第175話「冬至の祭典 その2」


 一芸ある者はその技能で副業をやる、というのは本当だった。街の至る所で冒険者が大道芸やら催し物をやっている姿に遭遇した。


 剣士集団【サイネリア】の剣術教室、魔法使いたちの魔法曲芸、マルティナさんの拳闘大会などなど。


「いや拳闘は大丈夫なの?」

「さぁ……?」


 案の定、衛兵がすっ飛んできてマルティナさんに詰め寄った。


「私闘は禁止です!!」

「これは名誉や金銭を賭けて戦われる私闘ではなく、純粋に格闘技術を見せあい、高め合う場です。よって合法です」

「……まあ、そういう事でしたら」

「ご理解頂きありがとうございます。……さぁ我こそはと思う男は挑んでこんかい!! 股ぐらの間にぶら下げてるブツの名誉に賭けてかかってこい!!」

「名誉賭けてるじゃねぇか禁止だ禁止!!」


 マルティナさんは衛兵に連行されていった。……見なかった事にしよう。


 その後も僕たちは出店を巡り、お酒や食べ物を買って楽しんだ。「今日で世界が滅ぶから」という想定なので、あらゆるお酒や食べ物が売り出され、市民たちも財布の紐を緩めている。それにアクセサリーなども「終末特価!」と銘打って値引きされて売られている。


「そういえば、僕の世界だと12月25日に親しい人とプレゼント交換する習慣があるんだけど。やってみない?」


 学校のクラスでプレゼント交換をやった事を思い出す。あれは何を持っていくか、何を引き当てるかでドキドキして楽しかったな。イリスが何を用意するのか楽しみなので、提案してみたのだが。


「へえ、面白そうね。……ふむ」


 イリスは少し考えた後。


「そういえば私たち、まだ婚約指輪の類を用意してなかったわね。それにかこつけて、ここで用意しちゃう?」

「そういえばそうだったね……っていうかそういう風習がこっちにもあるんだね」

「ええ。お互いの財産を交換する、つまりは財産を共有して夫婦になるって意味でやるんだけど、ある程度価値のある物なら指輪じゃなくても良いわ。……私みたいな魔法使いだと、魔法の邪魔になるから指輪じゃない方が都合が良いわね」

「なるほど。じゃあ何が良い?」

「日用ナイフなんてどう? お互いが贈りあったナイフを身につけておくの、ロマンチックじゃない?」


 確かに日用ナイフは肌身離さず持ち歩くものだし、食事にも使うので毎日必ず目に入る。そのたびに自分たちが夫婦だと思い出す事になるわけか。……刃物というのがそこはかとなく物騒ではあるが、イリスは金属製アクセサリーを着けられない手前、確かにこれがベストな選択な気がする。


「うん、良いと思う。早速注文しに行こうか」

「なら刀剣鍛冶の所に行きましょ」


 2人で工房通りまでやってくると、意外にもここもかなり賑わっていた。


「さぁさぁ今夜は来世に復活出来ない不信心者どもが強盗に来るかもしれないよ! 武器を買って備えよう!!」

「甲冑で身を守ろう!!」


 中々に酷い売り文句だが、そこそこ売れているのだから恐ろしい。まあノルデンは現在平和だ、武器甲冑の類は売れ行きが悪いので在庫放出セールめいて値下げしているのが大きいのだろう。


 刀剣鍛冶の工房までやって来ると、イリスと僕で別々に注文を行うことになった。オーダーメイドで作るので形状や装飾は自由に選べるのだが、どういう物を注文したかは実際に出来上がり、交換してからのお楽しみにしようという事になったのだ。


 ただ、イリスからは1点だけ注文があった。


「私のは青銅製にしてくれる?」

「別に良いけど、なんで?」

「青銅は魔法使いの証なのよ。ほら、私の杖の石突も青銅でしょ?」


 確かにイリスの杖の石突は青銅の刃になっている。青銅は鉄より柔らかく、乱暴に使うと曲がってしまうと聞いた事がある。何故そんな不便な石突を使っているのか、何故青銅が魔法使いの証なのかイリスに聞いてみたが。


「それは結婚式の時に教えてあげる」


 とだけ言われた。気になるところだが、後々教えてくれるというのなら別に良いか。それは結婚式の時の楽しみに取っておく事にしよう。



 それぞれ相手に贈るナイフをオーダーし、その後は飲み歩き・食べ歩きを楽しんだ。日没とともに祭典も終わり、ここから市は年末年始休暇に入った。1月上旬まで殆どの商店や組織が休みになり、皆自宅で家族とのんびり過ごす期間になったのだ。


 僕たちは年始にイリスの実家に挨拶に行く事だけ決め、あとは自宅でのんびり過ごす。そういう事になったのだが。


「……僕の世界だと性の6時間って言うんだけどね」

「随分控えめなのね。私たちは6日間にしましょう」


 もう12月26日の夜中3時なのだが、案の定僕はイリスに絞られていた。


「31日までやったら死んじゃいます。というかもう無理です」

「良いこと、これはインデアブルックでトラウマを抱えたあんたの治療でもあるのよ」

「なるほどね――――詭弁だと思います。君がやりたいだけでしょ!?」

「そうだけど??」

「畜生、開き直った! っていうかもうフリーデさん起きてきちゃうから!」


 フリーデさんは宗教的な生活を送っているので、朝の4時には起きて祈祷を行っている。早い時には2時から始める事もある。前者であれば、あと1時間程度。そこまで逃げ切れば僕の勝ちだ。


 しかし、地下室――――フリーデさんの居室から、無慈悲な声が響いてきた。


「私の事はお気になさらず。嬌声に動じず瞑想するのもまた修行でしょう」


 なるほどね。昼間に僕たちと距離を置いて護衛する事を覚えたように、彼女の倫理観も日々進化しているのだ。おじゃま虫にならないよう、最大限配慮してくれている。


「……今だけは配慮しないで欲しかったですね!!」

「良いから腰の銃出せーッ!」

「ぬわーッ!?」


 危機のクリーゼミサメッセは僕にとっては腹上死の危機であった。

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