第182話「抗争と干渉 その2」

 イリスの実家――――エンリコさんの工房は、20人ほどの武装した男たちに包囲されていた。僕たちは見つからないように路地に隠れ、こっそりと様子を伺う。


 彼らは玄関の扉を挟んで口論している。


「エンリコ、フーゴは大人しく出てこい!」

「謂れのない殺人罪で捕縛されてたまるか! 裁判の日程教えろや、自分の足で向かってやらァ!」

「明日だ! だがそれまでの間に城に逃げ込む気だろうが!」


 ……やっぱり僕たちと同じようなやり取りをしていた。口論が続き、やがてクロスボウ職人側がしびれを切らしたのか扉を破壊しようと試み始めた。


「まずい……」


 救出に向かうか逡巡した瞬間、工房から銃声が響いた。そして扉を破壊しようとしていたクロスボウ職人の1人が、肩を押さえて地面に倒れ込んだ。扉の内側から、誰かが銃を撃ったのだ!


「や、野郎やりやがった……!」

「おう、銃弾の貫通力ナメんなよ……こっちは身に覚えのない容疑ふっかけられてゴキゲンなんだ。反撃に躊躇いはねェーぞ……」


 扉の内側からフーゴさんのドスの効いた声が響いてきた。だがクロスボウ職人側もめげずに、扉や窓の左右に立って包囲を継続する。


「おい、誰かハンマー持ってこい。柄の長いやつな」


 指揮官と思しき、一番立派な甲冑を着込んだ男がそう部下たちに命じた。扉の横からハンマーを叩き込んで、安全に扉を破壊する心づもりか。数人の男たちがハンマーを取りに行くために離脱する。


「若干人数減ったけど……」

「ダメね、それでも15人以上は居る。こっちは防具無いんだし、飛び込んでも自殺行為ね……」


 家に甲冑を取りに帰っても、手伝いありで着用しても10分はかかる。ギャンベゾンだけでも大分マシにはなるが、そもそもこちらの戦闘員は3人なのだ。市民兵相手だとしても、イリスの言う通り自殺行為にしか思えない。数の差というのは大きい。


 その時、急に背後から肩を叩かれた。驚いて振り向くと、そこにはヨハンさんとルルが居た。


「よお、大変な事になってるな」

「ええ、僕らも完全には把握出来て無いんですけど……」

「こっちもルルと街をぶらついててな、その帰りに家――――まあつまりはお前らの家だわな――――に送り届けようとしたは良いが、その家が包囲されてたんだ」

「マジですか……」

「こっちは街歩き用に平服だ、撃退はリスク高すぎるし、衛兵に問い合わせても"裁判の公示はされているので正当な逮捕権の行使です" の一点張りだ。仕方無いからお前らを探してたんだわ、合流して状況把握するためにな」

「なんかすみません、巻き込んでしまって」

「いやまあ、まだ巻き込まれちゃいないが。ルルは別として」

「あたしもまだそこまで巻き込まれてはいないですねー、お家包囲してた人たち、クルトさんとイリスさんの名前しか呼んでなかったので」


 ルルは捕縛対象ではないとすると、相手はあくまでエンリコさんの親族に限って逮捕しようとしているのか? そうなるとレイモンド教授が狙われた理由が尚更わからなくなるが……。


「ともあれ、お前らの家を襲撃してた奴らがこっちに合流したらマズいんじゃないか? 奴ら、損害が出ようとも押し入る感じだぜ」


 確かに僕らの家を襲撃していた連中がこちらに合流してきたら、エンリコさんたちの救出は尚更に絶望的になる。


 かといって、家に甲冑を取りに行く案も不可能になった手前、ここで襲撃をかけるのが自殺行為なのは変わらず。手詰まりだ。


「くっそ……殿下に援軍頼みに行くか……?」

「城まで行って、兵隊連れてくる間に工房が落ちるわ。冒険者ギルドに助力請うのも同じね」


 本当に手詰まりだ。ヨハンさんとルルを巻き込んだとしても、戦闘員は5人。しかもフリーデさんを除いて全員平服だ。それで15人以上を相手するのはやはり無理だ。


 悩んでいると、ヨハンさんが質問してきた。


「なあ、あいつら何であんなに自力逮捕に拘ってるんだ?」

「僕らが城に逃げ込むのが嫌みたいです」

「お前たちが城に逃げ込もうが、裁判はもう公示されてるんだ。奴らにしてみりゃ、お前らが城から裁判に出かけるか、自分たちで引っ立てて行くかの違いしか無い。それに最悪、不在裁判でも良いんだしな……ここまで拘る意味がわからん」

「ふむ……?」


 確かによく考えてみれば、ヨハンさんの言う通りだ。自力逮捕に拘り過ぎている気がする。何か意図があるはずだ。


 イリスは何か気づいたようで、顎に手を当てた。


「裁判が公示されているなら、クロスボウ職人ギルド長が殺されたのは事実。そこでギルドの名誉を賭けて、ギルド総出で……いえ、教授を襲った奴らは"我々クロスボウ職人ギルド及びそれに賛同する同志" とか言ってたわね、他勢力まで巻き込んで私たちを逮捕しようとしてる」

「うん」

「初動で犯人を捕まえられなくて助力を請うんならわかるけど、最初から協力体制敷いてるのは……政治的な意図があるはず」


 政治的な意図……? まあ僕らは殿下主導で銃職人ギルドを編成しようとしていて、それは市参事会で反対にあっているわけだけど。それに対抗して、殿下はブラウブルク市の隣に新都市を建てて、そこに銃職人を移住させるぞという脅しをかけている。


「……僕たちの、殿下との繋がり?」

「たぶん。逮捕が目的なんじゃないわ、逮捕は手段で、本当の目的は殿下への脅しなんじゃない? "おたくの郎党を捕縛出来ますよ" っていう」


 裁判が口実なら、自力逮捕は合法だ。殿下が怒ったとしても、この点については追求し辛いはずだ。


「……じゃあ、自力逮捕に拘る理由は。殿下に対する脅し……つまり人質にするため?」

「恐らく」


 だとすると、この事件はあまりにもタイミングが良すぎないか? そんな都合よく、殿下に脅しをかけたいタイミングでクロスボウ職人ギルド長が殺されたりするか? ……自作自演という線も出てきたが、今考えても仕方ない。


「人質目的なら、丁重に扱っては……くれないよね。僕を殺すの躊躇ってなかったもん」

「……やっぱりどこか突破口を作って、そこから脱出させるしかないかしら。後は城か冒険者ギルドまで撤退戦……」


 イリスはそう言うが、無謀だという事はわかっているのだろう。すぐに首を横に振った。しかしヨハンさんは口角を釣り上げた。


「向こうが人質取ろうってんなら、こっちも真似してやれば良いじゃないか」

「真似?」

「向こうの指揮官を人質に取れば良い。その上で交渉すれば良いんじゃないかね」


 ……確かに、人質を取れば交渉に乗ってくる可能性はある。それにこちらは向こうに気づかれていない、奇襲が可能だ。そして軽装ゆえに継続しての戦闘は危険過ぎるが、人質を取って戦闘を停止させてしまえば、その危険も回避出来る――――はずだ。


 相手の士気と判断次第になるが、今もっとも成功率が高そうな作戦はこれしかない。


「ならイリスが魔法で撹乱、僕とフリーデさんで指揮官をさらって、それで完結出来るか」

「水臭いな、俺たちも混ぜろ」

「そうですよー」


 ヨハンさんとルルはそう言ってくれるが。


「いや、巻き込むのは……」

「そこは"一杯奢る" の一言で頷いておけ。だろ? 3人より5人のほうが成功率も高いし、死ぬ可能性も低くなる」


 ……ヨハンさんを「仲間だから勝手に死ぬな」と散々殴ったのは僕たちだった。奇襲とはいえ危険で、死ぬ可能性がある作戦なのは間違いない。今の僕たちは「勝手に死にに行こうとしている」ように見えるのか。


 それは、筋が通らない。ヨハンさんは遠回しにそう言っているのだ。


「……ありがとうございます。着いてきてくれますか、ヨハンさん、ルル。終わったら一杯奢ります」

「勿論」

ですね、良いですとも!」


 僕たちは――――【鍋と炎】は頷き合い、仕掛けるタイミングを見極める事にした。

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