第208話「地に満ちるもの その7」

 衛兵隊と情報を共有した後、僕たちは旧墓地でアルトゥルを待ち受けることにした。完全武装で、戦闘に備えるかたちだ。さらに衛兵隊からは5人の人員が旧墓地に配備された。少ないように感じるが、これは元々ヴィースシュタイン市の衛兵隊の規模に原因がある。


 ヴィースシュタイン市の人口は約2000人で、常設の衛兵隊は20人。門の封鎖と市内の警邏けいら、そして囚人監視に人を割くと、休憩を可能な限り減らしても殆ど外に回せる人員が無いのだ――――普段はそれで事足りる程度に平和ということなので、悪いことではないのだが。今は民兵隊に動員をかけて仕事を分担し、何とか外に人を回している状態だ。


「他にも埋め込まれてるであろう石楔、掘り返せれば安心だったんだけどねぇ」

「位置さえわかれば良かったんですけどね……」


 墓守の責務だということで警備に加わってくれたビーノ少年が残念そうに言う。彼は岩石魔法で地中を走査し、石楔を探し出そうとしてくれた。しかし魔力の膜のようなものがあるとのことで、走査が叶わなかった。こういったことは通常あり得ないそうなので、十中八九、石楔のせいだろう。


 ならば旧墓地全域を掘り返してしまえば良いのだが――――これは今は止められている。と言うのもここはヴィースシュタイン市民にとってみれば「先祖の墓」なので、手当たり次第に掘り返すのは抵抗があるからだ。臨時で開かれている市参事会で稟議中だが、そちらで許可が降りないことには勝手に掘り返すことが出来ない。


 ……月はだんだん高くなってきている。空には分厚い雲がちらほらと見え、それらは比較的早く動いているように見えた。風が強いのだ。寒風が身体を撫ぜ、身震いしてしまう。風に急かされるようにして、何かしなければ、という焦りが強くなってくる。


 そこでふと、今出来ることを思いついた。


「アルトゥルが儀式を行う場所としてここを選んだのには、何か理由があるはず。最初は新墓地を調査して、次に旧墓地に来て。……そしてここに何日も通っていた。たぶんビーノくんの目を欺きながら、こっそり石楔を埋めてたんだろうと思うけど」

「埋めるだけなら、それこそ一夜で出来そうなもんだけど……それはしなかった。儀式上の理由なのか、それとも綿密に位置を割り出さなければいけなかったか」


 イリスがそう返し、僕は頷く。


「だとすれば何を基準に位置を割り出したのか。墓石だったら話は簡単だ、昼間見るだけで良いし。というか物理的な要素は全部そうだよね」

「……じゃあ、非物理的なものを基準にしてた?」

「その可能性を探ってみよう」


 この世界で非物理的なもの、かつ存在が確定しているものは2つある――――魔力と、魂だ。


 魔力は走査が妨害される膜が張られている。しかし魂ならどうか? この場では僕しか検知出来ないものではあるが、やってみる価値はありそうに思える。早速、魂の可視化を発動してみた。


「…………」


 墓地の中央にある立石の根本に、折り重なるようにして倒れる無数の男女の姿が見える。……どれだけの数の魂がここにあるのだろう、下のほうの魂はほとんど地面に埋まっているように見える。


「うっ……」


 その周囲にある墓石に目を向けてみると、こちらは奇妙な状態になっていることに気づいた。墓石それぞれから、天に突き出すようにして無数の腕が生えているのだ。墓石だけではない、その周辺は密度こそ下がるが、やはり天に何かを求めるかのようにして幾本もの腕が生えている。


 あまりの気味悪さに血の気が引き、思わず後ずさってしまう。……それが幸いしたのだろうか、結果的に少し下がって全体をぼんやりと見るようなかたちになった。それがゆえに、気づいてしまった。


「う、動いてる……この魂たち、動いてる……」


 それは非常に緩慢な動きだ。無数の腕が、まるで「こちらに来い」と何かを呼び寄せるかのように。ゆっくりと、ゆっくりと、天に向って手招きしている。


 そしてある一箇所から生える腕たちだけは、向きが違うことに気づいた――――あの場所は、確か僕たちが石楔を掘り返したところではないか?――――そこの腕たちは、。呼び寄せるような動きは同じ――――いや違う、あれは「返せ」と言っているのだ。今は僕が預かっている、あの石楔を!


「――――ト。クルト。もうよしなさい。顔、真っ青よ」

「ッ……わ、わかった……」


 イリスの声で目を瞑り、魂の可視化の効果が切れるのを待つ。……数秒後に目を開けると、あの無数の腕も、折り重なる人も、見えなくなっていた。


「大丈夫……?」

「な、なんとか。……でもやっぱりおかしいよここ、今まで見てきた魂はその場で静止してたけど、ここのは動いてる……全体は、天から何かを呼び寄せるように。そして僕たちが掘り返したあたりのは、僕たちに"返せ" と言うように。……いや、もっと良く観察してみよう、他にも石楔が埋まっているあたりの魂は動きが違うのかもしれない。もう一度……」

「待って。せめて、一旦落ち着いてからにしましょう。アルトゥルが来る前に、あんたが倒れちゃったら意味無いでしょ」


 そう言ってイリスは、僕の手を取った。……ガントレットを着けているが、僕の手はガチガチに握り込まれ、震えていた。純粋に冬の夜が寒いからというのもあるが、それだけではない。月明かりがあるとはいえ、暗がりで超常のものを見るというのは精神に悪い。しかも今回「魂は動かない=こちらに危害を加える可能性はない」という、「普段暮らしている場所の足元に無数の魂が埋まっている」恐怖を克服する前提が崩れてしまっているのだ。マインドセットを組み直さなければならない。


「……わかった、少し休むよ。ところでフリーデさん、人間って死ぬと各々が信じる神のところに行くんですよね?」

「はい、そう説かれています」

「じゃあ、こうして地上に残っている魂って一体何なんですか……?」

「幽霊などが存在することから、一部の魂は地上に残ることがある……ということは認知されています。それは例えば信仰を持たぬ者の魂であるとか、神に見放された者の魂であるとか……あとは自らの意思で地上に残る者の魂、ですね」

「ふむ……ちなみに幽霊ってどういうものなんです? アンデッド系モンスターってゾンビとリッチーしか見たことないので……」

「幽霊は最もポピュラーなアンデッド系モンスターなはずなんですけどね……ともあれ、魂が魔力を得てしまったもの、と定義されています。どういう機序で魔力を得るのかは観測出来ないのでわかっていませんが、怨念・執念が魔力を引き寄せるのではないかと言われています」


 怨念・執念というと大仰そうに聞こえるが……この世界の魔法を知らなかった僕でも、体内にある魔力の操作自体は出来たのだ。意思の力で魔力を操作出来る、というのは確かなのだろう――――自分の体内の魔力に限って言えば、だ。生きている僕たちでさえ体外の魔力は自分で操作出来ないのだ、肉体を持たない魂がどう外部から魔力を引き寄せるのかわからない。


 だがこれは重要な情報な気がする。


「ここの魂たち、明確に動いてるんですよね。そこには何かしらの意思を感じますし……もしその意思が執念だとしたら。幽霊化してもおかしくは無いのでは?」

「……魔力は魔力を弾く。大量の幽霊が墓地の下に居るとしたら、岩石魔法が通らないことにも説明がつきそうですね。幽霊の持つ魔力が、岩石魔法を弾いていると」


 アルトゥルは旧墓地――――豊穣神信者の魂、ないし幽霊が大量に眠る場所を儀式の場に選んだ。もし仮に、魂や幽霊が儀式に関係しているとしたら。それらを駆除してしまえば、儀式を阻止出来るのではないか? フリーデさんも気づいたようで、頷いた。


「魂は鍋で吸い上げれば良いとして、幽霊の駆除方法は?」

「対話により怨念・執念を取り除く。あるいは魔法攻撃で、幽霊の持つ魔力を吹き飛ばすのが標準的な手順です。牧師なら改宗パンチですね」

「イリス、地面スレスレに魔法を飛ばせる?」

「楽勝よ」

「よし、それでいこう。表面に出てる奴らしか狙えないけど、数を減らすのは無駄じゃない……と思いたい。やってみよう!」


【鍋と炎】全員が頷く。早速取り掛かろうと、旧墓地に再び足を踏み入れようとした瞬間。衛兵の悲鳴が響いた。


「ぎゃああああああああっ!? 俺の足が!?」


 驚いて振り向くと、衛兵の1人が、松明を取り落とし足を押さえてうずくまっていた――――足の甲から、尖った石が生えていた。まるでその石を踏んづけたかのように。


「――――岩石魔法!! 全員、足を止めないで!」


 イリスがそう叫ぶと同時、また一人衛兵が悲鳴を上げて倒れた。


「くっそ、どこだ!?」


 走りながら周囲を見渡す。魔法の最大射程は50mだ、やられた2人の50m圏内に犯人――――おそらくアルトゥル――――が居るはずだが、見つけられない。暗すぎるのだ。先程までは松明なしでも近くの人の顔が見える程度には明るかったはずなのに、いつの間にか真っ暗になっている――――ちらと空を見れば、分厚い雲が満月を覆い隠していた。


 やられた。空の状況まで確認していなかった。雲が月を隠すタイミングを狙われたのだ。そしてヴィースシュタインの土地は、薄い土の層のすぐ下に岩盤がある。岩石魔法を使うには最高の環境だ。


 今この瞬間、天と地の利は両方ともアルトゥルが握っている。

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