第202話「地に満ちるもの その1」

「場所はヴィースシュタイン市、情報源は市の教会の牧師だ。なんでも、信者の一人が近頃奇妙な行動を取っているらしい」


 ヴィースシュタイン市。以前、冒険者ギルドが「遠征」に向かった街で、石材が特産品だ。……そしてその近郊の村で、ナイアーラトテップが手引したと思われる人狼に襲われたことがある。化身が居るかもしれない、というのはそれなりに信憑性があるぞと身構えて話を聞く。


「その信者というのはアルトゥルという石工の男なのだが、まあ特段信仰心に篤いというわけではなかったらしいのだが……近頃、頻繁に墓参りをしているらしい」

「墓参り? それって奇妙なことなんですか?」

「先祖に思いを馳せ、祈るというのは別に奇妙なことではないし、悪いことでもない。だが近頃のアルトゥルは、その頻度が異常らしい。毎日のように通い詰め、時には深夜にまで墓を訪れることもあるそうだ」

「それは確かに奇妙というか不気味ですね……」

「ああ。実際、牧師のほうもそう思って告解などを進めてみたのだが断られ、幽霊に取り憑かれた可能性も疑ってみたそうなのだが……そういった兆候は見られなかったそうだ」

「幽霊、本当に居るんですねぇ。アンデッド系モンスターってゾンビとリッチーしか遭遇したことなかったので、見たこと無いんですよね」

「最下級と最上級だぞそれ、極端過ぎないかね?? ……まあともかくだ、幽霊に取り憑かれたわけでもなく、急に行動が変化した者が居る。状況証拠としてはこれだけだ」

「ふむ……」


 ナイアーラトテップの化身は洗脳能力を持っていることがわかっている。洗脳能力を行使した場合、近くであれば僕が検知出来るが、遠い場合(おそらく)何の兆候も掴めない。そうなると、洗脳の結果引き起こされた行動を拾っていくしかない、ということになる。


「例えばそのアルトゥルさんが、精神病にかかってしまったという可能性は無いんですか?」

「大いにある。その場合、診断と治療は牧師による告解になるが、それは断られてしまっている。……正直なところ、私も精神病なのではないか、と真っ先に疑ったよ。だがこれがの異変であることから、君に調査を頼もうと決断したのだ」


 ナイアーラトテップがその能力を駆使して陰謀を進めた場合、それを検知するのはとても難しい。実際何か被害が出てしまって、初めてわかる――――そしてそれを僕が事後調査しにしに行く、というケースが想定されていた。


 そういう意味で、事前に検知出来た、というのは大きい。徒労に終わる可能性も高いが、もしナイアーラトテップの仕業であれば、未然に被害を防げる可能性を秘めている。


「わかりました。調査してみます」

「ありがたい。アルトゥルがただの精神病ならそれで良いのだ。そのあたりはフリーデを活用してくれ、ある程度ならその兆候を診断出来るだろう。だがもしそうではない場合―――――」

「僕の出番、ですね。近くで化身の洗脳能力が使われたら、僕が検知出来る」

「そういうことになる。数日間、アルトゥルを監視してくれるだけで良い」

「わかりました」


 僕の仕事はセンサーのようなもの、というのが何とも微妙な気持ちになるが……ともあれ随伴員(今回は【鍋と炎】だ)に支払う給料は一人あたま銀貨10枚、ヴィースシュタインまでは徒歩では5日半かかるので高速馬車を使用して良いという許可を得て、僕は教会を後にした。



 馬車に揺られること2日半後、日も暮れる頃にヴィースシュタイン市に到着した。早速宿を取ろうということになり、教会宿を訪ねてみた。ちょうどここの牧師が今回の異変を報告してくれた手前、事情聴取も出来て都合が良い。


 牧師は中年の男性で、穏やかそうな人だった。宿は問題なく部屋を確保できたので、早速話を聞いてみることにした。


「アルトゥルさんについて教えて頂けますか?」

「もうご存知かもしれませんが、彼は石工です。付近の農村の出身で、少年時代に石工に弟子入りし、それから今……30歳になるまでその仕事を続けています。2年前にこの市の町娘と結婚しましたが……」


 そこまで言って、牧師は表情を曇らせた。


「なかなか子供を授かりませんで、それを夫婦ともに気に病んでいるようです。アルトゥルのほうはあまり熱心に教会に通うタチではありませんが、妻のほうは信心深い方でして、教会に通い詰めては子宝を授かるよう祈っております」


 ふむ。信心深くない夫に、信心深い妻。両者とも子供が出来ないことを気に病んでいる、と。


「アルトゥルさんは、子宝を授からないことについては何か行動を起こしていなかったんですか?」

「はい、何も。……ですがひと月ほど前からでしょうか、急に墓参りをするようになりまして。それも毎日、時によっては真夜中に行くこともある

「ようで?」

「実のところ、私は真夜中に墓に行く彼を目撃していないのです。墓守からそう報告されたのです」


 墓守。そういう職業もあるんだな。必要があればその人にも話を聞いてみるとしよう。


「先祖に子宝祈願をするというのはまあ、無くは無い行為ですが……元が信心深くはない男です、さては思い詰めて狂ってしまったのではないかと告解を勧めてみたのですが、断られてしまいました。実のところ、彼の妻に聞いてみても"あれは子宝祈願なのではないか" とぼんやりした回答が返ってくるだけで、実際彼が何を思って異常な頻度で墓参りをしているのかはわからないのです」

「奥さんでもわからないんですか」

「というのも、最近は夫婦仲が冷めこんでいるようでして、あまり会話が無いそうなのです」

「不仲の理由は?」


 そう尋ねると、牧師は渋い表情をした。直後、僕はイリスに背中を叩かれた。


石女うまずめは不要、そういうことでしょ」

「……そういう価値観なんだ」

「家業を継がせて自分たちの老後を守るため、あるいは先祖の墓を守るため。子供が出来ないっていうのは切実な問題よ。旧教はともかく、新教は離婚も認められてるから……それを理由に離婚することだってあるわ」

「そこまで……」


 イリスとの間に子供が出来なかったとして離婚する気はさらさら無いし、日本の価値観に照らし合わせれば、子供が出来ないから離婚するというのは「身勝手」に思えるが……ここは異世界だ、そういうものだと理解するしかない。


 牧師は話を再開する。


「ともあれ、アルトゥルは子宝を授からないことに対して妻に当たり、夫婦仲が冷め込み、それによるストレスで心を病むという悪循環に陥ったのでは……と踏んでいます。正直、ここまでならわざわざ上に……フィリップ氏に報告を上げるほどでは無かったのですが。彼から"異常な行動をとる市民などが居れば報告して欲しい" と手紙が来まして、ピンと来たのです」


 そうだ、一般牧師は【探索者】の活動内容を知らない。となると彼にとって僕らはどういう立ち位置になっている?


「ピンと来たというのは?」

「これは異端や邪教の炙り出しなのではないかと。心を病んだ男が邪教に手を染めた可能性がある……そういった情報を求められているのではないか、私はそう踏んで報告を上げたのです。そして貴方たちはそれを調査しに来た。そちらのフリーデさんは戦闘牧師でいらっしゃるし、そうなのでしょう?」


 な、なるほどねー。どういう名目で調査するのか全然考えていなかったが、この解釈は都合が良い。僕はフリーデさんに小さく頷くと、彼女も頷き返した。伝わったようだ。


「そうです。異端や邪教を炙り出して、ぶち殺します」

「ぶ、ぶち殺すのはちょっと……」

「異端や邪教の徒を生かしておけと?」

「た、ただの心を病んだだけの哀れな男かもしれないのです、暴力行使はよくよく精査してからにして下さい、ね? ね?」


 告発してきたはずの牧師がヒいてるが、取り繕うことには成功したようだ。戦闘牧師が狂った奴らだと認識されていて良かった。……良かったのか?


 ともあれ今日は陽が落ちてしまったし、旅の疲れもあるため本格的な調査は明日からということになった。

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