第188話「抗争と干渉 その8」
工房に入り、皆と合流した。ヨハンさんが防衛指揮をとっていたようだ。
「お疲れ様です。やっぱり仕掛けてきましたねえ」
「だなぁ。まあ神じゃなくても、何かしらの戦果が欲しいならこうするしか無かっただろうし、準備を整えておくのは正解だったな」
工房を見渡してみると、教授は未だ半裸で意気消沈といった様子。エンリコさん、フーゴさん、イーヴォさんはクロスボウや銃を持ったまま休んでいる。ルルも槍を持って待機。お婆さん、ひいお婆さんは食事の準備中だ。
「……まあ、一先ず襲撃はしのぎ切りましたし、食事ですかね。いやあ、今日は色々あって疲れた……」
教授も栄養をとって、覚悟を決めたフリーデさんの話を聞けば考えを改めるかもしれない。そして僕たちも朝から動き通しなので、流石に休養が必要だ。
「そうだな……」
相槌を打ちながら、ヨハンさんは何故かナイフを抜いていた。怪訝に思った次の瞬間、工房の裏口の扉が開いた。同時にヨハンさんがナイフを投擲。
「ぐわっ!」
「そうだよなぁ、もう一度奇襲するなら今だよな! 盗賊の耳ナメんなよ、コソコソ外を嗅ぎ回ってたの丸聞こえなんだよ!」
ヨハンさんが投げたナイフは扉を開けた人物の喉笛に突き刺さっていた。彼の手には短めの剣が握られている――――明らかに、室内での戦闘に適した装備だ。
「畜生、まだ続くのか……! 相手はこいつ一人ですか?」
「いや、足音はもう1つあった」
ナイフが命中した男が膝から崩れ落ちる――――その背後に、朧気な人影が一瞬見えた。ハッとして意識を集中すると、輪郭が定まってきた。化身だ!
「野郎!」
即座に拳銃を抜き、ぶっ放す。ヨハンさんは僕が急に発砲したのに驚いているのを見るに、やはり彼にも化身は見えていないのだろう。恐らく化身が見えるのは「我思う、故に我あり」を知っている僕、イリス、教授の3人だけだ。これで一体どうやって防衛するか――――そう考えていると、室内から化身の声が響いた。
「手荒い歓迎だね」
声は室内、裏口の扉の前から聞こえた。さっきの銃撃を避け、それから侵入してきたか――――そう思うと同時、2発目の銃声が響いた。そして化身の悲鳴も。
「何……!?」
「おいクルト、姿は見えないが居るんだな? 罠が作動したぞ」
「居ます! 全員戦闘体勢!」
ヨハンさんが立て続けにナイフを投擲するのを、化身は左肩を押さえながら回避した。扉の上を見れば、天井に銃が設置されていた。そしてその引き金から細いワイヤーが伸びているのも見える。恐らく、扉の前に立つと作動するように仕掛けておいたのだろう。「防衛体制を整えよう」とは言ったが、ここまでやっておいてくれるとは。そしてそれに化身が引っかかってくれるとは、嬉しい誤算だ。
「流石に腹が立ってきたよ。クルトとレイモンドだけじゃない、全員殺そう」
化身は短めの剣を抜き、手近に居たルルに襲いかかった。僕は駆けつけようとしたが、ヨハンさんが手で待ったをかけ、ルルに合図した。
「追い込み猟ですねー」
ルルは真っ直ぐに槍を突き出す。彼女に化身は見えていないだろうが、その穂先は完全に化身の正中に定まっていた。
「これは」
化身は身を反らし槍を回避。同時に剣を振り、ヨハンさんが背中に向けて投擲したナイフを弾いた。ヨハンさんは立て続けにナイフを投擲する。それは曲芸の時のようにルルの身体すれすれを抜けていく軌道だが、彼女の前に立っている化身にしてみれば、彼女と同じ姿勢を維持していなければ背中にナイフが当たってしまう事を意味する。そしてルルと同じ姿勢――――つまりルルの真正面に立っている限り、ルルが突き出した槍が自動的に当たる。
「小癪な!」
化身は槍を回避し、ナイフを剣で弾く。背面のヨハンさん、正面のルルに挟まれ完全に拘束されている。この隙に僕はエンリコさん、フーゴさん、イーヴォさんら射手を呼び寄せた。そして大雑把であるが、化身の場所を指し示し、照準させた。僕も2丁目の拳銃を向ける。合計5丁の射撃武器が5mの距離で化身を捉えた。これなら大雑把な照準でも絶対に当たる!
そう確信した瞬間、脳内に焦れるような感覚が生じた。洗脳か!
「全員、クルトを殺せ!」
化身はそう叫んだ。仮説――――洗脳能力でも、本人が本当にやりたくない事はさせられない――――が正しければ、これは全くの無効になるはずだ。何せここには【鍋と炎】の仲間たちと、これから僕の親族になる人たち、そして神学者かつ牧師の教授しか居ないからだ。……そう思ったのだが。
「死ねクルトォォォ!!」
「このクソ
フーゴさんが僕に銃を向けてきたのを、鍋で銃を叩いて逸らした。このクソ義父、僕とイリスの結婚をまだ根に持ってやがる!
「エンリコさんイーヴォさん、この人どうにかして!!」
僕に飛びかかろうとするフーゴさんを、2人が何とか取り押さえた。僕だけでも何とか化身への射撃を実行しようとしたが、唐突な同士討ちに動揺したヨハンさんの投げナイフがワンテンポ遅れ、その隙に化身がヨハンさんとルルの間から抜け出してしまった。
構わず化身に照準を定めようとするが、短い瞬間移動を繰り返すせいでままならない――――が、ヨハンさんは正確に化身に投げナイフを投擲し続けていた。化身はそれを剣で弾きながら、ヨハンさんに近づいていく。僕は照準をなんとか定められないか試みながら、ヨハンさんに問う。
「相手は瞬間移動してるのに、どうやって出現地点を割り出してるんです!?」
「瞬間移動? んなもんして無いよ、奴は普通に避けてるだけだ! 少なくとも音はそう聞こえる!」
どういう事だろう。僕には瞬間移動しているようにしか見えないが……いや、今この瞬間も強いて認識しようとしなければ、化身の輪郭はぼやけてしまう。つまり奴は認識を阻害する能力があるはずで――――瞬間移動に見えるのは、一時的にそれを強化しているだけ? つまり僕は、見えてしまうが故に振り回されているわけか。
だとすればやはり遠距離から弾幕を張って仕留めたいが、化身はいまヨハンさんを狙っている。彼は足音を頼りに化身の居場所を把握しているが、化身が足を止めてしまったら――――つまりヨハンさんに肉薄してしまい、そこから攻撃を仕掛けたら――――圧倒的にヨハンさんが不利になる。流石に剣が空気を斬る音だけを頼りに戦うのは厳しいだろう。僕が化身を引きつけなければならない。
そう思い、化身の側面に踏み込んだ。僕の背後にはフリーデさんが続いている。彼女には化身が見えていないが、横薙ぎにメイスを振って貰おう。化身がそれを避けた瞬間を僕が仕留める。例え認識阻害で見失っても、ヨハンさんが音を頼りに追撃する――――そう作戦を立てた瞬間、脳内にまたあの奇妙な感覚が生じた。洗脳の兆候。
「フリーデ、クルトを殺せ」
化身が出した指示はそれだった。先程無効だとわかったはずだろうに。
「いま虚空から声が聞こえましたが、これが主の声なのですね!?」
「そうです! 惑わされないで下さい、試練だと思って!」
「承知!」
よし、彼女は大丈夫だ!
「フリーデ。君がクルトへの試練の代行者だ。クルトを、殺せ」
「承知!!」
「ちっくしょう!!」
フリーデさんが僕に飛びかかってきたのを、何とかいなす。そういう解釈だと洗脳されちゃうのね!!
これで僕はフリーデさんへの対処にかかりきりに。ルルはヨハンさんの援護に回ったが、化身は左右に動きながらヨハンさんに接近してゆき、挟み撃ち――――「追い込み猟」を成立させない。イリスは室内では火炎魔法は使えず、歯噛みして状況を見守っている。エンリコさんとイーヴォさんはフーゴさんを取り押さえるのに必死。戦闘員全員が拘束されている。
「まずはヨハン、いやバルドゥイーン。君からだ」
化身は嘲笑い、とうとうヨハンさんに肉薄してそう言い放った。化身の剣が閃く――――
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