第174話「冬至の祭典」
クリスマスに相当する祭典をイリスと一緒に過ごそうという旨を彼女に話すと、案の定「勿論」という言葉が返ってきた。
「普通は家族と過ごすもんだけど……まだ婚約状態とはいえ、私とあんたは家族同然でしょ。違う?」
「……そうだね。ありがとう」
イリスに心からそう受け入れられていると実感して嬉しくなる。家族と離れて見知らぬ土地に1人で転生した身としては、この上ない幸せだと思う。イリスが妻で、家族なんだ。
「一緒に実家に帰っても良いんだけどねー……お父さんが邪魔だから」
「それは、わかる。絶対邪魔してくるでしょ」
「そうそう」
「ところで、僕の居た世界にも12月25日を中心にした、クリスマスっていう祭典があったんだよね。文化は割と似てるようだし、同じようなものかなーと思ってたんだけど、こっちのはどういう祭典なの?」
「あら、名前も似てるのね。こっちのはクリーゼメッセって言うけど」
「……なんて?」
「だから、
英語にするならクライシス・マスになるだろうか。
「凄い、全然意味がわからない」
「ようはアツァトホート様が目覚めた時に世界が滅ぶから、次の世界で復活出来るように祈りましょうっていう祭典よ。それを冬至の時期……ひい婆ちゃん曰く、精霊信仰では太陽が死ぬとされる日にやるってだけ」
「世界とか太陽が滅ぶから危機なのね……」
「そういう事。で、クリーゼメッセ・
「楽しいのそれ?? しんみりしちゃわない??」
「敬虔な信徒にとってはどうせ復活出来るから関係ないし、しかも来世ではナイアーラトテップ様の中に蓄えられている故人も復活するし、"再会が楽しみだねー" みたいな雰囲気よ」
「……そうなんだー」
言ってる事はわかるが、危機って銘打った祭典でそういう雰囲気になるのがどういう感覚なのか、全く理解出来ない。
「まあ信徒じゃなかったり、後ろ暗い人生を歩んでる人にとっては滅びはそのまんま死だから、しんみりするかもだけど……そういう人たちは色々諦めて、"祭典でパーッと遊んで終わろう!" って振る舞うんじゃないかしらね。ともかくクリーゼメッセ本祭は賑やかよ」
「なるほどね……」
納得いくような、いかないような。ともあれ翌日がイヴだったのでイリスと一緒に過ごし、夜に絞られ―――――僕はげっそりした顔でクリーゼメッセ本祭に顔を出していた。
まず朝は、冒険者ギルドでマルティナさん主催の
「我々は冒険者です。必要とあらば戦争にも参陣し、実際に先の内戦では前線に立ちました。人を殺めた者も珍しくはないでしょう。その罪によって復活出来ないのではないかと悔いる者も居るかもしれません。……しかし思い返して下さい、あれは真の信仰を、そして我々の生活を守るための戦いであった事を。あのままアデーレ夫人が政権を獲っていたとしたら――――」
要約すると「血に汚れた我々だけど、善良な人々を守るためだったから罪じゃないと思うよ。ナイアーラトテップは混沌の神、つまり清濁併せのむ神だからそのへん理解してくれてると思うよ。だから今日は故人に思いを馳せ、ナイアーラトテップを信じて今世を謳歌して、来世に備えようね」という話だった。
"だと思う" のように推定であって断定口調ではないのは、新教と旧教の違いらしい。新教では「神の御心はそもそもはかれないので、聖典に書かれている以上の事は言えない」と考えるようだ。なので聖典の教えと自分の行動を照らし合わせ、常に自省を続ける必要がある――――そして牧師はその手助けをする役割だ。故にあのような口調になるのだろう。
礼拝が終わって街に繰り出しつつ、イリスと雑談する。
「なんというか、礼拝ってもっとスパッと"こう考えなさい!" って言われるもんだと思ってたよ」
「あんた、今まで礼拝全然聞いてなかったのね……。新教は"信徒1人1人が自分なりの信仰を見つける" のを目標にしてるから、そういう上から教えを押し付けるような事はしないのよ」
「なるほどね……自分なりの信仰、か」
ナイアーラトテップと決定的に敵対するとどうなるかという例を知ってしまった今、僕はナイアーラトテップとの付き合い方を考え直している。群体であるナイアーラトテップの、一部の個体が僕にちょっかいをかけてきているのはわかっている。正直、感情的にはぶち殺してやりたいが――――それが無理な場合、上手いこと付き合っていくしかないのだろう。それが"自分なりの信仰" だ。
「まあ、すぐに見つかるもんでも無いでしょ。考える時間はたっぷりあるんだし、今は祭典を楽しみましょ」
「……そうだね」
そう言われ街の様子を見てみようと周囲を見渡すと、ルルとヨハンさんがギルドの倉庫からせっせと古い樽やら何やらを運び出しているのが見えた。
「何してるんです?」
「ああ、大道芸の準備だよ」
「へ?」
困惑する僕をよそに、ヨハンさんは樽を積み上げると客寄せを始めた。
「さぁさぁ皆さん、冒険者ギルド随一の投げナイフ使いが危険な的あてを披露するぞ! ……ルル」
「きゃー、あたしどうなっちゃうんだろー」
ルルが棒読みでセリフを読み上げて通行人から失笑が漏れたが、彼女が前かがみになって豊満なバストの谷間を披露すると、あっという間に人だかりが出来てしまった。これだから豊満好きの連中は!
「えっ何、2人で大道芸やるの?? なんで!?」
「副業でしょ。何か一芸ある人はお祭りの時に出し物やって、小銭を稼いだりするのよ」
「そういうのアリなんだ……」
まあ僕も副業で銃売ってるが。ともあれ、ヨハンさんとルルの大道芸の内容はこうだった。積み上げた樽の前に立ったルルが様々なセクシーなポーズをとり、ヨハンさんがそれを避けて(ルルに当たるか当たらないかギリギリで)ナイフを投げて樽に当てていくというものだった。
僕たちはヨハンさんの技術は見慣れているから良いが、一般人からすれば相当にヒヤヒヤするものなのだろう。ナイフがルルの身体から数ミリの位置に刺さるたび、見物人たちから悲鳴があがっている。……そういった反応も慣れで薄くなってくると、ルルがとるポーズが段々際どくなってきて、悲鳴に代わって黄色い歓声が上がりだした。
「……ルルにこんな技能があったとは」
「いや、多分今この瞬間に目覚めてるんだと思うわ。ほら」
良く見てみれば、ルルの頬は紅潮していた。……スリルと歓声で気持ちよくなってるな??
「なんてこったい……」
「ヨハンさんは事故ってないのに、ルルが別の方向で事故ってるわねこれ……」
芸の締めはヨハンさんが木製ナイフをルルのバストの谷間に投げ入れるというもので、それが終わるとルルが見物人たちの間を練り歩き始めた。見物人たちはルルのバストの谷間に硬貨を突っ込み、またたく間に彼女のバストは大変な事になった。
「凄いですヨハンさん!! 胸が重いです!!」
「正直ここまでウケるとは思わなかった」
「それに身体が熱いです!!」
「正直そこまで興奮されるとは思わなかった」
「とりあえずこのお金でご飯食べに行きましょう!!」
「それは予測してた、んじゃ行くかぁ」
2人は連れ立って人混みの中に消えていった。なんとなくだが、普段より距離が近い気がする。
「なんだか良い雰囲気だね」
「インデアブルックでの一件がきっかけかしらね」
ヨハンさんが女性陣に暴力を振るわれる中、ルルだけは彼をバストに抱きとめた上で暴力振るってたもんなぁ。あれで距離が縮まったのだろうか。怪我の功名というか何というか……いや、ヨハンさんは辛い出自で暗殺者をやらざるをえず、ルルも賤業出身で、戦争で焼け出された経歴を持っている。出自で惹かれ合う部分は元からあったのかもしれない。
「……幸せになってくれると良いね」
「そうね。……もう1人もそうなると良いんだけど」
ちらと振り向けば、少し離れた場所からフリーデさんが僕たちを見ていた。彼女は何か勘違いしたのか、グッと親指を立ててきた。空気を読む事を覚えてくれたのか、彼女は僕とイリスを邪魔しないようにと離れた位置から護衛任務を遂行している。
「僕の護衛任務がある限り難しいんじゃ??」
「こういう時こそ神頼みよ。祈りましょう」
まあ、フリーデさんの今後は今すぐどうにか出来る問題ではない。今はそっと頭の中でお祈り申し上げて、祭典観光を続ける事にした。
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