第186話「抗争と干渉 その6」

 ヒースの工房に戻ってみると、殿下の元での一時和解は既に成立したようで、クロスボウ職人ギルドも銃職人も睨み合いながらも流れ解散となっていた。僕は関係者――――【鍋と炎】、エンリコさん、それに殿下を呼び止め、エンリコさんの工房に集まってもらった。教授は茫然自失といった感じで、広間の隅でうずくまっている。イリスのひいお婆さんが腰布をあげたので全裸ではない。


「何が起こっているのか、説明しますね」


 僕は、今自分たちがナイアーラトテップの化身に干渉されている事。僕と教授だけが化身を認識出来ている事。化身は洗脳能力を持っている事。こちらからの攻撃は瞬間移動で避けられる事などを話した。


 全員が「なんてこったい」と頭を抱えたが、その反応はそれぞれ異なる。殿下とエンリコさんはこうだ。


「なンでだ? 俺は銃職人ギルド作るために参事会にちょっかいかけただけなのに、なんで神に反撃受けにゃならんのだ??」

「クルトくんの個人武力と殿下の武力で守られてると思っていたが、神からの攻撃はどう身を守れば良いんだ??」


 人間同士で政争やってたつもりが、神が絡んできました。迷惑極まりない話だ――――というのがこの2人の反応。


 フリーデさんはこうだ。


「疑って申し訳ありませんでした、本当にあの場に神がおわしたのですね。……私に見えなかったのは、信心不足でしょうか……なんたる不覚……いや、私ごときが接触するのはあまりにも畏れ多いので、一周回って善行を積んだ可能性……」


 推しと話すまたとないチャンスを逃したファンガールみたいな反応。


「だが結局、ナイアーラトテップ様が干渉してきた理由は何なンだ? レイモンド教授にも関わってくるンだろうが」

「ああ、それは……」



『レイモンド、君は悪い奴だよ。僕の敬虔な信徒でありながらさぁ、なんて。それはダメだってちゃんと聖典に書かせたのにさぁ。その上、独我論にまで達しちゃってさ。アレは一番ダメだよ。あと150年は見つからないと思ってたのにさ』


 化身はそう言っていた。話の流れから察するに、教授の「神の実在を証明する事によって、人々の信仰を繋ぎ止めよう」という考えに端を発し、僕の協力で見つけてしまった「我思う、故に我あり」の概念。それが気に入らなかったのだろうか――――そう説明しようとしたのだが、教授に止められた。


「やめたまえ。主はその概念が広まる事を良しとしていない。誰にも話すべきではない」

「そんなに危険なんですか、あれは……?」

「懸念の1つではあった。だがその理由を説明する事すら、今や憚られる。これは我々が胸に抱き、墓まで持っていくべき概念なのだろう。……せっかく主は我々への興味を失ってくれたのだ、こちらから刺激する事はあるまいよ」


 まあ化身は『計画は失敗しちゃったし、すっかりやる気なくなっちゃったよ』とは言っていたが。


「じゃあ、黙っていればもう干渉してこないと?」

「恐らくは」

「……これ以上、何もすべきではないッてのは俺も賛成だ。神が何にお怒りなのかわかってるンなら尚更だ。触らぬ神に祟りなしッてな。つーわけで俺は帰る」


 そう言い残して殿下はそそくさと帰ってしまったが、その間際に僕に向かって目配せをした。そして教授も帰ろうとしている。


「では私もこれで失礼するよ。今日は世話になったな、クルトくん。くれぐれも例の件は内密にな。そうすればもはや主が干渉してくる事もあるまい、少なくともそう祈っておくべきだ」

「わかりました。でも教授……」


 僕は言葉に詰まり、ぐるりと目を回す。するとイリスがフォローしてくれた。


「教授。せっかくウチにいらしたんですし、ぜひこのまま夕食を食べていって下さい」

「申し出はありがたいが、あいにく今はそんな気分では……」


 イリスが目配せすると、少し困惑しつつもひいお婆さんも協力してくれた。


「客人をもてなさずに帰したとあればエルフの名折れじゃ、殿下はともかく教授殿、貴方を楽しませるくらいの料理は作れる。食べて行くが良い」

「それは……」

「良いから待っておれ、な!!」

「そこまで仰るなら……」


 なんとか教授を引き止めた。僕とイリスは頷き合い、ルルとヨハンさん、それにひいお婆さんを外に連れ出して短く話し合った。


「で、どういう訳じゃ?」

「もしかしたら、今夜また襲撃があるんじゃないかと」

「なるほど、それであの変態もまとめて護衛しようと」

「はい。そこで、申し訳ないんですけど……と仮定して、防御態勢を整えておいて頂けませんか? ルルとヨハンさんもお願いします」

「承知した」


 その後フリーデさんを呼んで、僕で家に向かった。道中、フリーデさんに尋ねる。


「フリーデさん、一点確認しておきたいのですが」

「はい」

「神が干渉して来たとして、自分や自分の家族、あるいは知り合いが標的にされたとします。この場合、抵抗する事は許されます?」

「……とても、難しい問題です。神の試練であると解釈すれば、抵抗し克服すべきでしょう。懲罰であると解釈すれば、甘んじて受け入れるべきでしょう」

「たとえそれで、誰かが死ぬ事になったとしても?」

「……はい。もしや、再度干渉があると踏んでいますか?」

「可能性はあると思っています」

「無いと信じたいところです……主が"興味を失った" と言い、実際あの場で退いたのですから。そしてあれは試練でも懲罰でもなく、単なる警告だった。私はそう解釈します」

「ふむ……」

「試練だとすれば、誰にも被害を出さずに乗り切ったのです。既に乗り越えたと考えても良いでしょう。懲罰だったとすれば、もっと破滅的な手段を取ると思うのです」


 破滅的な手段というのが恐ろしいが、今回は警告――――「我思う、故に我あり」を広めるべからずという――――と解釈し、既にそれは果たされたので、もう干渉してくる事はない。そう言いたいのだろう。


 フリーデさんは続けて疑問をぶつけてきた。


「ところで、何故我々だけで帰宅を?」

「ほら、不在の間に襲撃されたらしいじゃないですか。損害確認です」

「なるほど。……ではルルさんも一緒の方が良かったのでは?」

「彼女はほら、教授の歓待とかを任せたので」

「なるほど」


 そうこう言っているうちに、家に着いた。扉は破壊され、中はすっかり荒らされている。


「酷いなこりゃ……」


 借家とはいえマイホームを荒らされたのだ、クロスボウ職人ギルドと、それを操っていたナイアーラトテップへの怒りが湧いてくる。物に当たりたい気分だが、それをやっても意味もないしさらに家が荒れるだけだ。粛々と、無くなった物が無いか確認する。


 幸いにも、持ち去られた物は無かった。甲冑なども無事だ。


「あんまり時間かけたくないしギャンベゾンだけで良いな……」


 そう言いながら、ギャンベゾンを着込んだ。フリーデさんが訝しむ。


「何故防具を?」

「念の為です。クロスボウ職人ギルドが一時停戦を履行するとも限らないですし。いや次はクロスボウ職人ギルドじゃないかもしれないですが……」

「彼らが別の者を雇って襲撃を仕掛けてくると?」

「彼らというか、ナイアーラトテップが」

「……無いと信じたいのですが」


 フリーデさんはやや気分を害したようだ。まあ、気持ちはわかる。推しが悪い事するだなんて信じたくないし、そう信じている人が居るのは不快だろう。


「念の為ってやつですよ。僕だってもう干渉はないと信じたいです。警告は受け取りましたし、実際誰にも例のアレは漏らしてないんです。もう干渉すべき理由が無いんだから、しない……」

「はい」

「僕だって心の奥底ではそう信じ――――」


 その時、遠方で銃声が鳴った。エンリコさんの工房の方からだ。


「――――られるかーッ!! あのクソ意地悪な神が諦める訳ないんですよ!! 興味を失った? あの場で退いた? 全部こっちを油断させるための演技に決まってるんです!!」

「なっ……」

「疑うならその目で見れば良いんです、行きますよ!」


 ちょうどイリスも魔法装束に着替え終わって部屋から飛び出してきた。困惑するフリーデさんを引き連れ、3人で工房へと駆け出した。さあ、答え合わせの時間だ。

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