第3章 鍋で殴る探索者
Fragment 1
第200話「人生の墓場」
結婚式が終わって一週間というものの、僕とイリスは
送らされた、のほうが正しいかもしれない。厳冬期に入るまで冒険者としての仕事が減るということは知らされていたので、「ちょっとギルドに顔出してくるね」という言い訳は通じず。銃関連の仕事は、新婚ということを気遣ってか「当分わしらだけで何とかなるから」とエンリコさんが言いに来たっきり音沙汰なく。
イリスはひたすら艶々としていた。
「つまり絞り放題ってわけね」
「絞ってる自覚あるんなら手加減して欲しいんだけど」
「無理」
「……はい」
そろそろ死を覚悟し始めた頃であった、救いの手が伸びてきたのは。エンリコさんがやって来たのだ。ご丁寧に「1時間後に行く」旨を弟子に伝えさせたうえでのことなので、僕とイリスがどんな生活を送っているのかはお見通しなのだろう、そこはかとなく恥ずかしいが、僕は喜んで身支度を整えた。
やって来たエンリコさんは下世話な話をするでもなく、いきなり本題に入った。
「良い知らせと悪い知らせがある。前者から話せば、先程開かれた参事会で銃職人ギルドの設立が承認された」
「おおー……反対派が折れたんですね?」
「まあ、あんなことがあった後だしな」
クロスボウ職人ギルドによる冤罪襲撃事件。ナイアーラトテップが引き起こした事件なうえ、実行者であるパウルは自責の念から自首し、絞首刑になるという後味の悪い事件であったが……結果的に、銃職人ギルド設立に反対する勢力の権勢を削ぎ、僕たちが有利になった。
「ともあれ、これで晴れて銃職人ギルドは発足、明日には役員決めなどを行うことになる。だが問題があってな、我々には組合員を収容できるギルド会館が無いだろ?」
「この屋敷を使ってください、是非」
「……良いのかね?」
ぴしり、と首筋にイリスの視線を感じるが……僕は自分の命が惜しいので頷いた。少なくとも昼間だけでも絞られない時間を作り出さねば死んでしまう。
「後々のことを考えればギルドに貢献しておきたいですし」
「そういうことなら、喜んで使わせてもらうが。イリスもそれで良いか?」
「…………うん」
めちゃくちゃ不承不承といった様子なのが恐ろしい。まだ絞る気だったなこの女。僕は努めてイリスを無視し、エンリコさんに向き合う。
「で、悪い知らせっていうのは今の話ですか?」
「いや。発足間もないのに幸先悪い話なうえ、これが初仕事になってしまうのがなんとも格好付かないのだが――――」
エンリコさんは表情を暗くし、衝撃的な内容を話し始めた。
◆
数日後。役員決めが終わり、エンリコさんが初代「銃職人ギルド長」、僕が「特任親方」――――アドバイザーのようなもの――――に、その他の職人も自分の工房を持っている者は全員「親方」に就任したあと。ギルド初の公務を執り行っていた。
場所はブラウブルク市の西門のさらに西、新市街地が建設予定の原野――――の一画だ。皆喪服を着ており、親方だけでなくその家族まで伴って集まっている。
「ルーペルトさん……」
「どうして……」
すすり泣きが聞こえる。そう、これは葬式だ。銃職人ギルド発足の前日、銃職人から死人が出たのだ。あまりの幸先の悪さに頭が痛くなる。すわナイアーラトテップの干渉かと疑ったが、どこにもその痕跡はなかった。
「どうしてですかルーペルトさん……」
僕もまた、目頭に手を当てて嘆いていた。
「どうして肥溜めに隠れようと思ったんですか……」
いっそナイアーラトテップの干渉であってくれ。
エンリコさんから話を聞いた時、そう思った。だが入念に調査しても、出てくるのは「ルーペルトは恋人の股ぐら見たさに肥溜めに潜み、恋人を待っていたが、そのうち腐敗ガスで窒息死した」という友人からの証言だけであった。
ナイアーラトテップの干渉であってくれ。
心からそう思ったが、現実は非情である――――色んな意味で。葬儀を執り行うのは、臨時でギルドの主任牧師となってくれたフリーデさんだ。彼女が聖典を開きながら、葬儀に関する箇所を読み上げる。
「彼らはもはや、飢えることもなく、渇くこともなく、太陽もどんな炎熱も彼らを打つことはありません」
彼女が聖典を読み上げる間、原野に積み上げられた薪の山の上に、皆でルーペルトの棺を担いで置く。直ぐ側には骨と灰を埋めるための穴も掘ってあるが、そこには墓石も何も無いし、そもそもここは今日この日まで墓場ではなかったので他の墓も無い――――こうなったのには理由がある。
通常、死者は己が所属する団体――――例えばギルドであればギルドが所有する共有墓地に葬られる。しかし銃職人ギルドは発足間もないため、共同墓地が無かった。ルーペルトの命日は銃職人ギルド発足の前日であり、彼は元々はクロスボウ職人ギルドに所属していたため、クロスボウ職人ギルドに「おたくの共同墓地に葬らせてくれ」とかけあってみたが、答えは「二重に恥知らずな奴に与える墓地は無い」であった。正論なので、ぐうのねも出ない。
フリーデさんが淡々と聖典を読み上げる。
「何故なら、御座の正面におられる小羊が、彼らの牧者となり、命の水の泉に導いてくださるからです」
ナイアーラトテップも、肥溜めに潜んで死んだ奴の牧者にはなりたくないんじゃないかな。……聖典が読み上げられる中、薪に火が灯された。銃職人ギルドが(僕が殿下をはじめ各方面に頼み込んで!)買い上げた原野の一画から、葬送の煙が上がってゆく。ギルドの初出費が墓地購入費になろうとはね……。
「どうしてあんな馬鹿なことを……」
誰かがそう嘆いた。僕もそう思う。だが親方に内定していた人物なので、うちで面倒を見なければならない。でも皆内心、悲しみよりも「何てことしてくれたんだ」という憤りのほうが強いんじゃないかな。ルーペルトの遺族なんて女性だけでなく男性までも顔をヴェールで覆ってるし。そりゃ会わせる顔も無いよ。
骨と灰を穴に埋めて、葬儀は終わった。その帰路、僕はイリスに話しかけていた。
「イリス。とても、大切な話がある」
「何……?」
「非常に間抜けな死に方をした場合、どうなるかわかったよね。いや僕も今日初めて知ったけどさ」
「……うん」
「今日の出来事は、僕が腹上死した場合のシミュレートになったと思うんだ」
「そんな、大げさな」
イリスは一瞬おどけたが、僕は彼女の肩を掴み、その目をまっすぐ見据えた。
「想像して欲しい。僕には血族が居ないから、喪主は君になる。腹上死した僕の葬儀に参加した人たちに、妻たる君はなんて言葉をかける?」
喪主であるルーペルトの親族は、フリーデさんに促された「喪主の挨拶」で土下座し、ただ一言「うちの馬鹿が本当に申し訳ございません」と言っていた。内心、恥辱で首を吊りたいだろうに。
イリスの場合はどうなるか。「私の性欲が強すぎて本当に申し訳ございません」になるのではなかろうか。あまりにも恥ずかしすぎるだろう。イリスはハッとした表情になり、おずおずと口を開いた。
「うちの旦那の精力が弱すぎて本当に申し訳ございません……なんて言えないわね。恥ずかしすぎる」
「あー、あくまで僕のせいなんだねー。まあいいや、とにかくどういう事態になるかはわかったね?」
「うん」
「じゃあ絞るのは手加減して欲しい」
「…………うん」
なんで不承不承なんだろうこの嫁。薬師のところで精力剤買ってこようかな。
ともあれ、今日の出来事は少しイリスに反省を促したようで、今夜は比較的穏やかに絞られた。
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