第181話「抗争と干渉 その1」

 翌日。早速レイモンド教授にメモを解読してもらおうと、僕とイリス、それにフリーデさんは大学に向かった。学長室に入ると、そこには顎に手を当て、悩んでいる様子の教授が居た。全裸で。


 もはや「変態だ」と叫ぶ事はしない。レイモンド教授が変態なのは全員が知っていて、誰も気にかけないからだ。しかし一般人の僕としては気になるものは気になる。


「……一応、一応お聞きしますけどね。教授、何で全裸なんですか?」

「我思う、故に我あり。これは自分の思考の実在を確信する概念だったね」

「はい」

「しかしそれ以外の物事については実在が疑わしいままだ」

「はい」

「という事は、私は自分が全裸だと錯覚しているだけで、実は服を着ている可能性も存在するという事だ」

「……3つ、言いたい事があります」

「聞こう」

「1つめ、昨日大発見だと言ってた事を、全裸を肯定するためなんかに使わないで頂きたい。2つめ、確かに実在する自分が観測したものは、そうでないものより確かである可能性が高いって言ったのは教授ですよね。特に衣服に関しては自分の観測を信じて下さい。


 ……3つめ。やっぱり貴方ただの変態なのでは??」


 どう考えても、全裸で居たいだけの変態でしょ。そうとしか思えない。


「なるほど、そこそこ論理的な物言いだが……論の組み立てと言い回しが洗練されていないな。本学に入学して弁論と修辞を学び給え」

「この流れで"はい" って言っちゃったら、変態に物言いするために大学入る感じになるでしょうが! ……くっそ、もう疲れて来たぞ……」


 昨日教授と神学・哲学について話し合ったのも大分疲れたが、こうして普通に(?)話すだけでも疲れるな! 精神力が切れる前に本題に入ろうと、メモを取り出そうとした瞬間。


「レイモンド教授は居るか!」


 突如、学長室の扉が蹴破られた。続いて5人の男たちが部屋に雪崩込んできて、教授を見てぎょっとして固まった。僕たちもあまりにも突然の事なので同様に固まってしまっている。両者が静止する事、数秒。沈黙を破り、お互いが同時に叫んだ。


「「「変態だーッ!?」」」

「「「暴漢だーッ!?」」」


 僕とイリス、フリーデさんは即座に武器を抜いて戦闘陣形を組むが、分が悪い。こちらはフリーデさんを除いて平服で、最低限の武装しかしていない。しかもイリスは室内では火事の危険性から魔法も使えない。対する相手はギャンベゾン程度だが防具を着込んでおり、数の上でも有利だ。


「一体何事か! ここは神聖な学び舎だぞ、そこで公然と武器を抜くとはどういう了見か!」


 教授は全裸でそう叫ぶが。


「神聖な学び舎で全裸になってる男が何を言うか!」


 相手に一喝されてしまった。まあ、それについては同意する。


「その全裸変態がレイモンド教授だな。それにそっちの3人はクルト、イリス、フリーデだな? これは好都合、手柄が増えた」


 リーダー格の男はせせら笑い、僕たちを包囲するように部下たちを展開させた。


「好都合……?」

「我々クロスボウ職人ギルド及びそれに賛同する同志は先程、銃職人とその郎党の逮捕を決議した。特にエンリコとクルトは優先目標だったが……まさか本命に当たるとはな」

「逮捕!? 何故!?」

「貴様らが我らのギルド長を殺したからだろうが!」

「はぁ!?」


 全く事態が飲み込めない。僕たちはクロスボウ職人ギルドとは仲が悪いが、庇護者である殿下が暗殺案を却下した以上、彼らを手にかけるような事はしないはずだ。少なくとも殿下やエンリコさんからそんな話を聞いた事はない。しかも、その容疑でレイモンド教授まで狙われるのは意味がわからない。


 それに、逮捕というなら衛兵の仕事では――――と思ったのだが、この世界の法体系を思い出した。犯人を逮捕して裁判の場に引っ立てるのは、原告の仕事なのだ。この話を聞いた時は「なんて野蛮な」と思い、そこで思考をやめてしまったが。実際運用するとなるとこうなるのではないか?


「……ちなみにお聞きしますけど、犯人がわかってて逮捕しに来てるんです?」

「わからん。だから疑わしきは全員逮捕するんだろうが!」

「そうなりますよね!!」


 そう、こういう事になるのだ! 現代的な科学捜査なんてありはしないから、とりあえず怪しそうな奴を全員ひっ捕らえて、裁判の場で身の潔白を証明させる。そういう事になるのだ!


 そして裁判が開かれるまでの間、被疑者の身柄を抑えておくのも原告の仕事だ。その間、拷問などによる自白強要が無いとも限らない。「潔白なので大人しく逮捕されますよ、裁判の場で明らかにしましょうね」と素直に投降するのは危険だ。本当に最悪の法体系だな!


「イリス、こういう時に抵抗したら犯罪になる?」

「潔白なら正当防衛の範疇。ここは一先ず撃退して、自分で裁判の場に行けばね」

「おい! 無駄な抵抗は――――」


 相手側がざわつき始めたが、それを無視してフリーデさんが僕をちらと見た。


暴力やります?」

暴力はい暴力やりましょう


 その言葉を皮切りに、戦闘が始まった。


 僕はまず、ファルシオン(なた剣)を持っている男に突進した。鍋を外から内に振ってファルシオンの切っ先を反らし、さらにファルシオンの腹に鍋を当てたまま右肘を曲げた。そのままさらに突進すれば、自動的に肘打ちが相手の鳩尾にめり込む。


「がっ!?」


 相手はギャンベゾンを着込んでいたので気絶には至らないだろうが、追撃している余裕はない。横合いから木の棍棒を持った男が殴りかかってきたからだ。咄嗟に鍋を掲げてガード。力が拮抗し、相手の棍棒が上で、僕の鍋が下の形で静止する。


 フリーデさんとの戦闘訓練で学んだ事だが、こちらの武器術は「得物同士が触れ合ってから」発生する技が多い。当然、こういう状況で使える技もある。


「ほい」

「いでっ!?」


 僕は棍棒を左手で軽く押さえると、棍棒の下面を舐めるようにして鍋を滑らせ、棍棒を握る相手の右手を打ち据えた。彼は右手を押さえて後ずさった。追撃しようとするが――――


「後ろ!」

「ッ……」


 切迫したイリスの声で横に飛んだ。瞬間、僕の左肩スレスレを剣が通り抜けた。振り向けば、リーダー格の男が剣を振り下ろしていた。


「無駄な抵抗はやめろ! こっちはお前の死体を裁判に持っていっても良いんだぞ!」

「そっちこそ攻撃をやめろ、僕らは何もしてないんだ、自分の足で裁判に出る!」

「信じられるか、どうせ城に逃げ込んで立てこもる気だろうが! この場で引っ捕らえる!」


 なるほどね、領主と縁が深いとそういう風に見られるんだな! 根本的に暴力沙汰に巻き込まれづらくなるのが領主の威光という奴だが、いざ暴力沙汰になると逃すまいという心理が働くのか。


 一長一短だなと思いつつ状況を確認するが、中々に厳しい。フリーデさんはまだ戦闘中、イリスは火事の危険から魔法を控えていて戦力外、教授は全裸で戦力外。援護は期待出来ない。


 リーダー格の男は鉄の胸甲と兜を装備しており、鍋では分が悪い。さらにファルシオン男と棍棒男はまだダメージから復帰していないが、いずれ戦線に戻ってくるだろう。僕ひとりで、手早くリーダー格の男を倒さねばならない。


「神妙にお縄につけーッ!」

「くそ……ッ!」


 リーダー格の男は剣を振りかぶり、大きく踏み込んで来た。僕は鍋を掲げ、一先ず防御を試みるが――――


「んなーっ!?」


 突如、リーダー格の男がずっこけ、顔面から床に倒れ伏した。見れば、彼の足元には液体が広がっていた。どうやらあの液体に足を滑らせたらしい。


「エネルギー保存の法則を感じ給え」

「教授!」


 教授は、ワックスの入った樽を抱えていた。あれをぶちまけたのだ!


 変態に助けられるとは思わなかったが、これは実際最高の援護だ。僕はリーダー格の男の兜を掴んで首筋を露出させ、延髄に鍋の柄を叩き込んだ。気絶。


 ……その後は掃討戦だった。ダメージの抜けきらないファルシオン男と棍棒男を殴り倒し、フリーデさんも残る2人を無残な姿にした(生きてはいるようだが)。


「いや強いねぇ君たち」

「まあ冒険者ですので……ともあれ助かりました、教授」


 教授が全裸で感心していたが、僕もそれなりに驚いていた。今回の敵は恐らくクロスボウ職人ギルドの構成員、すなわち戦時には市民兵となる人たちだが、ここまで戦闘力に差が出ているとは。年数回の訓練しかしない市民兵と、日々実戦に身を置く冒険者の違いか。僕がフリーデさんから訓練受けてるのも大きいのだろうが。


「感心してる場合じゃないわ、一旦私の実家に行きましょう。こいつらお爺ちゃんも優先目標って言ってたわ」

「……まずいね。行こう」


 教授1人のために5人も送り込んで来たのだ、エンリコさんたちはもっと大勢に襲われているかもしれない。どういう理由で教授まで狙われたのか知りたい所だったが、尋問している時間は無さそうだ。僕たちは工房通りへと向かった。


 なお、教授の身も危険なので一緒に連れて行く事にしたのだが――――服を着る時間すら惜しんで全裸のまま連れてきた結果、巡回中の衛兵に見咎められ、逮捕された。


「変態め、神妙にお縄につけ!」

「どうやら私はここまでのようだ、クルトくん……」

「教授ーッ!」


 僕たちも衛兵に事情聴取されそうになったが、銀貨を握らせると引き下がってくれた。……本当にこの国の法体系、どうにかした方が良いと思う。


「まあ、衛兵に捕まってるぶんにはある意味安全でしょ……」

「そうだね……」


 僕とイリスは頷き合い、ラオコーンのようなポーズで衛兵に引きずられていくレイモンド教授を無視して、イリスの実家へと向かった。

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