第201話「洗い出し」
ナイアーラトテップの仕業であってくれ。
そう思ってしまったのが悪かったのだろうか。僕は肥溜め潜伏死者の葬儀の翌日、フィリップさん――――ノルデン教会の長老にして【探索者】の長――――に呼び出されていた。
北区教会の一室で、僕と彼は二人きりで向かい合っていた。フィリップさんは深刻そうな顔で僕を見て、頷いた。
「君に、頼みたいことがある」
――――ついに来たか。【探索者】の目的は、ナイアーラトテップの化身を探し出して始末することにある。化身の調査は難航を極めると思われていたが、一ヶ月も経たずして見つかるとは予想外だ。教会の情報網には舌を巻くしかない。
フィリップさんは重々しく口を開いた。
「資金洗浄に協力してくれ」
「…………はい?」
ちょっとよくわからないな。資金洗浄、マネーロンダリングの単語自体は聞いたことがあるものの、具体的にどういうことなのかはわからないし、何故この場でその単語が出てくるのかが一番よくわからない。
思いっきり表情に出ていたのだろう、フィリップさんが説明してくれた。
「いいかね、【探索者】として活動するにあたって、月あたり金貨1枚を支払うと約束しただろう?」
「はい」
「だが【探索者】は秘密組織である。教会から君に資金の流れがあると、何か勘ぐり出す輩が現れんとも限らない。それを防ぐために、資金の流れを偽装する必要があるのだ」
「なる……ほど? いやでも、教会と僕の間のお金の流れを把握出来る人なんて居ないんじゃ?」
「それが居るのだなぁ。……税務査定官だ。こちらで調べさせてもらったが君、去年の3月末にブラウブルク市民として登録されているようだね。税の査定というのは1年ごとに行うので、4月頃には君のところに査定官が来るはずだ」
「し、知らなかったです……」
「そして査定官が教会から君への給与支払い通知書を見つけてしまったとしよう、するとその時点で資金の流れがバレる」
「それ、通知書を書かなければ良いだけでは? 例えば今この場でお金を手渡しして書類発行しなければ誰にもバレないですよね」
「ふむ。君、【探索者】としての給料の使い道はもう決めているか?」
金貨1枚あれば人を住み込みでなら2人雇っても余裕でお釣りが来る、ということで、留守を守るために庭師のゼバスティアンさんと家政婦のハンナさんを雇おうと思っていたのだが。
「はい、家に人を雇おうかと。残りは貯蓄です」
「では査定官はこう思うだろうな、"はて、この使用人の給与の出処はどこか?" と。銃職人ギルドや冒険者ギルドからの支払いは全て辿れる――――ギルドは徴税のための機関でもあるからな――――となると、その収入で人を雇えるかどうかはわかってしまうのだ」
「あ、ああー……」
「仮に人を雇わず全額貯蓄したとしよう、その場合は家に金貨なり、その金貨で買った物品が残るわけだ。査定官はそこに目をつけるし、逆に形の残らないもの――――例えば飲食に消費したとしても、その豪遊した噂を嗅ぎつけてくる。そしてやはりこう思うのだ、"はて、この豪遊の資金の出処はどこか?" と」
査定官こわい。つまりは僕が表で得ているお金以上にお金を消費していると、怪しまれてしまうということか。あとは今日このように、僕が本来の教区ではない北区教会に足を運んでいることなどから類推してしまえば、僕と教会の間の資金の流れが想像出来てしまう……と。
「そういうわけで、教会から君への資金の流れを"出処が教会とバレない形" に偽装せねばならんのだ」
「それが資金洗浄ですか……具体的にはどうやるんですか?」
「間に幾人かの商人を噛ませ、君のところに何か特別な物品を買いに行かせる。あるいは吟遊詩人が話をせがみに来るかもしれないし、武術を習いたいという者が来るかもしれない。いずれにせよ君に対価を支払おうとするだろう」
「形式は不定なんですね」
「固定すると露見リスクが上がるからな。いずれにせよ、そういった輩から支払われるお金が【探索者】としての給与となる」
「なるほど、理解しました」
なんで異世界で資金洗浄するような状況に陥ってるのかはよくわからないけど。……資金洗浄って、日本だと反社がやるやつじゃなかったかなぁ。何だか悪いことしてる気分だ。
「理解してくれて助かる。このプロセスを踏まなかった場合、教会と君の関係がバレる以上のまずい事態に陥るからな」
「そうなんです?」
「査定官の気持ちになってみたまえ。表の帳簿には無い以上の資産を持っている奴が居る。その資産はどうやって形成したのか? "教会から授与された" 以外を想定してみたまえ」
「あー……盗んだ、とか?」
「そうだ。それと帳簿の偽装、つまりは脱税が一般的だな。後者なら資産没収と鞭打ちは確実だ」
「おおう……」
……なんだろうなぁ! 別に悪いことして得る給料じゃないのに、資金洗浄しておかないと犯罪疑われるってどういう状況だよ!
「複雑な気持ちになるのはわかるが、組織の秘密を守るためには必要なことであると理解して欲しい」
「はい……」
「ちなみに【探索者】の活動で使った経費もこの形で支払うことになる、使った経費は私に請求してくれたまえ、翌月の給料と一緒に支払う……さて、これで活動にかかる資金的な問題は解決したな」
そう言ってフィリップさんは表情を引き締めた。
「本題に入ろう。ナイアーラトテップ様の化身の関与が疑われる事件が見つかった」
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