい。ゴブリンは人間より背丈が低く、持てる武器も小さい。騎兵を止めることは困難であろう。であれば大量の騎兵で踏み潰すのが最適解だ。


 しかしゲッツは窓の外、雪が積もり白一色に染まった街並みを見て言う。


「……いや、この雪だ。騎兵の足が鈍る。足を止めたところに群がられたら終わりだ、補助兵科……歩兵も弓兵も必要だ」

「では?」

「最短ルートで接近するのは騎兵500、歩兵1000、弓兵300だ。他は迂回ルートで接近させる」

「兵科の連携という意味では正しいが、補助兵科はタオベ伯軍に任せて良いのではないか? わざわざ我々が連れて行く意味がわからん。……よもや、食料を徴発される村人たちに情けをかけるわけではあるまいな? それで軍を失ったら元も子もないのだぞ」

「情けで軍を損なうほどバカじゃねェよ……補助兵科を連れて行くのは、タオベ伯軍が全くもって信用ならないからだ」

「正しいですわ、ウチの軍はめちゃくちゃ弱いので」

「お妃様ァ……」


 リーゼロッテを咎める騎士の声も弱々しい。騎士など職業軍人はともかくとして、歩兵や弓兵など平民で構成される兵科は全くもって信用ならない――――それがタオベ伯領の軍人としての率直な見解であった。


「……よし、この案で行くぞ。最短ルートで接近する部隊の騎兵は最精鋭を選抜、歩兵には冒険者を混ぜろ。あと全員に矢を持たせておけ。指揮は俺が執る」

「仰せのままに」


 幕僚団が部隊の選抜と集合ルートの策定を始め、各所に伝令が飛んでいった。――――クルトもまた、冒険者として徴用された。

 

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