第183話「抗争と干渉 その3」

 襲撃のタイミングを見計らう事、数分。ハンマーを取りに行っていた男たちが戻ってきた。ついに工房の扉を破壊する準備が整った――――と同時に、最高の襲撃チャンスが訪れたのだ。


 クロスボウ職人ギルドの郎党たちは、扉の横でハンマーを構えた男たちと、その背後で突入する男たち、そしてそれを監督するために少し離れたところに位置する指揮班に別れた。全員が扉に注目しており、指揮官――――全身プレートアーマーだ――――とその取り巻き2人から注意が逸れている。


「今」


 イリスの合図で、僕たちは襲撃を開始した。無言で路地から飛び出し、駆ける。革靴が地面を叩く音が響くが、敵指揮官とその取り巻きは装備が整っているのが災いした――――兜によって音が遮られている。彼らが気づいて振り向いた頃には、僕たちは既に肉薄していた。


「暴力!」

「グワーッ!?」

「暴力ー」

「グワーッ!?」


 フリーデさんとルルがそれぞれ取り巻きを背後からメイスと槍の石突で殴り倒し、同時に突入準備中だった連中の周囲にファイアボールが炸裂し、視界を遮った。


「な、何事か――――」

「動かないで」


 うろたえる指揮官の頭に、僕は拳銃を突きつけた。彼は剣を抜こうとした姿勢で硬直する。


「ゆっくりと両手を上に上げて下さい。こっちは急に謂れのない容疑ふっかけられて怒ってるんです、引き金は軽いですよ……」

「く、くそ……」


 彼は大人しく両手を上げた。案外素直だ――――というか、士気が低い気がする。そもそも突入作戦なら指揮官先頭で行うべきなはずなのに、彼は少し離れた所で監督に甘んじていたわけだし。


「クルトだ!」

「囲め囲め!」


 あっさり降伏した指揮官とは逆に、混乱から立ち直ったクロスボウ職人ギルドの郎党たちは突入をやめて僕たちを包囲しようとしてきた。クロスボウを持っている者も居る、それをこちらに向けて来るが――――


「よっと」

「ぎゃっ!?」


 ヨハンさんが立て続けに投げナイフを放ち、クロスボウの弦を切断した。その業前も驚くべき事だが、クロスボウを持っていた人たちの末路にも驚愕した。


 クロスボウは100kgを超えるドローウェイト(弓力)を持つものも多い。つまり射撃準備状態だと100kg超のテンションが弦にかかっているわけで、それが弦の切断で一気に解放された結果、物凄い威力で弦が暴れまわる事になる。


 弦に叩かれたクロスボウ本体が破壊されたり、手に当たった者は手がひしゃげたりしている。回復魔法でも中々治らないんじゃないかな、あれ。予想外の損害に、ヨハンさんも若干顔を引きつらせていた。


「寄らないで下さい! この人がどうなっても良いんですか!」


 クロスボウを持った人たちを無力化したとはいえ、まだ近接武器を持った人たちの士気は衰えていない。人質が居る手前ややためらっているようだが、10人ほどが僕たちを包囲しようと展開を継続する。


「まずい……」

「もっと荒々しく脅迫しなさい、敬語で脅迫する奴があるか!」


 そうイリスに叱られてしまった。言ってることはわかるんだけど、こういうヤクザめいたの好きじゃないんだよな……。しかし「人質を撃つ事はないのでは?」と思われたら攻撃される。やるしかない。意を決し、精一杯悪そうに振る舞う。


「それ以上近づくんじゃねぇ!! コイツの命がどうなっても良いのかァ!?」

「もっと!」


 イリスに叱られた。さらに悪そうに振る舞う。


「俺が引き金を引くんじゃないぜ、お前らの1歩がこの引き金に繋がってると思え! それ以上近づいたら、お前らがコイツの頭吹っ飛ばす事になるんだぜ! 俺は悪くねえ!!」

「もう一声!」

「お前ら銃で人の頭撃った事あるか? 俺はあるぜ、ザクロみたいに弾けるんだよォ……きっと兜の中はグチャグチャになるだろうなァ……死体検分が楽しみだぜーッ!」


 銃口をぐりぐりと指揮官の兜に押し付けながら、そう叫んだ。相手の様子を伺うが……


「なんて野郎だ……! やはりクルトはクズ……」

「あのクソ野郎ならやりかねないぞ」


 ……ああうん、久々にこの身体の悪評が役立った気がするな。彼らは青褪めてたじろぎ、足を止めた。人質に取られた指揮官の方もすっかり怯え、包囲をやめるよう叫んだ。


「ぜ、全員武器を置け! かけがえのない私が死んでしまう!」


 かけがえのない私って何だよと思うが、彼の装備は全身プレートアーマーだ。貴族なのかもしれない。


「おら言う通りにしろォ! こいつの血の色が赤なのか青なのか、この場で確かめてやろうか!?」


 そう追撃すると郎党たちは渋々といった感じで、地面に武器を置いた。一先ず作戦の第一段階は成功だ。ここからは交渉の時間だ。


「全員包囲を解いて家に帰れ! 明日俺たちは自分の足で裁判に行く。それまでは手出し無用……ちょっとでも妙な真似してみろ……コイツの頭が弾けるぞ」


 クロスボウ職人ギルドの郎党たちは、苦虫を噛み潰したような顔でじりじりと下がり始めた――――そこに、10人ほど新手が現れた。僕たちの家を襲撃していた連中だろう。


「これは一体何事か!?」

「ノイドルフ卿が人質に取られました」

「何たる……これでは手出し出来んではないか……」


 人質に取った指揮官はノイドルフ卿(フォン・ノイドルフ)というのか。貴族名なので、クロスボウ職人ギルドに加担した都市貴族で確定して良さそうだ。つまり外部勢力なわけで、士気の低さにも頷ける。


 相手も貴族を死なせたらコトだろう、このまま退いてくれると思ったのだが……


「うむ? ……そうかな、そうかもしれん……よし構わん、ここで誰か1人でも人質に取らねば目的が達成出来ない。ノイドルフ卿には悪いが、犠牲になってもらおう」


 合流部隊の指揮官は態度を一変させた。


「ん、んん!?」


 誰かに何事か吹き込まれた感じだったが、会話の相手が見えなかった。奇妙に思うのも束の間、相手方は再度包囲を試みてきた。人質作戦、失敗だ。


「まずい」

「工房の中に撤退!」


 イリスがそう判断し、僕たちは工房に向けてじりじりと後退を始めた。しかし相手は今にも突撃してきそうな様子。絶体絶命だ。


 その時、複数の足音がばたばたと響いてきた。


「双方、そこまで! 俺のお膝元で動乱起こすとは良い度胸してやがるな!」


 それは、近衛と衛兵を引き連れた殿下だった。騒ぎを聞きつけて助けに来てくれたのか!


 衛兵と近衛を足せば数の利も装備の質の差もひっくり返る。流石に敵わぬと悟ったのか、クロスボウ職人ギルドは包囲を解いた。ただし、殿下を憎悪の目で睨みながらだ。


「……よし。さて双方、武力で無理やり退かされるのは不本意だろう? 裁判が公示されているのは承知の上だが、今この場で両者が示談すべきと考える。如何かね?」


 殿下はそう言った。確かに、相手の敵意は衰えていない。この場を解散させても、明日までに――――夜間に襲撃を仕掛けてきてもおかしくはない。こちらとしてはこの場で会談し、示談に至らなくともこちらにふっかけられた容疑が冤罪である事を公にしておきたい。そうしておけば、相手の大義名分を潰せるからだ。


「こちらは応じる用意があります」

「この場で領主の仲裁を受ける事は、市の裁判権の否定に等しい! 到底受けられな……うん? ふむ……いや、そうか。受けましょう」


 ……やっぱり奇妙だ、また相手方の態度が一変した。殿下も片眉を釣り上げているが、会談に応じるというのなら文句はない。そう判断したのか、双方に武器を納めるように指示した。


 こうして工房通りのど真ん中で、クロスボウ職人ギルドと銃職人による会談が始まった。

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