第169話「ワゴンチェイス」

 回復魔法をかけて貰って復活したヨハンさんは、暗殺対策を話してくれた。


 曰く、2つの方法が想定される。1つめはごろつきを雇ってこの宿を直接襲撃する方法。2つ目は、帰路を狙って襲撃する方法。どちらの方が嫌かと言われれば前者の方だ。何せ僕たちは武器の殆どを検問に預けている状態なので、今この状態で本格的に交戦したくない。


 なので、まずは今夜の襲撃を防ぐ手を打つ事になった。その方法だが――――


「牧師様にお話を聞いてきました。この教会は主幹下水道と繋がっているそうです。ひと目に付かず出れそうな場所も教えて頂きました」

「よしよし」


 フリーデさんがそう言いながら戻ってきた。ヨハンさんの案は、下水道を利用して秘密裏に戦力を宿の外に出し、見張りや集結中のごろつきを始末するというものだった。


「……全員で出るのはダメなんです?」

「出ても良いが、開門まで外に居る事になるぜ」


 市壁の門は朝6時まで閉まったままだ。確かにその時間まで外で夜が明けるのを待つのは辛いし危険だ。


「まあ門番を買収すれば、城壁からロープなり何なりでこっそり外に降ろしてくれるかもしれんが……徒歩で移動するハメになる、馬で追われたらお終いだ」

「なるほど……」

「そういう訳だ、行ってくる。お前らは1人ずつ交代で寝ておけ、先は長いからな」

「お気をつけて」

「あいよ」


 ヨハンさんとフリーデさんが宿を出ていった。心配だが、信じる他ない。残った僕とイリス、それにルルは交代で寝ながら待つ事になった。「私たちはさっき寝たから」と2人に言われ、僕が最初に寝る事になった。……正直寝れるような気分ではないのだが、寝れなくとも身体を休めておこうと決め、ベッドに横たわった。



 ローブを纏ったヨハンとフリーデは教会の地下室から下水道へと降り立った。ローブは気休め程度の臭い避けだ。天井を見上げれば、上の方で蓋が閉じ、その上に重しが置かれる音がした。牧師にそのように頼んでおいたのだ。


「……侵入には使えないが脱出路としては使える、か。なあ、教会ってどこもこんな作りなのか?」

「古い教会や修道院なら、こういった脱出路を備えてる所はあります。さる貴顕の私生児だとかが修道士として放り込まれるような場所であったなら、特に」

「なるほどね……ん?」


 松明に火をつけたヨハンは目を凝らした。下水の中を、何か大きな物が流れてくるのが見える――――それは、死体だった。しかもその顔には見覚えがあった。


「……こりゃ、ツキが回ってきたかもしれんな」

「どういう事です?」

「こいつは仲介人だよ。どうやら、本当に裏切られたらしい」


 見れば、死体と一緒に書類なども流れてきている。


「指揮系統と、仲介人が持っていた情報は失われたと考えて良いかもな。つまりは今動いている暗殺者どもを始末すれば、それ以上の追撃は行われない……行えないはずだ」

「主の導きに感謝ですね」

「今日ばかりは祈ろうって気持ちになるね、全く。……さて、行くぞ」


 ヨハンとフリーデは下水道を駆け始めた。



 ハズレ嬢とのプレイでそれなりに体力を使っていたせいで、予想に反して寝れてしまった。僕はヨハンさんとフリーデさんが戻ってきたタイミングで起きた。


「無事で何よりです、首尾はどうです?」

「朗報が2つある。1つめ、仲介人が死んでた。つまり今行動してる暗殺者を始末すれば追撃は無いと見て良い。2つめ、見張りのごろつきは目に付いた限り始末した――――配置を見るに、帰路での襲撃を狙ってそうだ」

「おお……」

「っつーわけで、朝イチで馬車を手配して市を脱出するぞ」

「了解です」


 今夜の襲撃の可能性が減ったため、2人見張り・3人休憩という体勢で夜を過ごした。そして朝になり、周囲を警戒しつつ馬車を手配し、検問で武器を回収して首尾よく市外に出られた。馬車に揺られながら、一息つく。


「上手くいきましたね」

「ああ。後は奴らが俺らの脱出にいつ気づくかだが」


 そう言いながら、ヨハンさんは馬車の後ろを見た。今回も往路と同じように高速馬車を使っている。荷台は背の高い壁で防護されており(なんでも馬車要塞ヴァーゲンブルク用の荷台らしい)、万一の襲撃にも備えている。換え馬と護衛もつけた。後方には換え馬を引いた騎馬の護衛が2人ついている。老年に差し掛かっているが、ベテランとの事だ。


「……あの人たちが暗殺者って線は無いですよね?」

「そもそも乗馬出来るような高度人材は暗殺者にならん、多分な」

「世知辛い……」

「襲撃をかけるとしたら、同じ様に高速馬車に乗って来るだろうさ。まあ見張りを潰した以上、最低でも数時間ラグがあると思うがな……ん?」


 ヨハンさんが目を凝らした。僕も見てみると、後方から他の馬車が走ってくるのが目に入った。


「……まさかね。まあ用心しておくか、おーい護衛の人たち、後ろから馬車が近づいてきてるぜ。ちょっと警戒してくれ」


 ヨハンさんがそう叫ぶと護衛の1人が速度を緩め、後方から来る馬車との距離を縮めた。……後ろの馬車は、僕たちのものより随分と速度が早いように感じる。


「まあ用心しておくに越した事はないですよね、何事も」

「そうだな。やけに早いのは、俺たちの馬車よりも乗員が少ないからかもしれん」


 そう言いつつも、僕は昨日買った火縄銃の火縄に着火した。万一という事もあるからね。何事も無ければ火を消せば良いだけだし。


 ――――次の瞬間、後方に行っていた護衛が落馬した。頭に矢が突き立っていた。


「敵襲!!」

「クソッ、マジかよ! 討ち漏らした見張りが居たか!?」

「おいあんたら伏せてじっとしてろ、俺が向こうの馬を射落として速度を――――あっ」


 残っていた護衛がクロスボウを構えると同時、彼の頭に矢が突き立った。


「畜生!」


 僕は後方の馬車――――荷台に人が立っている――――に火縄銃をぶっ放すが、当たったかどうかわからない。何せ馬車はめちゃくちゃ揺れるのだ、着弾確認も困難だ。そう思っていると、ヨハンさんに頭を抑えられて顔を引っ込めさせられた。


「伏せてろ、手練だ!」


 次の瞬間、先程まで僕の頭があった場所を、何かが風切り音を立てて飛んでいった。


「ひえっ」

「お前らも伏せてろ、いいな!?」

「「「とっくに伏せてまーす!」」」


 女性陣3人は言われるまでもなく荷台の床に伏せていた。……正確にはフリーデさんが伏せさせていた。危機管理ばっちりでありがたい。


 ともあれ迂闊に頭を出せないのは参った。なにせ火縄銃、銃身が長いぶんしゃがんだ状態では装填が難しいのだ。拳銃で応戦するしかないが、ごく至近距離になるまで命中は見込めないだろう。


「おい、もっと速度上げられないか!?」

「もう全速力ですよ!」

「後ろの馬車は恐らく体当たりしてくる! 横に並ばれたら死ぬと思え!!」

「ンな事言ってもこちとら5人の客乗せてんです、そんなに速度は出ませんよ!」

「クソッ、危険承知で射撃戦するしか無いか……」

「イリス、酸素マシマシファイアボールで奴ら吹っ飛ばせない?」

「酸素球とファイアボールを目標地点で正確に衝突させないとダメだから、照準する時間が必要!」

「それじゃ反撃を食らう!」

「もしくはぶっつけ本番で、酸素球の外側にファイアボールの層を形成した魔法を撃つって手もあるけど」

「けど?」

「失敗したら自爆する」

「……ヨシ、それは最後の手段にしよう!!」


 僕は手だけを壁の上から出しながら拳銃をぶっ放してみるが、ただでさえ命中率の悪い拳銃を目標を見ずに、しかも揺れる馬車の上から撃っているのだから、当たる確率は非常に低い。それでも威嚇くらいにはなると信じるしかない。


「……こりゃ、最接近したタイミングで一斉に反撃するしかあるまいよ」


 もう、それしか無い。全員が覚悟を決めた。ルルに拳銃の1つを渡し、彼女と僕は銃で射撃。ヨハンさんは投げナイフで、イリスは魔法で。フリーデさんは移乗攻撃を狙う。そういう事になった。


 緊張しながら準備をしていると、不意に御者が声をかけてきた。


「……御者をやって20年、まァ山賊程度に襲われた事はありますわな。それでも今まで生きてこられたのは、護衛連中が優秀だったからでさァ。でも奴ら、死んじまった。まァ歳を食ったんでしょうな、あっさりやられちまって」

「お悔やみを……」

「ヤクザな商売でさァ、いつかはこういう日も来るのは覚悟の上だったでしょうよ。でもよォ、それでも残された者は辛いもんです、勝手に逝きやがって……」

「御者さん……」

「だからあっしは復讐する事にしやす」

「えっ?」

「体当たり? 上等じゃねェか、こっちは5があるんでィ……」

「ちょっ、ちょっと」

「俺の手綱捌きをナメるんじゃねェーッ!!」

「ウワーッ!?」


 突如馬車が横に大きく揺れ、僕たちは荷台の床を転がる事になった。減速しながら荷台を横に振ったようだ。


「並ばれ……」

「こっちから並んだんでさァ、食らえーッ!!」

「ウワーッ!?」


 とてつもない衝撃と共に、僕たちは今度は荷台の反対側に転がされた。こちらから体当たりを仕掛けたのだ! ショックから立ち直る間も無く、ヨハンさんが叫んだ。


「反撃!!」


 急いで立ち上がり、拳銃を構える。視界に入ったのは、体当たり攻撃を受けた暗殺者たちの馬車が並走している姿だった。荷台に居た人物はふっ飛ばされたのか、あるいは荷台の中に伏せているだけなのか、姿が見えない――――向こうの御者は、慌てた様子でクロスボウを構えようとしたが。


「食らえ!」

「がっ」


 ごく至近距離で僕とルルが放った拳銃が命中し、御者台から転げ落ちた。まず1人、と思った瞬間。相手の荷台から、人影が飛び出した。弓を構えながら飛んだ暗殺者だった。なるほどジャンプしながら撃っていたのか、そうすれば一瞬だけ馬車の振動を無視出来る――――伏せようとしながらそう分析したが、間に合いそうにない。奴は僕を狙っている。死ぬ。そう直感した瞬間。


「もう一丁!!」

「ウワーッ!?」


 こちらの馬車が再び体当たりを仕掛けた。瞬間、僕の頭上を矢が通り抜けた。体当たりのために馬車の位置が変わったお陰だ。そして馬車の位置が変わった影響はそれだけではなかった。相手の荷台があった位置にこちらの荷台が滑り込むような形になったため、中空にいた暗殺者はこちらの荷台に着地するハメになったのだ。


「…………」


 彼は「しくじったなぁ」という顔をしていた。まぁ、気の毒に思うが。


「反撃!!」


 暗殺者は数秒でぼろ切れのようになった。



 タコ殴りにして捕縛した暗殺者に、フリーデさんが「インタビュー」を試みた。最初は黙秘を決め込んでいた彼だが、圧倒的暴力とヨハンさんの「仲介人は死んだぜ、諸々の証拠と共にな。街に帰ったら下水道を調べてみろ」という言葉で陥落した。


 曰く、派遣された暗殺者は自分と御者役の2人だけであると。本当かどうかはわからないが、少し気は休まった。


 他にもヨハンさんが色々と聞き出した後、彼は解放された。


「逃して良かったんですか? また襲って来るんじゃ……」

「仲介人が死んだのは事実だ、つまりは成功報酬を支払う奴が居なくなったんだ。タダ働きはしないだろうさ」

「代わりの仲介人が就任するんじゃ?」

「それもタイムラグがある。俺の仲介人は派手に殺したからすぐにバレたが、今回は表世界にゃ知られずに死んだからな。しかも配下の暗殺者のリストも今頃下水に沈んでる。新しく仲介人が就任しても、今いる暗殺者との連絡手段が無い」

「あー……じゃあそれよりも、生かしておいて同僚に"仲介人は死んだぞ"って喧伝してもらった方がマシと」

「そういう事だ」


 その後、僕たちは少し道を引き返して護衛の人たちの遺体を埋葬した。


「ここで良いんですか? 何なら街に戻っても良いんですけど」

「いんや、ここで良いんです。……俺たちは宗教改革戦争、その初期の生き残りでしてね。まァ宗教熱に浮かされて、それなりに酷い事もしました。街の墓に葬られるのは、贅沢が過ぎるってもんです」

「そう、ですか……」

「さあ行きましょう、幸い替え馬は無事でさァ、それに暗殺者どもが連れてきた馬も無事なのは連れて行けます。然程速度は落ちないでしょう」


 残された人がそう言っているのなら、部外者の僕たちが口出し出来る事は無いだろう。フリーデさんが短く祈った後、僕たちは出発した。

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