第176話「新都市計画 その1」
新年度。街が年末年始の休暇から目覚め出した頃、僕たちも動き出した。と言っても冒険者ギルドの方は開店休業状態だ。なんでも、冬の始め頃というのはクエストが減るらしい。というのも年末年始は皆帰郷しており――――それは各地の小領主も同じだ――――在地の防衛戦力が事足りているので、小規模なモンスターの群れなら自分たちで処理してしまうからとの事だ。
クエストが増えてくるのは、冬の終わり頃。厳冬の季節、野外の食料が減った時に、モンスターは大規模な襲撃を仕掛けてくる事があるらしい。なんとも恐ろしい話だが、それまで冒険者は暇になってしまう。
「冒険者ギルドの皆がクリーゼメッセで副業やってたの、これが理由か……」
「そういう事だろうな。まあブラウブルク市の冒険者は基本給が出るぶんマシだろうがね、在野の冒険者はこの季節は山賊業に勤しんでいる事だろうよ」
「うへぇ……」
僕は今、エンリコさんと一緒に城に向かっている。今後の銃生産についてゲッツ殿下と協議するためだ。
「ところでクルトくん、痩せたか?」
「そうですかね。そうかも……」
「来月は結婚式なんだ、適度に肥えておけよ。花婿がげっそりしていたのでは格好が付かん」
僕がげっそりしている理由はおたくの孫娘のせいなんですけどね!! 年末年始毎日絞られたら誰だって痩せるよ!!――――そんな事は言えるわけが無いので、曖昧に頷いておいた。
謁見の順番を待ち、やがてゲッツ殿下の前に通された。……殿下はひどくやつれていた。
「今年も宜しくお願いします。……痩せました?」
「年始早々、各地の貴族やら商人やらの"新年のご挨拶" を聞かされてたら、誰でもこうなるんじゃないかね」
「それはお疲れ様です」
「んで、要件は? 挨拶だけならもう帰っていいぞ」
「いえ、今後の銃の生産について協議したくて来ました」
「そういう事か。おーい、カエサルとハーゲン卿、それにゼニマール卿を呼んでくれ」
殿下がカエサルさん、尚書大臣ハーゲン卿、財務大臣ゼニマール卿を呼んだ。……あれ、思ったよりオオゴトだなこれは。呼んだ3人が揃うと、殿下が話し始めた。
「今のところ銃は拳銃が飛ぶように売れているが、まァこれを使うのは貴族や騎兵だけだ。いずれ需要が満たされたら、今度は歩兵用の長銃を売らにゃならん。ここまでは良いな?」
「はい。でも殿下の要望としては、拳銃の需要が満たされる前に長銃も生産して欲しいんですよね?」
「そうだ。他国に先んじて歩兵への銃配備も始めたい」
「しかし現在、僕たちの生産能力は飽和状態です」
「うむ。そこが問題だ」
今現在、銃を生産している工房は8件ほどだ。しかし各国から貴族などが拳銃を買い求めに来るため、生産が追いついていない。
「これについては、インデアブルックでも拳銃の生産が始まれば需要過多は解消されるとは思いますが」
「それも問題だな。奴らにシェアを取られるのは旨くない」
「……この目で見てきましたけど、インデアブルックは根っからの工業都市ですよ。正直、まともに生産競争やって勝てるとは思えないんですけど」
「まァそりゃそうだ、だが……」
殿下はゼニマール卿に話を促した。彼は商売のプロだ。何か知見があるのだろう。
「幸いな事に、ブラウブルク市はインデアブルック市から遠いという利点があります。ノルデン周辺の貴族なら、インデアブルックに銃を買いに行くよりは、ブラウブルクを選ぶでしょう。要は地域覇権を取れば良いのですな」
「なるほど」
潤沢に替え馬を用意した馬車でも片道10日の距離があるのだ、旅費だけでも銃の値段に匹敵する。それを考えれば、地域の貴族もわざわざインデアブルックまでは行かないだろう。
「ただし、質と価格についてインデアブルック製に近づける必要があります。あまりにもブラウブルク製が質が劣っていたり、価格が高すぎたら、皆インデアブルックに買い付けに行くでしょうな。実はこれについて問題がありましてな」
ゼニマール卿は部下に何かを持ってこさせた。……それは、粗悪な長銃だった。
「なんですかこれ」
「領内のとある村で生産された銃です。インデアブルック製の長銃を買った領主騎士が、自分が治める村の鍛冶屋に模倣させたものですな」
「どう思います、これ?」
エンリコさんに尋ねると、彼はその銃を手に取って検分した。
「……まあ、見た目通りに粗悪だな。技術的に銃身を薄く出来なかったのだろう、非常に肉厚だ。つまりはアホみたいに重い」
僕もその粗悪銃を持ってみたのだが、確かに驚くほど重かった。7kgから10kgはあるんじゃないか? しかも着火機構は殿下にダメ出しを食らった火縄式だ。
「銃身を薄く作るには、金槌で鉄板をムラなく叩いていく必要がある。どこか一点でも力を入れすぎて薄くしてしまえば、あるいは金槌が垂直に当たっていなければ、そこが脆弱になり」
「暴発する、と」
「恐らくはな。実際これだけ厚みを持たせたのだ、下手くそな村鍛冶なりに工夫して、何度か暴発した末の苦肉の策なんじゃないかね」
それはつまり、真剣に銃の生産を試みた領主が居るという事だ。しかも村レベルで。そして粗悪ではあるが、一応は成功してしまっている。
「でもこれ、売れますかね。これだけ重いと使い物にならないんじゃ?」
そう殿下に聞いてみたのだが、彼は首を横に振った。
「例えば城壁に銃身を置いたり、置き盾に立てかけたりすれば重量の問題は解決できちまうンだ。つまりはある程度、工夫でどうにかなっちまう。んで、最大の問題を教えてやれ、ゼニマール卿」
「はい。これの価格ですが、正規価格で銀貨25枚だそうです」
「やっす!」
スナップハーン式は機構が複雑な事もあり、原価の段階で金貨1枚(つまり銀貨48枚)を超えてしまうのだ。倍近い価格差がある。
「まァこれは、村鍛冶レベルまで品質を引き下げた例だ。だが火縄銃でなら、ここまで価格が下がるって例でもある。……各地の領主はこう考えるだろうな、"確かにスナップハーン式の方が優れてはいるが、同じ値段で2丁の火縄銃を買った方が良いのでは?" ってな。この考えは一定程度正しいと俺は思う」
「マジですか……じゃあこちらも値段を下げる必要がある、と」
「そうだ」
「まあ、マージンを下げたりは出来ますけど。それ以上となると……エンリコさん、どう思います?」
「あとは弟子や職人の大量雇用による流れ作業化しかないな。しかしそうなると、今現在我々がやっているようなクロスボウ職人ギルドの範疇では難しい」
エンリコさんがこう言うのは、ギルドというシステムが原因だ。ギルドでは大抵、「1人の親方が雇って良いのは職人が○人まで、弟子が○人まで」と決まっているからだ。クロスボウ職人ギルドでは職人1人、弟子2人までだ。
ちなみにエンリコさんはクロスボウ職人ギルド内では「特任親方」という地位に就いている。長年の知見を買われて、アドバイザーとして所属しているという事だ。なので彼はイレギュラーとして、親方のフーゴさん、職人のイーヴォさん、それに最近雇った弟子2人。これがフーゴさんの工房の雇用限界だ。
「故にクロスボウ職人ギルドから分離独立する形で、銃職人ギルドの設立をお願いしていたのですが。それが成れば我々で自由に雇用限界を決められますので」
「うむ、それについてなんだが……ブラウブルク市参事会への根回しが全く上手く行ってない。案の定というか何というか、クロスボウ職人ギルドを中心に反発がデカい」
「……中心に、とは。具体的には?」
「商工業系ギルド全部だよ! 奴ら現状変更を全く望んじゃいねェ!」
そう言って殿下は頭を抱えた。そんなに反発されてるのか……。
「というかそこまで反発される理由がわからないんですけど」
「クルトくん、ギルドっていうのはな、無益な値下げ競争で共食いになるのを防ぐために価格統制したり、さっき言ったように雇用数を制限して自分の師弟が確実に就職出来るようにしたりと、雇用を守るって側面が強いんだ。……だがそれも年月が経つと、"自分たちの雇用を守るために、イレギュラーは排除しよう" という考えに陥る」
「あー……。つまり彼らはそもそも、銃の販売で僕らが儲けているこの現状自体が気に入らなかったりします?」
既に「武器の販売」という面ではクロスボウ職人ギルドと需要を食い合ってる……というかこちらが一方的に食ってる状態だし。
「その通りだ。そして他のギルドにしても、どこかが大儲けしてパワーバランスが変わる事を望んでいない。そういう事ですな、殿下?」
「うむ。メシの種と権力、両方脅かされてるンだからな、そう簡単には意見曲げちゃくれねェよ。実際いくらカネ積んでも、特権授与をチラつかせても曲がらなかった」
「なんてこったい……」
僕もとうとう頭を抱えた。それはもう、どうしようも無いのでは? ――――しかし殿下は、ハーゲン卿と頷き合って口角を釣り上げた。
「なので絡手を使う」
「絡手?」
「ああ。ブラウブルク市参事会が抱き込めねェなら、いっそ新しく市参事会を作っちまえば良いんじゃねェかな」
「……はい?」
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