第168話「真実」

 宿に戻ると、寝ているイリスとルルを起こした後、ヨハンさんは話し始めた。


「結論から言おう。あの娼館は、暗殺者ギルドの拠点だった可能性が高い」

「暗殺者ギルド……」


 暗殺者には縁が無い訳ではない。内戦のさなか、ゲッツ殿下を狙った暗殺者を僕とルルで撃退した経験がある。そういう組織があるというのは最早驚くべき事柄ではないが、その拠点に踏み込んでしまったとあれば別だ。


「でも、だとすれば何で僕は急に襲いかかられたんでしょうね。あの娼婦? も妙に驚いた様子でしたし」

「こいつを見てみろ」


 そう言ってヨハンさんは紙束を渡してきた。あの娼館からくすねて来たらしい。――――そこには、。来歴(ブラウブルク市に来てからしか書かれていないが)や職業、従軍経験や人間関係などはまあ良い。しかし一点、そこに書かれていてはならないはずの事が書かれていた。


「"鍋から不可視の魔法を飛ばす" ……幽体の剃刀の事まで!?」


 幽体の剃刀については【鍋と炎】と教会を除き、誰にも言っていないはずだ。教会は「ナイアーラトテップから授かったものゆえ」と容認しているが、世間的には僕は恩寵受けし者ギフテッドと認知されていないため、邪法使いと誤認されるのを防ぐために公表していない。


「一応聞くけど、誰か漏らした?」


 全員が首を横に振った。そうだよね、信頼出来るパーティーだ。


「一体どうやって調べたのか……いや、そもそも何故僕がこんなに詳しく調べられてるんです?」

「状況を整理しよう……確かめるにはあの受付の男を尋問する必要があるが、俺の注文が暗殺者ギルドの符牒になっちまっていた可能性がある。んで、お前は運悪く暗殺者ギルドの拠点へと通された。恐らくお前が会った女は娼婦じゃなくて暗殺仲介人――――ターゲットの事を調べ上げ、暗殺者を手配する役割――――だ。そう考えれば、ある程度辻褄は合うんじゃないかね。、だ」

「……ちょっと飲み込み難いんですけど、あそこが暗殺者ギルドの拠点で、僕が暗殺対象だったとすれば。奴らにとってみれば、暗殺対象が拠点に乗り込んで来たって事になりますか。確かにそれは驚いて用心棒呼びますね……」

「なあ、仲介人は何か言っていなかったか?」

「ええと、"裏切ったなマルコ" って叫んでました」

「……そうかい」


 ヨハンさんは目を伏せ、何かを考えている様子だ。だが僕はまだ質問を重ねなければならない。


「だとしても、です。そもそも何故僕が暗殺対象に?」

「そりゃわからんよ、その情報は仲介人の頭の中か、そいつが持って逃げたであろう書類の中にしか無いだろうさ」

「んん……」


 何故僕が暗殺対象になるのか。そんな恨みを買った覚えは――――いや、あるな。まず冒険者ギルド入団志願者のテストの時、どうしようも無い奴らを戦ってのした。


「暗殺依頼って高額なんですか?」

「大貴族か大商人じゃないと払えない程度にはな」


 だとすれば、その線は消える。――――残るのは、クロスボウ職人ギルドくらいか。銃が彼らのシェアを奪っているのは事実だ。


「……いずれにせよ、依頼者を確かめる手段は限られてますよね」

「ああ、仲介人を捕まえるしか無い。だが逃げの一手を打たれた上に、ここは奴らのホームグラウンドだ。難しいだろうな」

「ですよね。……最後の質問です」


 そう前置きすると、ヨハンさんは僕の目をじっと見てきた。恐らく、彼にも質問の内容は察しがついているのだろう。しかし確かめねばならないし、彼もこの質問を投げられる事を前提としてこの会談の場を設けたような気がしてならないのだ。


「ヨハンさん、何故貴方は、暗殺者ギルドについてそこまで知っているんです?」

「スラムで生きていると……って言い訳はもうしないさ。……俺が、元暗殺者だからだ」


 そう言って彼は、これまでの来歴を話してくれた。ノルデンで暗殺者をやっていた事。ゲッツ殿下の暗殺を狙った事。その後、仲介人に嵌められたと思い――――これは僕たちと知り合った事で酷い勘違いだったと気づいたが――――仲介人を手にかけ、ギルドを抜けた事。そしてギルドの追撃を振り切って今に至る、と。


「……驚きを通り越して現実味が無いんですけど、本当なんですね?」

「本当だ。笑えるほどに、本当の事なんだ」

「正直、ここまでの内容が飛び出してくるとは思ってなかったんですけど……」


 "実は元暗殺者でした" の一言で済んだのではないか、そう思うのだが。


「半分は詫びだよ。ずっとお前らに嘘をつき続けた事への、そしていたずらがこんな事態を招いた事へのな」

「僕だって人に言えない出自なんです、まあ前者は許しますよ、僕はね。後半は……ハズレ嬢を引かせた事は許しませんけど、暗殺者ギルドの拠点に踏み込んでしまったのは不幸な事故なのでは? というか、踏み込んでなかったら僕は自分が暗殺対象になってるとは気づけなかったでしょうし、むしろ僕は感謝しなければならないと思うんですけど」

「まあ、そう捉えてくれるのはありがたいが」

「……半分がお詫びなのはわかりました。もう半分は?」

「まあ、エゴだな。本当の自分を誰にも知られずに死ぬのは、怖いと思っちまった」

「死ぬ?」

「まあ結局は、この事態は俺が招いたもんだ。俺が責任を取る必要がある……恐らくだが、今も暗殺者がお前を狙っているだろうさ。仲介人が逃げちまったって事は、暗殺撤回指示を出す人間が居なくなったって事だ。撤回すべき理由もない。だからお前は今も命を狙われ続けている。……俺は責任を持って、命を賭してお前を守ろう」

「ちょっと待って下さい、こんな事態になったのは不幸な事故だって言ったじゃないですか! そんなんで命賭けられても困ります!」


 そう反論したのだが、しかしヨハンさんは力なく笑った。


「因果ってものを感じるんだ。幸せな生まれじゃなかったのは良いさ、そんな奴はごまんと居る。暗殺に手を染めたのも仕方ない、それしか生きる道が無かったからな……だが、本当は俺はそこで終わるべきだったんじゃないかと思うんだ。欲を出して日の当たる世界に出てみたは良いが、その結果がこれだよ。また暗殺者に関わる事になっちまった。しかも仲間を巻き込んでだ」

「…………」

「散々人を殺めてきた俺だ、神に見放されたんだろうさ。表に出てくればこうなるぞ、ってな。……だがよぉ、俺はもう裏には戻りたくねえんだ。せめて最後は、表の仲間を守って死にたい。或いは暗殺を凌ぎ切ったら、俺はパーティーを去る事にするよ。そうでなければ俺は疫病神になっちまう、そんな気がするんだ」


 そう言って彼は黙り込んだ。僕はイリス、ルル、フリーデさんと顔を見合わせ、頷いた。まず最初にイリスがヨハンさんに歩み寄った。


「実務的な話をしましょう。【鍋と炎】は今、ヨハンさんを含めた5人で完成してるわ。勝手に死んだり抜けられたら困る。それに……」


 イリスは突如、ヨハンさんの腹に蹴りを入れた。


「がっ!?」

「操を立てようとした人の夫を娼館に連れ込んでおいて、死ぬ程度で許すと思うな。逃がさないからね」


 彼女はぞっとするような声でそう言い放ってから、僕の耳元に口を寄せた。


「操を立てようとした事は嬉しく思うわ。……だが死ぬより酷い目に合わせる、わかったな」

「ヒッ……」


 失禁しかかる僕を傍目に、次に動いたのはフリーデさんだ。


「ヨハンさん」

「げほっ……何だ」

「お前が神を語るな」


 フリーデさんは全力でヨハンさんの腹にストレートを叩き込んだ。


「~~ッ!!」

「……生きて償いなさい、以上」


 のたうち回るヨハンさんを豊満なバストで抱きとめたのはルル。


「ヨハンさん、表の世界は楽しかったですか?」

「げほっ……あ、ああ」

「あたしもです。一緒に美味しい物食べたり、クエストに行ったり、美味しいもの食べたり……今日の昼間も本当に楽しかったんですよ、食べ歩き案内してくれて。だから多少何かに巻き込まれるのは許しますよ、仲間じゃないですか。胸をチラチラ見るのも許します、おごってくれたので」

「ルル……」

「でも昼間言ってましたよね、サリタリアにはまだ美味しいものが沢山あるって。それを案内しないまま死んだり抜けたりするのは許しません」


 ルルはヨハンさんを胸に抱きとめたまま、ショートフックを肝臓に叩き込んだ。ヨハンさんは声もなく床に倒れ、うずくまった。


「……これ以上殴ると本当に死にそうなので、僕は殴らないですけど」


 そう前置きし、ヨハンさんが顔を上げるのを待ってから言葉を繋ぐ。


「本当に仲間だと思ってるなら、勝手に死のうとしないで下さい。変な思い込みで抜けないで下さい。僕たちはそこに怒ってるわけです、そりゃ本当の仲間に対する態度じゃないよって。そういう意味で……」


 僕はイリス、ルル、フリーデさんと頷き合い、笑った。


「「「「最低です、ヨハンさん」」」」


 ヨハンさんの手を取ると、彼は握り返した。泣いているのか笑っているのかわからない顔をしながら、彼は立ち上がった。


「お前らは、最高だよ!」

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