第207話「地に満ちるもの その6」
ラニーアさんを連れて衛兵詰所に向かっていると、2人組の衛兵隊と鉢合わせた。彼らは丁度ラニーアさんを逮捕しに行くところだったようで、彼女を引き渡すと感謝された。
「アルトゥルの捜索に手一杯でして、他の容疑者の逮捕に回せる人手が足りていなかったので助かります」
「ふむ? ちなみに他の容疑者とは?」
「ええと、最優先で逮捕を命じられているのは墓守どもですね。あとは石工ギルドの構成員たちに事情聴取を行うことになっていますが、こちらは数が多いので後回しでしょう」
「へ? 墓守? な、何で!?」
「何でってそりゃ……アルトゥルの妻ラニーアを除けば、一番怪しいのは彼らですから。アルトゥルが頻繁に墓参りしてるのは我々も知っています、つまりアルトゥルが最も頻繁に接触していた外部の人間は彼らですよ。……それに不気味な奴らです、異教に染まっていたとしても何もおかしくはありません」
「ッ……」
市民のための墓を保守・整備する墓守が外部の人間扱いされていること、自分たちで市の外部に追いやり、暗い墓地での生活を強いておいて「不気味」と呼ぶことに怒りを感じる。
しかしアルトゥルと最も頻繁に接触していたのは彼らである――――実態は遠巻きに監視していただけだが――――というのは事実。確かに怪しまれるべき立ち位置ではある。……息子思いのアーベルさん。純心なビーノ少年。彼らに
――――そう思っていると、まさにその2人が連行されてくる姿が見えてきた。
「や、やめてくれよ! 僕は何もしてないよ!」
「そうだ、俺も息子も何もしていない! それどころか息子はお前たち衛兵に代わってアルトゥルを監視してくれていたんだぞ!」
「黙れ、賤民どもが! ……とっとと自白した方が楽だぞ、俺たちの尋問は厳しいからな」
この世界はまだ、科学的な捜査が発達していない。捜査とは「怪しい者からの自白を引き出すこと」になりがちだ――――そしてそのためなら、尋問と言う名の拷問まで暗黙の了解のうちにある。
あの二人が拷問にかけられる。特にビーノ少年はまだ10歳かそこらだろう、そんな子供が拷問にかけられるのを見過ごすのは……あまりに不愉快だ。衛兵隊を引き留める。
「ちょっと待ってください。彼らは既にフリーデさん……戦闘牧師による尋問を受けています。これ以上の捜査は不要に思いますが」
「何……? だがなぁ」
「戦闘牧師の判断にケチをつけるおつもりで?」
「そ、それは……しかし我々にも職責というものがある」
頭のおかしさで鳴らしている戦闘牧師への恐怖を盾にしてみたが、衛兵隊は中々折れてくれない。……そこまでして、アーベルさんとビーノ少年を尋問したいのか? そう思っていると、アーベルさんが嘆息ひとつして衛兵隊に語りかけた。
「なぁ衛兵さんよ、俺はあんたがたの考えていることがわかるよ。ようは賤民が真っ先に疑われないと、市民は納得しない。そういうことだろ?」
「……」
「壁の外で暮らす、不気味で怪しい賤民。そいつらを徹底的に捜査してからじゃないと、反発食らうんだろ。下手すりゃ市民の名誉を傷つけたとも取られかねん」
「……そういうことだ」
「だろうな。それは理解するし、受け入れよう……だが息子は勘弁してやってくれ、まだ10歳になったばかりだ。子供を尋問にかけるのは主の御心に適うとは思えんし、見せしめとしては俺一人痛めつけておけば十分だろ。……だから、どうか。俺はどうなっても良い、息子だけは、勘弁してくれ」
そう言ってアーベルさんは、衛兵隊に深々と頭を下げた。衛兵隊は困惑した様子で顔を見合わせたが、やがてビーノ少年を突き飛ばすようにして解放した。アーベルさんは微笑し、僕たちに声をかけてきた。
「冒険者さんたちよ、あんたらにも頼みごとをしても良いかね」
「僕らに出来ることなら」
「もしものことがあった時、ビーノが望むならブラウブルク市に連れていってやってくれ。旅費くらいならある」
「ッ……わかり、ました」
そう返答すると、アーベルさんは頭を下げた。そしてラニーアさんと一緒に、衛兵隊に詰め所へと連行されて行った。後に残ったのは、目尻に涙を浮かべながらもじっと何かに耐えているビーノ少年と、僕たちだけだ。
こういう事態になったのは僕のせいではない。市民の差別意識が原因だ。……だが何ともいたたまれない気持ちになり、思わず「ごめん」という言葉が口を突きそうになった。しかし直前にイリスが僕の腹を小突き、止めてくれた。彼女はビーノ少年に優しく声をかける。
「ねえ、今夜は私たちの宿に泊って行かない? 煮炊きを手伝ってくれれば、夕食はご馳走するわよ」
「……良いんですか? でも、宿の人に断られると思いますよ。市民だって良い顔しないでしょう」
「私たちは教会宿に泊ってるの、牧師様は何も言わないでしょ。新教は平等主義だしね……それに市民には、フリーデさんの尋問を受けるために教会に連行されたようにしか見えないわ」
「なるほど。……ありがとう、ございます。どうお礼をしたら……」
「礼なんて良いのよ、ちょっと腹いせにやってるだけ。でしょ、クルト?」
「……そうだね」
あのまま僕が意味も無く謝っていたら、ビーノ少年に「謝ることではない」と言わせていただけだったろう。だがイリスがやったように(あくまで労働の対価として)食事をご馳走するという形なら、ビーノ少年を気後れさせること無く謝意を示せる。
それに子供がひどい目に遭うのを見過ごせない、という思いは同じなのだろう。……本当に、彼女が妻で良かったと思う。
「よし、じゃあ一旦宿に戻りましょうか。フリーデさんの進捗も確認したいしね」
「そうしようか」
そうして教会宿へと帰る道すがら、アーベルさんの1つめの頼みごと――――ビーノ少年に冒険者の話を聞かせてやって欲しい――――を果たすことにした。こちらから話し出すまでもなく、ビーノ少年の方から聞いてきたからだ。
気分転換に、と言うには物騒な話ではあるのだが、ビーノ少年は目を輝かせて僕たちの話を聞いていた。冒険者というのは半傭半賊そ
◆
宿に帰ったがフリーデさんたちはまだ調査中だったので、先に夕食の支度をすることにした。もちろんビーノ少年にも手伝って貰いながらだ。男性陣で井戸水を汲んできて、その水の冷たさにヒイヒイ言いながら野菜を洗いつつ冒険の話を続ける。
「ゴブリンマザーみたいな
「
「ほ、本当に修羅場潜って来たんですね……」
ビーノ少年がやや引いていたが、我ながら良く生き残れたなと思う。初めてのクエストでゴブリンマザーという
戦時は市民兵に加わるというブラウブルク市冒険者ギルドの特殊事情もあるが、やたらと危険な目に遭っているのだ……だがそんな話を聞いてなお、ビーノ少年は冒険者になりたいと願っているようだった。墓守というだけで真っ先に疑われ、拷問されそうになったのだから無理も無いと思うが。
夕食が出来上がった頃にフリーデさんと牧師さんがやって来た。2人は深刻そうな表情をしていたので何事かと思ったが、「今は英気を養いましょう」と言うので、食事をしつつ調査結果を聞くことになった。牧師さんが語り始めた。
「この地にナイアーラトテップ様への信仰が根付く前から、この地は浅いところにある岩盤と、その上に草が生い茂る……つまり農業に全く向かない土地柄だったようです。ゆえにここに暮らす民は、牧畜を生業としていた。つまりは遊牧民だったわけです」
「ふむ」
「遊牧民にとって財産とは家畜です。羊が、豚が、馬が増えるように願います……彼らが信奉していた神は、それを叶える者。つまりは豊穣神の類であると、当時の牧師……いえ司祭は日誌に書き記していました」
「豊穣神……子宝にもご利益がある、と」
「はい。アルトゥルはどこからかそれを知り、かの豊穣神に願っているのでしょう。我が夫婦に子宝を、と。……願うだけなら良かったのですがね、何かしらの儀式を行っているとあっては見過ごせません。仮にそれが神の招来の儀式であった場合、恐ろしい厄災が引き起こされるかもしれないですから」
「その儀式については何かわかりましたか?」
「殆ど何も。ただ、その豊穣神の信者たちは、満月の深夜に邪悪なる
牧師さんはそう言って立ち上がり、東向きの窓を開けた。冷たい風が吹き込むとともに、東の空に昇り始めた、正円を描く月が目に入った。……今夜が満月か!
「今夜、何か動きがあると警戒すべきでしょう。アルトゥルが力付くで儀式を完遂しに、旧墓地に戻ってくる可能性は高いと思います」
「なるほど……ところで、その豊穣神の名前はわかったんですか?」
そう尋ねると、牧師さんは言い淀んだ。……そうだ、神格の名前は濫りに唱えてはならないんだったな。しかしフリーデさんは僕とイリスを見て、ヒントをくれた。
「お二人なら聞いたことがあるかもしれませんね。お二人が遭遇した、ゴブリンマザーを
僕とイリスは顔を見合わせた。ゴブリンマザーがその名を唱えていたような気がする――――
その神がどんな能力を持っているのか正確なところは定かではないが、その
「……ろくなことにならない気がしますね」
「はい。ラニーアさんにその能力が宿る程度なら、まだマシでしょうが……ともあれ、阻止せねばならないことだけは確かです。衛兵隊にも力を借りて、旧墓地に警戒網を敷きましょう」
全員で頷き、手早く夕食をかき込むと、衛兵隊に協力を仰ぐために詰め所へと向かった。
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