第203話「地に満ちるもの その2」
翌朝。朝5時頃に起きた僕たちは、教会宿の暖炉を使って朝食を作っていた。文化的に、都市に住む人は朝食を摂らない人が多いようだが肉体労働者(と貴族)は別だ。僕たちは冒険者というバリバリの肉体労働者なので朝食を摂る――――まあ今回は何事もなければカロリーを消費することも無いはずなのだが、それでも即座に戦闘で全力を発揮出来るようにと軽く腹に物を入れておく。
ザウアークラウト(キャベツの漬物、酸っぱい)を塩とともにお湯に入れただけのスープに、パンを浸して食べながら今後の方針を話し合う。
「アルトゥルは石工って話ですし、昼間は仕事してるはずですよね。実際に接触する前に、一度墓参りの現場は確認しておきたいと思うんですけど……どの時間帯を狙うべきですかね」
この質問にはイリスが答えてくれた。
「恐らく昼休みか仕事終わりの夕方、あとは話にあったように深夜だけど……時間もあることだし、奥さんに確認してみるのが――――いえ、夫婦仲は冷めきってるんだったわね。墓守に聞くのが早いか」
「そうだね。でも奥さんにも話を聞いておきたいかな。アルトゥルさんに何か変化があるとすれば、一番近くで見てたはずだろうし」
「じゃあ午前中は墓守、奥さんの順で話を聞きに行きましょうか」
「そうしようか。……ところで、墓守ってどんな職業なの? あんまり馴染みがない職業だったからイメージがわかなくて」
僕の先祖の眠る墓がある寺や神社は、住職さんが墓の掃除から何から全部一人で管理していた。一昔前は寺男が居て掃除を担っていただとか、さらに昔は近隣住民が共同で掃除していたなんて話は聞かされたが、僕の世代ではその文化の面影は残っていなかった。
墓守。墓の管理を専門で担っている職業だとは察するのだが、一応確認しておきたい。この質問にはフリーデさんが答えてくれた。
「墓穴を掘ったり、墓を掃除したり、墓荒らしに睨みを利かせたりする職業ですね。地域によりますが、専門職であることが多いかと」
「専門職?」
「例えばブラウブルク市では地面に穴を掘るので、然程専門性は必要ありませんが……ヴィースシュタイン市のような石材の産出地ですと、古い石切場を墓として再利用したりします。遺骨を納めるための穴を岩盤に穿つ必要があるので、石工としての技能が求められます」
「なるほど」
「あとは、まあ……死に触れる職業ですので。そういった意味でも専門性は求められます」
……相当に配慮した言い方だが、要するに賤業だということだろう。皆がやりたくない仕事は、それを専門で引き受ける人が求められる。ルルの実家の狩人然り、僕たち冒険者然りだ。
必要な仕事だというのに、それを引き受ける人が差別を受ける傾向にあるのはモヤモヤするが……ともあれ同じ賤業同士、墓守に親近感が湧いてきた。
朝食を済ませた僕たちは、早速墓守のもとを訪れることにした。
◆
「さっむい……」
「そろそろ厳冬期だからねぇ……陽が当たらないのもあるでしょうけど」
ヴィースシュタイン市の墓はやはり古い石切場にあるということで、そちらに向かっているのだが……石切場というのは周囲を背の高い岩に囲まれており(岩場を切り拓いて通路を作っているせいだ)、陽が当たらずジメジメしているし、非常に寒い。スープで身体を温め、ギャンベゾンとマントで防寒しているというのに身震いするほどだ。
ここの周辺はもうとっくに石切場としては放棄されているのだろう、石工が立てるノミと
「僕はギャンベゾン着てるからまだ良いけど、イリスは大丈夫?」
「魔法装束、新調したからね。それでもだいぶ寒いけど」
イリスは内戦の折に戦利品として手に入れた魔法装束を、自分用に仕立て直していた。やたらと露出度の高い前の装束と違い、今のものは首から下を殆ど覆っている。……前のは大分スケベで良かったのだが、あれでは冬場は風邪をひくだろう。この世界には真冬でもビキニアーマーで過ごせる強靭な人種も居ないようなので、仕方ない。
そんな話をしながら歩いていると、岩の通路の中に少し開けた場所があり、そこに粗末な小屋が建っているのが見えてきた。小屋の前には焚き木があり、それを中年の男性と少年――――どちらも粗末な身なりだ――――が囲んでいた。あれが墓守だろうか? フリーデさんが率先して声をかけに行ってくれた。
「おはようございます。教会の使いで来た者ですが……貴方がたがここの墓守でしょうか?」
「……おはよう、牧師殿。如何にもそうだが……」
中年男性は陰鬱そうな表情に暗い声で、そう答えた。
「アルトゥルという男について、話を伺いに来ました。少々、お時間宜しいでしょうか」
「ああ、あいつのことか。丁度良い、奴にはほとほと困っていたんだ。……おいビーノ、向こうの見回りは後回しだ。お前もこの人たちと話すんだ」
「はーい」
ビーノと呼ばれた少年は頷き、こちらを見てきた。……親子だろうか? 気になったので聞いてみることにした。
「息子さんですか?」
「そうだ。俺の跡取りだ、可哀想なことにな」
「可哀想?」
「こいつは岩石魔法に秀でてるんだよ。岩に墓穴穿つためだけに使うにゃ勿体無いほどにな……だが市の石工ギルドは石工としての弟子入りを認めなかった。俺の一家が賤業だって理由でな」
「それは……」
「……悪い、あんたらは俺のくだらん愚痴を聞きに来たんじゃなかったな。俺はアーベル、ここの墓守、その現当主だ」
僕たちは「アルトゥルの奇行について調査しに来たフリーデさんと、その護衛たち」というていで各々短く自己紹介した後、早速アーベルさんから聴取を始めた。彼はフリーデさんに、アルトゥルが墓参りを始めた時期から語ってくれた。
「ひと月くらい前かね、急に奴がここを訪れて来たのは。別に先祖の墓参りなぞ咎めることでも無いし、第一俺のような賤業が咎めてもモメるだけだ、墓を荒らさないか遠巻きに見てるだけだったんだが……率直に言えば、奴はまさにその墓荒らしなんじゃないかと思ったよ」
「どういうことです?」
「奴はヴィースシュタインの生まれじゃない、ここには奴の先祖の墓なんぞ無いんだ。だから必然的に奴の奥さんの墓か、それとも石工ギルドの共同墓地――――奴が世話になった親方たちが眠る場所だな――――に向かうのだと思ってた。だが奴は、この墓所全体を巡回し始めたんだ。しかも何かを探すように周囲をよくよく観察しながらな」
「確かにそれは、墓荒らしを疑いますね」
肥溜め窒息死した馬鹿の葬式を思い出す。骨と一緒に副葬品も埋めていたはずだ。そういった物を掘り起こそうと考える輩が居ても、おかしくないだろう。
「しかもだ、それが2、3日続いたんだ。流石にこれは衛兵か牧師殿に報告しようかと思ったんだが、それきりぱったりここには来なくなったんだ」
「……ふむ? 私たちは、アルトゥルさんは異常な頻度で墓参りしてると伺っていたのですが。2、3日間の話だったのですか?」
「ここには、と言っただろう? 奴はその日から、旧墓地のほうに行くようになったんだ」
「ここの他にも墓地が?」
「ああ。……このあたりにナイアーラトテップ様信仰が根付く前の、1000年は昔の古い墓地が近くにある。そっちの管理は俺じゃなくて、このビーノに任せてるがな」
ビーノは頷き、話し始めた。
「旧墓地の方は殆ど訪れる人がいません、正直、あの人が来た時はびっくりしましたよ。遂に墓荒らしが来たか! と身構えて見守っていたんですけど、あの人はずっと墓地を巡回するだけで。深夜に来ることもありますけど、やっぱりずっと墓地をぐるぐる、何かを探すように歩き回ってるだけなんですよね」
「その頻度と時間帯を教えて頂けますか?」
「数日に一度、昼の1時と夜中の12時くらいですね。そして夜中に来る時は、必ず昼間にも来てます。だから1日に2度墓参りに来てることになりますね」
日に2度。確かにそれは異常だ。そして昼の1時というのは丁度、どの職業でも昼休みに当たる時間だ。やはり仕事の昼休みに墓参りしているのか。
「……それで、実際墓が荒らされたことは?」
「それが、無いんですよね。ずーっと墓を歩き回って、観察しているだけで。墓を掘り返し始めたら撃退してやろうと準備しているのに……」
「撃退?」
ビーノが鼻息を荒らげ腕組みするのを、アーベルさんがやれやれといった様子で見つめた。
「こいつはな、旅の魔法使いにせがんで攻撃に使える岩石魔法を覚えてるんだ。1つだけだがな。危ないからやめろ、と言ってるんだがね」
「だって父さん、僕が墓荒らしを退治すれば少しは僕らの名も上がるでしょ? そうすれば……」
「そうかもしれんが。……さてビーノ、お前の話はこれくらいで良いだろう。そろそろ旧墓地の巡回に行ってきてくれ。お前が居ない時間帯を狙って、アルトゥルが来たらコトだからな」
「……はーい」
ビーノは渋々といった様子だったが、アーベルさんの指示に従って出かけていった。アーベルさんはその背中を見送りながら、口を開いた。
「……あの子には才能がある。この市じゃ石工にはなれんし、それはどの市でも同じだろう……賤業の一族ってのはそういうもんだ。だが冒険者や傭兵ならなれるかもしれん、と思うことがある」
「おすすめは、しませんよ」
僕は心からそう言った。冒険者として何度も命の危険に晒されてきたし、内戦の折に同僚を亡くしたこともあるからだ。
「そうだろうな。俺だって進んで息子を危険な職業に就けたくはない……かと言って墓守を継いで欲しいとも思わん。……なあ、あんたがた。もし後で旧墓地の方に行ってビーノと話すことがあったら、奴は冒険者の話をせがむだろう。どうか余すことなく、悲惨で、恐ろしい話を聞かせてやってくれ」
「……それは、どういう意味で?」
「その話を聞いてなお奴が冒険者になりたいと言うのなら、俺はそれを認めてやろうと思うんだ。ブラウブルク市の冒険者ギルドなら市民権も貰えるんだろ、今の俺たちのように市内に住むことすら許されず、暗い墓地での生活を強いられることも無くなる。こいつは親心だ、奴にはもっと良い人生を送って欲しいんだ」
死の危険がある職業な以上、墓守より冒険者の方がマシとは思えないのだが……それは僕が恵まれていたからなのかもしれない、とも思う。普通の冒険者は傭兵とほぼ同義で、普段は山賊のような暮らしをしていると言う。だがブラウブルク市冒険者ギルドは、市民と同等の暮らしを送ることが出来る。(死の危険を除けば)現代人である僕でもそこそこ快適に暮らせる、というのは幸せなことなのではないか?
ルルとヨハンさんが頷き、アーベルさんに声をかけた。
「あたしも賤業出身なので、冒険者の方が良い暮らしが出来るっていうのはわかりますねー」
「命の危険さえ無ければ、な。……わかったよ親父さん、坊やには怖い話をたんまりと聞かせてやるよ。幸い、俺たちは神格と戦ったこともあるしな」
「は? 神格?」
「絶対勝てないのに、戦って武勇を示さないと殺されるっていうクソみたいな状況だったなアレは」
「私はアレに心臓握られましたね」
「……正直そこまでとは思わなかったが、まあ何はともあれ頼んだよ」
アーベルさんは困惑しながらも微笑み、頭を下げた。
丁度、10時の鐘が市の方から聞こえてきた。アルトゥルが旧墓地を訪れるという13時まではまだ時間がある、次はアルトゥルの奥さんに話を聞きに行き、それから旧墓地に行こうということになった。
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