Fragment 2

第212話「防衛計画」

 ブラウブルク市、同名の城にて。ゲッツとリーゼロッテ、それにカエサルが地図を囲んで会議していた。防衛計画の策定である。「銃の普及に伴って、防衛計画も変更すべきではないか」――――というのが主旨であったが、カエサルとゲッツの間で軍事知識の擦り合わせを行う意図もあった。カエサルが問う。


「この世界ではもはや冬営は行わないと?」

「完全に無くなったワケじゃない。余儀なくされればやる、程度だがな」


 カエサルが生きていた時代のローマ軍は、冬期に入ると軍を各地に分散・駐屯させる「冬営」を行なっていた。食料が減り輸送コストもかさむ冬期においては、後方からの輸送と現地徴発では巨大な軍を養うことが出来なかったためだ。ゆえに「その地域の備蓄食糧でひと冬養える程度の大きさ」に軍を分割し、各地に分散させる必要があった。敵もそうせざるを得ないので、自然と休戦状態になる。


「今は数万人規模の軍でも冬期の軍事行動が可能だ。もちろん現地の農民は苦しいことになるがな」

「つまり、冬期であっても徴発隊の行動範囲内でそれだけの食料が確保出来ると」

「そういうことだ。……他の国ならな」

「ノルデンは違うのかね?」

「土壌が悪いせいで収穫量が低いからな。それで……」


 どう説明しようかゲッツが迷っていると、リーゼロッテが助け舟を出した。


「人口密度が低いのですわ。1つ1つの村の規模も小さいし、村同士の距離も離れています。ブラウブルク市周辺は比較的マシですけどね。私の故郷タオベ伯爵領なんてですわよ。縦横無尽に走り回ったとして、"誰かの畑を踏み荒らすことになるかも" なんて考えないで良い……と言えばわかります?」

「……ブラウブルク市を除いた全土でそうなのか?」


 カエサルが神聖レムニア帝国全土が描かれた地図を指差す。その地図の中では、ノルデンはを持っているように見える。


「残念ながらこの広さの領土があって、ほぼ全てそうだ。ちなみにノルデンの人口は把握できてるだけで33万人程度だが、皇帝直轄領はおそらくその5倍以上の人口抱えてるンじゃねェかな? ……まあつまり、収穫量の差がそれくらいあるってことだ」


 カエサルはもう一度地図に目を落とし、ノルデンと皇帝直轄領を見比べる。大雑把に見て2倍の領土差があるとして、人口が5倍違うとすると……ノルデンの人口密度は皇帝直轄領の半分以下ということになる。のだ。


「うむ、詳細な地図を見ずとも"攻めづらく守りづらい" 土地なのだということはわかってきたぞ」

「正解だ。具体的に見ていこう」


 ゲッツはノルデン領内を詳細に描いた地図を広げ、各地域の人口を列挙してゆく。それを聞いたカエサルは少し考えたあと、憶測を述べる。


「現地徴発だけに頼った場合。いち地域で養える軍の規模はせいぜい1万人程度じゃないかね? しかも分散し、常に移動し続けることが前提で」

「正解だ。現地農民を餓死させるレベルで徴発すりゃ倍の数を養うか、それとも軍を分散させずに行動出来るかもしれんが」

「だがそんなことをすれば、例えば要塞などで足止めを食らって"食料調達のための地域移動" が封じられた瞬間に、軍の餓死が決定すると」

「うむ。引き返した場所にももう食料が無いンだからな、そうなる」

「……以前、貴卿が言っていた"道路が貧弱な理由" と "要塞頼りの防衛戦略" の意味が真の意味で理解出来たよ。侵略者は現地徴発頼りなら、道路事情と食料事情から軍を分散させざるを得ない。後方からの輸送に頼るとすれば、そのぶんだけコストがかかる」

「そうだ。そしてそんなリスクとコストを掛けてまで欲しいものがノルデンにあるかと言えば――――。マジで痩せ地と森しか無かったからな。そのくせ辺境伯領として土地と人口だけは周辺小国家よりはデカい、つまり軍の規模は比較的デカいから、こっちから攻め込むぶんには何も問題無かったんだなァ」

「攻めようにも得るものはなく、そのくせ向こうからは大規模な軍がやってくる。周辺国家にとっては悪夢のような国だな。蛮族国家かね?」

「返す言葉もねェな、ガハハ!」


 3人はひとしきり笑ったあと、頭を抱えた。


「他国が欲しがりそうなもの、今はあるンだよな……」

「金山、それに銃の先進生産地帯ですわねー」

「だがそれは天然の要害とでも言うべき不毛の土地で守られていたわけだが……私は先程、攻めづらくと言ったな。後者も正解だろう?」

「悔しいが正解だ。軍を集結し、分散進撃する敵を各個撃破する……ッてのが理想だし、それは実際出来る。こっちは備蓄してる食料を後方から流しながら対処出来るんだからな」

「だがそれは河川沿いに限る、という但し書きがつくのだろう?」

「そうだ。河川輸送が使えなくなった途端、こっちの軍も現地徴発頼りになる。軍の規模は相応に小さくなるから、敵に数的優位を確保出来るか怪しくなる。そのうえ馬車輸送すら雪で封じられたら、自国領内で冬営決め込むハメになる」


 馬車の輸送能力には限界がある。大軍を養えるほどの馬車を用意するには莫大なカネがかかるので、それよりは圧倒的な輸送能力を誇る船を使い、河川沿いに移動する軍に補給するのがこの世界の常識――――カエサルの時代もそうだが――――である。


「つまり河川輸送が使えない厳冬期は防衛側の優位が失せる。これはどうにかならんかね」

「私とて冬営が必要な地域で生きていた人間だ、画期的な知恵なぞ無いよ。つまり基本に立ち返るしかない……陸路輸送能力の強化と、それが成るまでは要塞での防御しか無いのではないかね?」

「まァそうなるか……」


 国境の要塞で耐える。その間に迎撃のための軍――――機動軍とでも言おう――――を整える。雪解けとともに要塞救援に向かう。古今東西で使われた、最もポピュラーな戦略だ。


「この戦略に弱点があるとすれば、要塞を超えて内側に入られた時に破綻するという点か。つまり奇襲攻撃で要塞が予想外に早く落ちた時と、は脆い」

「奇襲と反乱かァ」

「うむ。奇襲は哨戒網を強化する以外に打つ手は無いが。反乱軍によって編成途上の機動軍が直接叩かれる、これが最悪だ。そもそもちゃんと内政に取り組んで反乱を起こさせるな、という話ではあるが……一応、起きてしまった場合の対策も考えておくべきであろうな」


 話はそういった方向に流れ、会議は深夜にまで及んだ。


 ――――そして深夜2時頃のこと。会議室に、典礼大臣ユミル卿が飛び込んで来た。


「殿下、大変です。が観測されました。天文観測を行なっていた牧師からの報告です」

「彗星?」


 ゲッツは顔をしかめた。「それがどうした」という意味ではなく、「嫌な予感がするな」という意味で。この世界の人々は天体の動きに敏感だ――――太古の昔に、神が天から落ちる炎で都市を焼き滅ぼしたように、厄災というものは天からやってくるものだ。そう理解しているし、天の星々は創造神アツァトホートの機嫌を示していると考えられているため、教会で天文観測も行なっている。


 ユミル卿は深刻な表情で言葉を続ける。


「しかも1つではなく、複数。北方の空から各地に飛び散るように、です。こんなものは見たことがありません」

「おいおいおい……」


 ゲッツの顔が渋くなる。たかが星だ、心配するだけ無駄だ――――そう切り捨てても良いのだが、領民がパニックに陥る可能性もある。面倒だが何か手は打たねばならない。


「……俺が各地を行脚して回るか? 民衆を直接なだめに行くって寸法だ」

「それはダメですわ、今我々がブラウブルク市を離れたら"彗星におののいた領主が首都から逃げた" と捉えられます。少なくともブラウブルク市でパニックが起きますわね」

「面倒くせェな! ……仕方ねえ、各地にパトロール隊を送るか。俺は民を案じてるぞッてアピールにもなるし、"パトロールしたが何も無かった" となりゃパニックも起きねえだろ。どうだ?」

「それがよろしいと思いますわ」


 早速各地に直轄パトロール隊と、自治体レベルでのパトロールを指示する伝令が送られた――――この行動が多くの民衆を救うことになったとわかったは、もう少し先のことであった。

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