第215話「取引」

 クルトがゲッツに報告を終えてから約24時間後、ブラウブルク市から続々と民兵隊が出立していった。彼らの行き先は付近の農村だ。ゲッツは城からそれを見送りながら、隣に立つカエサルにぼやく。


「まずは首都周辺の安全確保か。反乱鎮圧作戦の流用なんだから当たり前だが、実際反乱が起きたみてェであんまり良い気分はしねェな」

「安全確保というか支配領域の確保だな。……なんだ、領民に牙を剥かれるのは嫌かね?」

「好きな支配者がいるか?」

「いないだろうな。だが慣れるべきではある。私がガリアを制圧した時なぞ、およそ7年間征服と反乱の繰り返しだった」

「道理でやり口が洗練されてるわけだよ」


 ゲッツは地図に目をやる。地図上には部隊を示す駒が置かれており、今それはブラウブルク市周辺の農村にいくつも置かれ、次の移動場所を示す矢印が放射状にいくつも伸びていた。カエサルはそれを横目で見つつ言う。


「ノルデンの兵力源は農村だ。ならばまずはそこを制圧し、民兵隊を徴用する。その兵力を使って周辺の安全を確保したならば、次はさらに遠方の農村を制圧する。その繰り返しで支配領域を広げていく」

「同時進行でパトロール……今は実質偵察隊だが、そいつらの活動領域も広げてシュプ=ニクラートの恩寵受けし者ギフテッドの所在がわかり次第、兵力を集結させて力押しで討伐、ないし冒険者による斬首作戦を行う、と」

「うむ。……しかし懸念としては、この雪の中どこまで機動が上手く行くかだな」


 雪による行軍速度の低下、川の凍結による食料輸送能力の低下。もし仮に恩寵受けしギフテッドが大軍勢を生み出していて、それが農村制圧部隊とかちあってしまった場合、最悪の事態が起きかねない。援軍を呼ぼうにも雪に阻まれ間に合わないかもしれない、間に合ったとしても食料供給が追いつかず仲良く飢餓に陥るかもしれない。


「……クルトにゃ大見得切ったが、焦土作戦も視野に入れにゃならんな。やりたくはねェが」

「シュプ=ニクラートの恩寵受けしギフテッドが無制限に軍勢を増やせるとしたら、それが最も有効であろうな。モンスターも食事をし、徒歩で移動するなら、この雪はモンスターにとっても敵だ。徒歩で移動出来る範囲の食料を奪い尽くしてしまえば、勝手に餓死するのだからな」

「領民の生活と引き換えにな。……野戦か斬首作戦で決着つけてぇなァ」


 城には矢継ぎ早にパトロールが帰還し、幕僚に報告を行っている。


「エルデ村のモンスター、代官と民兵隊で討伐したとのこと。恩寵受けしギフテッドの目撃証言なし」

「ベーリッツ村にてモンスター目撃証言。領主が派遣中の冒険者とともに討伐に向かいました」

「リンテ村、山賊に占拠されておりました」


 冬というの季節はただでさえモンスターが多い。モンスターが目撃されても、それが恩寵受けしギフテッドのものなのかどうか判別するまで時間がかかる。今のゲッツの仕事は、情報を収集し適切な判断を下すことだ。幕僚がまとめ上げた情報を聞いたゲッツは次の指示を出す。


「ベーリッツ村と付近に送ったB中隊との連絡を密にさせろ。リンテ村にはD中隊と騎士隊を送れ、山賊は降伏し服従する者は罪を減免すると伝えろ、ただし最前線で使い潰せ」

「はっ」



 ゲッツ殿下に「休め」と言われた僕だったが、その前にやるべきことがあった。【探索者】の長、フィリップさんへの報告。そして鍋に捉えたラニーアの魂の、他のナイアーラトテップの化身への引き渡しだ。


 フィリップさんへ報告を行うと、彼は頭を抱えた。


「ご苦労だった。話を聞くに、限られた情報の中で良く調査してくれたように思える」

「……でも、間に合いませんでした」

「そこが問題だ。いや、決して責めているわけではないのだ。恐らく、今回の事態を防げたとしたら2つの要素、どちらか必要だったのだろう――――つまり、飛躍的な推理か。あるいは化身がもっと早く能力を使っていたか」

「今回、ラニーアはギリギリまで洗脳能力の発動を避けていたように思います。あるいは僕の探知範囲から外れたところで使っていたか」

「うむ。そこから察するに、君の所在はある程度向こうにバレているのだろうな。その上で、君の探知範囲内では能力を使わない……あるいは決定的な場面に絞って使うという選択をしている。これでは、こちらが打てる手が極端に絞られる」

「……打開するには、こちらも化身の居場所を事前に知る必要がありますね」


 化身の魂を捉え、他の化身に引き渡し――――対価として何か強力な能力をねだる。そういう目論見であったが、ねだるものを加えた方が良さそうだ。化身の居場所を知らなければ、そもそも討伐すら難しい。


「ラニーアの魂と引き換えに、他の化身の居場所を教えてくれないか交渉してみます」

「簡単に教えてくれるとも思えないが、やってみる価値はあるだろう。すまないが、頼んだよ」


 教会を後にし、広場に向かう。もし化身が僕の居場所を知っていて、ラニーアを殺したことも知っていれば、向こうから接触してくるだろう。


 雪の積もった広場は、いつもよりひとけが少ないように見えた。民兵隊が動員され、戦闘に耐えられるものは軒並み外征に出ているからだろう。広場には物乞いと、雪合戦をしている子供、それをのんびり眺めている婦人くらいしかいない……だが、その婦人が声をかけてきた。


「ラニーアには手を焼いたようね」

「…………」

「そう睨まないで欲しいわ、あれは確かにだけども私じゃないんだから。皆個性があって、それぞれ混沌を願ったり、願わなかったりしながら生きている。一緒くたに恨まれるのは悲しいわ」

「一緒だろ、お前たちの本質は"混沌をもたらす機能" そのものなんだから」

「本質としてはね。でも私はこうして子供たちを眺めて、せいぜい"ああ、彼らの父親が今回の出征で戦死したら面白いことになるな" って想像を巡らせているだけ。成り行きに任せるのが混沌を引き起こすと知っているから。でもそれって罪かしら? 私は何もしていないし、だからこそ貴方との交渉窓口になれると踏んで来たのだけど」


 頭に血が昇るが、ぐっと堪える。ラニーアと、今目の前にいる化身の言葉でわかったが、こいつらは絶対に人間とはわかりあえない存在だ。だが利害が一致すれば取引することは出来る――――ラニーアがシュプ=ニクラートを使ったように。


「ラニーアの魂を引き渡したいが、タダで渡したいとは思わない」

「大変結構。私たちに代わって私たちの個体数を減らしてくれるんですもの、労働には対価を与えましょう。何がお望み?」

「お前たちの個体数を減らそうにも、居場所を知らなければ難しい。より強力な探知能力が欲しい。あるいは直接居場所を教えろ」

「んんー、探知能力は別段与える必要は無いと思うわ」

「何?」

「貴方は私たちが何か能力を発動するたび、それを検知出来るけど……それは恩寵受けしギフテッドとして、私たちとから出来ること。ある意味、意図せぬ副次効果みたいなものよ。、自動的にその能力は向上していくわ」

「……つまり、何か能力を授かれば授かるほど、探知範囲が広がると?」


 化身は口角を歪め、頷いた。


「そういうこと。或いは私たちを信仰することでも良いわね」

「冗談じゃない」

「つれないわね……まあそういうことなら、単純に"幽体の剃刀"、"魂の可視化" に次ぐ特殊能力、この世界では外法とされる力を授けましょう。これから私たちを討伐していく上で、きっと役に立つわ」


 鍋を差し出すと、中からラニーアの魂が抜き取られていくのを感じた。同時に、僕の頭の中に新たな力、その使い方の概念が流れ込んで来た。情報の奔流に頭が軋む。


「ぐっ……」

「これで探知範囲は……たぶん半径100mくらいに広がったんじゃないかしら」

「ぜ、全然足りないぞ……その探知範囲でノルデン中を歩き回って、たまたまその範囲内でお前たちが能力を使う確率なんて……」

「ああ、それについては問題無いわ。貴方はひとまず、。それで出会えるはずよ」

「どういうことだ?」

「言えない。流石に具体的な居場所を教えると、私が他の私に怒られちゃうわ。"邪魔するな" ってね。だから今は、これだけ。……じゃあ御機嫌よう、我が恩寵受けしギフテッド


 そう言って、化身は元の場所に――――子供たちのところに戻り、彼らと一緒に雪合戦を始めた。『成り行きに任せるのが混沌を引き起こすと知っているから』と言っていた奴の言葉だ、嫌な予感しかしないのだが、相手にはもう話す気が無さそうだ。


 釈然としないし、子供たちに「そいつは邪神だぞ」と言って追い払って嫌がらせしてやりたいが、それで不利に陥るのは僕のほうだ。奴は一般市民として溶け込んでいるし、おそらく家庭も持って「ただの主婦」としか認識されていないのだろうし。


 ……それこそ、ラニーアのように。あいつのことを思い出すと、腸が煮えくり返る。念のため、監視をつけてもらおう。そう思い、僕は再びフィリップさんの元へと戻った。

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