第187話「抗争と干渉 その7」
工房に駆けつけると、工房が多数の男たちに包囲されているのが見えた。工房の扉の前には負傷者たちが倒れているので、攻撃の第一波は既に防がれたのだろう。防衛準備を整えておいて貰ったのは正解だったようだ。
「やっぱり再襲撃か!」
「またクロスボウ職人ギルド……いや、身なりが悪いわね。浮浪者?」
イリスが包囲者たちを見てそう言った。確かに包囲に参加している人たちはボロを着ていて、武器も良くて棍棒、悪いと日用ナイフだけといった有様。あとは石ころを投げつけている者がいるくらいだ。人数は20人ほどか。
「工房内から支援があっても、外から襲撃かけるのはちょっと危険な数だね……ファイアボールで削れない?」
「出来るけど……あいつら防具ないから、直撃したら死ぬわよ」
「うーん……」
あの浮浪者たちは、おそらくは化身に洗脳されているだけだ。本来なら僕たちに攻撃を仕掛ける意図は無かったはずで、それで命を落とすのは哀れだ。――――それに、あの意地悪なナイアーラトテップの事だ。僕たちがこういう葛藤をするのがわかっていて、この攻撃を仕掛けてきている気がする。そして本来無罪の人を僕たちが殺していく様を見て、ほくそ笑むはずだ。
「……とはいえ、やるしかないか」
「癪だけど、家族と、赤の他人の命どちらを取るかと問われたら……家族を取るわ」
「うん」
打開策を思いつかない以上、やるしかない。結局、手に届く範囲のものしか守れないのだ。
僕とイリスが攻撃の覚悟を決めたその瞬間。1発の銃声が鳴り響いた。工房内からではない、大通りからだ。
「狼藉者どもに告ぐ! 全員武器を地面に置き、
銃声と声の主は、ゲッツ殿下だった。近衛と衛兵を率いて、東西に走る工房通りの東側に展開している。近衛は馬に乗り、全員拳銃で武装している。そしてその銃口を包囲者たちに向けると、包囲者たちの間に動揺が走った。
「ヒッ……」
「おい、奴ら何丁の銃持ってるんだ!? 敵いっこねえ、逃げるぞ!」
「馬の足からどうやって逃げるんだよ!」
包囲者たちの士気は一瞬で崩れ去り、逃げ出そうとする者も出始めた。――――ここは僕たちの出番だろう。
「はい、こちらは行き止まりです」
僕たちは通りの西側に展開し、逃亡を阻止した。これで大通りは封鎖され、包囲者たちの逃げ場は細い路地しか無くなった。そしてそういった路地に大人数で雪崩込めば渋滞が起き――――馬で踏み砕かれるだけだ。
「降参します! どうか命だけはお助けを!」
包囲者たちは続々と投降し始めた。衛兵たちが彼らを捕縛する中、僕たちは殿下に駆け寄った。
「殿下、ありがとうございます!」
「あー? まあ、礼にゃ及ばねえよ。俺のメンツのために、衛兵たちに網張らせて停戦監視してただけだ……引っかかったのはクロスボウ職人ギルドじゃあ無いみたいだがな」
殿下は顎で、捕縛された包囲者の1人を指した。衛兵に尋問されている。
「所属と、何故この襲撃を行ったか言え!」
「しょ、所属なんてありませんよ! 俺ァただの無宿者で……この襲撃をやった理由は……その……」
「キビキビ喋れ!」
「ヒィ、か、カネのためです! 大儲けしてる銃職人ども、その筆頭格ならたんまり溜め込んでるだろうなって!」
「クズが……。で、誰がこの大人数を組織したんだ?」
「いえ、誰に言われたとかではなく……のこのこやって来たら、皆いたというか……」
「何? 全員バラバラにやって来て、たまたま同時刻にこの人数が集まったというのか?」
「は、はい。午後6時に襲撃を仕掛ければ成功するような気がしまして……いや他の奴らの事は知りませんがね? ……そういや俺はなんでそんな事を思ったんだ? 強盗だってさァ、1人では成功するなんて思ってませんで。普段なら絶対やりません! 悪魔が俺に何かを吹き込んだとしか……いや絶対そうに違いねえ! なあ衛兵さん頼むよ、こりゃあ悪魔の仕業です! 俺は……」
「信じられるか! ……貴様は牢獄で尋問する必要があるようだな。お前たちに指示を出した奴の名前を思い出しておけよ……」
……そんな会話をしていた。やっぱり洗脳されてたのだろう、行動が不可解過ぎる。
「……やっぱり化身の仕業ですよね」
「だろうなァ。衛兵どもには尋問はヌルくしておくように言っておく、どうせ何も出ないだろうしな」
フリーデさんは額に手をあて、「なんたる……」と膝から崩れ落ちた。まあ、自分の信仰している神が混沌を司る存在とはいえ、浮浪者――――教会にとっての保護対象――――を手先にした可能性が高いとあれば、ショックも大きいだろう。
殿下はそんなフリーデさんに声をかけた。
「……これが神の化身の仕業だとすれば、俺はその企みを阻止しちまったわけだが。俺は気にしない事にした。さっきクルトから話を聞いた後、色々考えたンだが……神が何をしていようと、俺は自分がやるべき事をやる、そう決めた」
「自分がやるべき事……?」
「結局の所、俺は領主だ。領内の平和の維持が仕事だ。停戦を守らせるのは俺のメンツのためだが、結局のところ貴族のメンツは何のためにある? ――――他の奴らに平和を守らせるためだ。"コイツとの合意を反故にしたらぶち殺される" ッて理解させ、合意を……法を守らせるためだ。それが結果的に無辜の民を守る事になる」
「……!」
「確かに神は恐ろしいし、聖典にゃ貴族の権威も権利についても書かれちゃいねェ。青い血の勝手な論理ではあるが……俺は、俺なりのやり方で平和を守ってるンだ。結果的にではあるがな。だがそれは間違った事か? 神に萎縮して城に引っ込んで、銃職人どもが
「……殿下。仮にこれが神罰だったとしても、同じ事が言えますか?」
「神罰ならもっとわかりやすくして欲しいが……まァ大枠じゃ変わらんよ、神が平和の維持を代行してくれるンじゃなけりゃ、神でも何でも俺の領内で平和を乱す行為は許さん。俺のメンツに賭けてだ」
殿下はそう言い放った。これが領主の、貴族の覚悟か。僕に色々と厄介ごとを押し付けたりもするけど、この人が領主で良かったと思った。
……思えば、この一連の事件は色々と不徹底な所がある。例えば殿下を洗脳していれば、僕たちは抵抗する暇もなく始末されていただろう。あるいは教会の人でも良い、「これは神罰だ」と喧伝しながら攻撃されていたら、より厄介な事になっていたはずだ。だが、それらは実行されていない。
ヴィルヘルムさんから伝え聞いたところによれば、ナイアーラトテップは弱体化した本体と、無数のさらに弱体な化身に分裂し、互いに矛盾する行動を取っているという。……化身同士の争いの結果、こういう手段しか取れなかったのか?
あるいは、洗脳能力には限界がある――――例えば「本人が絶対にしない行動は強制出来ない」――――とか。これならいくら殿下を洗脳しても平和を乱す行為はさせられないだろう。教会を洗脳しようにも、倫理観に反する事はやはり出来ないはずだ。
真相はわからないが、少しだけ光が見えてきた気がする。化身が取れる手段が限られているとすれば、やりようはある。そしてフリーデさんも立ち上がった。
「……私がすべき事は。牧師として、信仰を守る事。無辜の民を守る事」
「うむ。……それで? 神罰で信仰が揺らぐとしたら、無辜の民が傷つけられるとしたら。お前はどうするンだ?」
「それを"試練" と解釈し、抵抗します」
「大変結構。ま、答え合わせは死んでからすりゃァ良いしな」
「はい。とりあえず暴力して、死んでから考えれば良いのですね。思えば戦闘牧師の基本でした」
「そう……そうか? ……いや、そういう事だと思わなくもない、うん。んじゃ俺帰るわ」
殿下はそそくさと馬首を巡らせたが、残される僕たちは不安しかない。
「ちょっと、この解釈のまま放置して良いんですか!?」
「戦闘牧師の事はわからん、後は任せた」
「めっちゃ領内の平和乱しそうですが!?」
「頭おかしいとは思うが、戦闘牧師はどういうワケか今まで結果的に平和の維持に役立ってるンだよ! だからこれからもきっと大丈夫だ! じゃあな!!」
絶対面倒くさくなって、お関わり合いになりたくないから逃げただけでしょ! 馬を駆る殿下の背中に呪詛を送ろうかと思ったが、フリーデさんがやや良い方向に考えを改めたのは事実なのでそれはやめておいた。……面倒だけど、彼女の手綱は僕たちで握るしかない。
「……とりあえず、工房の中に入ろっか」
「そうね……」
どっと疲れた僕とイリスは頷き合い、工房へと歩みを進めた。包囲者たちはすっかり衛兵に連行されていったので、通りは静けさを取り戻していた。一先ず今夜は乗り切ったと考えて良いのかな……。
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