第177話「新都市計画 その2」

「ああ。ブラウブルク市参事会が抱き込めねェなら、いっそ新しく市参事会を作っちまえば良いんじゃねェかな」


 殿下はそう言った。それは、つまり――――


「現参事たちを暗殺して、息のかかった人間に置き換えると??」

「物騒だな! ンな事しねェし、今やったら俺たちがやったのモロバレだろうが!」

「そ、そうですよね……」


 つい最近暗殺されかかったせいか、真っ先に暗殺案が浮かんでしまった。そうだよね、冷静に考えてそんな後ろめたい事しないよね。だが表立って「新しく参事会を作る」となると――――


「じゃ、じゃあクーデターですか?」

「物騒だな、ちげェよ! つまりだ、新しく都市を作って、そこの新参事たちに銃職人ギルドの編成を認めさせれば良いってワケだ。つーか、銃職人ギルド長が新参事になっちまえば良いわな」

「つまり、ブラウブルク市の銃職人たちをまるまる新都市の住民にしてしまおうと?」

「そういう事だ」

「……都市ってすぐに建てられるものなんです? 建ててる間にインデアブルックの銃生産が軌道に乗っちゃうのでは?」

「当然、その通りだ。だからこれは交渉のタネだ。ハーゲン卿、説明してやってくれ」

「はい。現在、銃の生産はブラウブルク市にとって大きな財源になっています。原材料の輸入にかかる関税収入に、職人が所属しているギルドからの所得税の収入などなどですな。つまり新都市建設のためにこれらの人員を引っこ抜く事は、ブラウブルク市の財政にとって大きな痛手になります。要は"我々の要求を呑まないなら財源奪うぞ" という事ですな」

「武力使ってないだけで、割と物騒じゃないですか!」

「懐柔策が効かねンならこうするしかねェよ。それにな、これは空論ベースの虚仮威こけおどしと斬り捨てられねェ理由がある」


 殿下はそう言って、カエサルさんに話を促した。


「現在ブラウブルク市には街道建設に加えて、人口増加に備えて都市拡張計画がある。これを流用して、拡張予定地に新都市を建ててしまおうというのが今回の計画だ」


 そう言ってカエサルさんは地図を広げた。現在のブラウブルク市の城壁の周囲に、新たな街区を幾つも作っていくという計画図だ。カエサルさんはそうした街区の1つを指差した。現在のブラウブルク市西門のすぐ隣、中川が貫通する区画だ。


「ここを新都市にしてしまう。区割りから何から既に計画済みだからな、あとは資金と大工を投入すればすぐに実行可能だ」

「都市のすぐ隣に都市を!? そんなのアリなんですか!?」

「別に珍しくもねェよ。例えば市内に住めない連中が、城壁のすぐそばに掘っ建て小屋建てて作った集落が、規模が大きくなって都市化したり。あるいは増えすぎた都市人口をさばくために、そばに植民都市作ったりな。今回は後者が近いが」

「マジですか……」


 強引すぎやしないかと思ったが、そうではないのか……。


「どうせ都市拡張はいつかしなきゃならねンだ、時期を早めて今すぐ始めちまっても良い。そうすりゃブラウブルク市参事会からすりゃ、目と鼻の先でが移住する先が出来上がっていくのを見せつけられる事になるしな。これほど現実味のある脅迫もあるまいよ」

「結局、脅迫に行き着くんですね……確かに有効そうですけども。でもちょっと待って下さい、その場合、僕たちもその新都市に移住する事になるんですよね?」

「ブラウブルク市参事会が折れなかったら、そうなる」

「僕たち、市内に新工房買っちゃったんですけど。それにトーマスから接収したお屋敷も市内にあるんですけど」

「…………そういう悲劇も、ままある事だよな」

「保証は!?」

「前向きに検討する事について検討する」

「無いんですね!? あんまりでは!?」

「落ち着け、これは参事会が折れなかったらの話だ! ようは奴らがこちらの要求を呑めば、お前らは市内に住んだままギルドが編成出来るンだ。仮に呑まないにしても、実際に新都市に住めるようになるまでは時間がかかる。それまでお前らはブラウブルク市に住んでて問題ねンだよ。資産を売り払う時間は十分にある」

「な、なるほど……」


 そうは言われても正直、ブラウブルク市は内戦で命がけで守った"故郷"なわけで、すぐ隣とはいえ移住するのには物凄い抵抗感がある。お金の問題を除いても、積極的にこの計画に乗りたいとは思わないのだが。


「まァともあれ、次の参事会の会合で、これをヴィルヘルム経由で議題に載せるつもりだ。そこで反応を見て次の対策を決める。それまでお前たちがやる事は1つだけだ」

「……今まで通り銃の生産を続けろ、と」

「そういうこった。失うには惜しい財源だと思わせられるよう、ガンガン銃を生産してじゃんじゃんカネを使って経済を回せ。特に貧困層にまでカネが回れば、参事会だって無視するのが難しくなる」

「わ、わかりました……」


 会合はここで終わり、僕たちは市街に戻る事になった。道中、エンリコさんと話す。


「あの計画。正直僕は気乗りしないんですけど、エンリコさんはどう思います?」

「戦って居住権を獲得した君がそう思う気持ちは理解するが、わしは賛成だな。要は現在、我々は自分の商売に関する事を自分で決める権利を抑えつけられているわけだ。その権利を手に入れるためなら、多少の金銭的・感情的な損失は飲み込むべきと考える。権利に勝る物は無いよ」


 エンリコさんの目に怒りの色が浮かんでいたので少し驚く。


「……そんなに酷いんですか、クロスボウ職人ギルドの抑圧は?」

「ん? いや、そういうワケではない。むしろ彼らには同情するよ、ギルド規約の穴を突かれてわしらに権益をガンガン侵されてるんだしな。この点については、わしらが完全に悪い。決闘裁判になっても文句は言えないよ、まあ君が抑止力になってて誰も仕掛けてこないがね」


 僕が決闘裁判の抑止力? ――――フーゴさんとの決闘裁判が効いてるのか? 腕っぷしに自信のあるフーゴさんを殴り倒した上に、参審員として冒険者ギルドという武装勢力を呼び込めるんだもんね、僕。……想像以上にクロスボウ職人たちから恨まれてないかな、これ。権益侵害してる上に暴力でも排除しづらいとか、ヤクザじゃん。表立って言えないだけでめちゃくちゃ恨まれてるでしょ。


「ともあれ、わしが怒っているのは今この状況についてではない。過去の事を思い出していたのだ……こちらに移住する前、サリタリアに居た頃の事だ」

「今まで聞いた事なかったですけど、一体どんな事があったんです?」

「エルフの血を引いているというだけで多くの権利が認められない。職人としては親方になれないし、商人としては店舗を構えての商売が認められない。役人にはなれても参事になれないので政治参加は出来ない。礼拝参加も認められない」

「……ひどいですね」

「まあ、旧教地域はどこもそんな感じだ。それに比べて新教地域はその辺り比較的寛容だから良いよ、実際ハーフエルフのわしが特任親方なんぞになれた。……そして次が見えてきた」

「次?」

「銃職人ギルドだよ。年齢と経験、それに銃制作の発起人である君が血族に加わるという事を鑑みれば、わしが初代銃職人ギルド長になるのが自然だろう。そしてギルド長は参事になる資格がある」

「……それは」

「別に権力欲に取り憑かれたわけではないよ。ただ、あらゆる権利を迫害された我々が参事として参政権――――自分の事を自分で決める権利を得る。これはにとっての宿願だよ。これが無ければ、本当の意味で自由とは言えまい」

「いまいち理解が追いつかないんですけど……」

「ふむ。例えばだが、参事会が"市民クルトを市外追放とする" と決議したら、君は抗弁の余地なく追放されるが。これは自由と言えるかね?」


 ……なるほど、わかってきた。参事であれば――――参政権があれば――――その議決の場で抗弁する余地が生まれるんだ。それが無ければ、ただ一方的に追放されてしまう。


「権利ってそういう事なんですね……」

「まあ極端な例だがね。それに殿下が言っていたように、市民が何か言っても領主裁判権で貴族に潰されてしまうという、もっと大きな問題もある。あれも濫用すれば反乱を招くから殿下も慎重に準備しているわけだが」

「……繋がってきました。慎重に準備しなかった例が、アデーレなんですね?」

「そうだ。何の大義名分もなく冒険者ギルドを追放しようと――――つまり権利を剥奪しようとした結果、クーデターを招いたわけだ」


 あの内戦は、アデーレが冒険者ギルドの廃止――――つまりギルド構成員が持っていた市民権を剥奪しようとした事が発端だ。住み慣れてきた市から急に追い出されるハメになったわけで、僕たちが怒ってクーデターを起こすのはある意味当然と言える。――――が、これは極論すると物騒な話に行き着いてしまう。


「……やっぱり権利って暴力に担保されてるんですね?」

「そうだぞ。"権利奪ったらぶち殺すぞ" という脅しがなければ、次々に権利を奪われて奴隷一直線だ。……その点、決闘裁判というのは良いものだな」

「あの野蛮な制度のどこが……?」

「クロスボウ職人ギルドが法を無視して武力闘争を仕掛けて来たら、我々は数の差で負けるが、決闘裁判なら1対1だからな。つまり君が相手に1対1で勝ち続ける限り、いや勝ち続けると相手が思っている限り、君と我々の権利は担保され続けるのだ。最高の制度だろう!」

「僕の負担大きくないです!?」

「……まあ正直、すまないとは思ってる。イリスの持参金は弾むから、我々の暴力の旗印であってくれ」

「完全にヤクザの論理なんですよぉ……」


 嫁の実家に「ウチの娘と組のために暴力チラつかせといてくれや」って言われるの、斬新過ぎない?? 冒険者になった時点で堅気では無いにせよ、ここまでヤクザめいた事要求されるとは思わないじゃん。


 ともあれ仮にクロスボウ職人ギルドが現状を不服としてこちらに裁判を挑んできた場合、表に立って暴力を振るうのは僕だという衝撃の事実が判明してしまった。僕が負けたら銃の販売の先行きは見えなくなるし、それは即ちイリスの実家が路頭に迷う事を意味している。僕の収入=イリスとの結婚生活のため、そして彼女の実家のために勝ち続けねばならないのだ。


 帰宅してから早速、フリーデさんに戦闘訓練を頼んだ。しかも市民たちの目に写るよう、裁判が行われる広場でだ。


「1に暴力、2に暴力、3・4も暴力、5も暴力! 手前テメエが暴力という概念になったと思って殴らんかい!!」

「ウス!!」


 ――――結果、広場で丸太を棍棒で殴り続ける事になった。市民らがドン引きしているのが目に入るが、暴力研鑽してる姿を見せるのが目的なので、これで良いのだ。……良いのか?


「雑念入っとるぞ!!」

「すみません!!」

「頭が暴力に染まってないな! 次からは返事も暴力だ!!」

「ウス……暴力!!」

「ヨシ! 殴り続けんかい!」

「暴力!!」


 数分後、衛兵がすっ飛んできて怒られた。

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