第165話「すれ違い その6」
暗殺者マルコは、教会宿からバストが平坦な少女が飛び出し、それを追ってクルトと牧師の女が出てきたのを見ていた。バルドゥイーンと豊満な少女は随分前に外出したのは確認済み。マルコはクルトを追うようにして市の外に出た。
((図らずも取り巻きが減るとは好都合……バルドゥイーンよ、お前が女と遊んでいる間に、お前の大切な仲間を殺す事になるが……恨んでくれるなよ、すぐに後を追わせてやる))
平坦な少女は市の郊外に移動し、クルトと牧師もそれに追いついた。市壁から1kmは離れた川の麓、ひと気のない場所だ。マルコは草陰に隠れ、クルトから40m離れた地点に伏せた。そして腹に小型のクロスボウを抱いた。
小型ながら
しかも鏃には毒が塗り込んである。軽量ゆえに貫通力こそ低いが、ギャンべゾンで覆われていない露出した肌に掠めれば良いので問題はない。大きな欠点の1つとして風に弱いという点が挙げられるが、40mという射距離と、今日は幸いにもほぼ無風という好条件で相殺されている。
((快晴、西日、順光、無風だが寒冷……好条件だが、許されるのは1射か))
この特注クロスボウは弓体に板バネを使っているため、寒冷時には板バネが固くなり、引き絞ると割れてしまうという欠点がある。体に密着させて運び、今も腹に抱いて温めているが、射撃姿勢をとり外気に露出させていると急速に冷えてゆく。ゆえに迅速に射撃しなければならないし、2射目は
マルコは極限まで集中力を高め、機を伺う。あとはクルトが動きを止めた瞬間に射撃を実行するだけ―――――クルトは平坦な少女と短く会話すると、何かを見守るようにして動きを止めた。
((今だ))
マルコは素早くクロスボウを構えた。
◆
イリスは郊外の川の麓の平野に移動し、そこで実験を行う事にした。万一火事になっても水源が近いので消火が比較的楽で、なおかつ市から離れているので見咎められる事もあるまいという目論見だ。
「これより実験を行うわ!」
「イリスさん、実験内容を聞かせて下さい」
何をやらかすかわからないので、一応確認しておく。
「不明単語、推定<酸素>の条件を与えた魔力塊を生成し、そこに火の粉を飛ばすわ」
「実験者との距離は十分に取ってね!」
「わかってるわよ、魔法の射程ギリギリ50mでやるわ」
中学理科の実験を思い出す。水を電気分解し、生成された酸素に火のついた線香を近づけるもので、あれは線香が激しく燃えたんだったか。まあそんな大惨事にはならないと思うが、万一を考えて実験者との距離は取ってもらいたい。
「じゃあ実験開始するわよ」
イリスはそう言ってまず推定<酸素>の魔力塊を生成した。何も見えないが、酸素なので無色透明の気体という事だろうか。彼女はそれを杖にストックした。
そして首を傾げた。
「……よく考えたら、50m先まで火の粉飛ばせないわ。小さすぎて途中で消えちゃうわ」
「うん?」
「だからファイアボールに変更するわ!」
「イリスゥ!!」
制止も聞かず彼女は杖を持たぬ左手にファイアボールを生成し、杖の推定<酸素>塊と同時に打ち出した。後者は見えないが、おそらく50m先で衝突するような軌道になっているのだろう。
固唾を飲み込んだ瞬間、50m先で大爆発が起きた。
「「「ぬわーッ!?」」」
直径10mはあろうかという火球が現れたと思ったら、熱を帯びた突風が吹き抜けてきた。幸いにも僕には怪我こそなかったが、すぐ隣の川に吹き飛んだ小石やら何やらが飛散し、無数の水しぶきを立てた。
「イリス! フリーデさん! 怪我は!?」
「な、なんとか無事よ」
「こちらも無事です」
2人とも無事だったようで胸を撫で下ろす。……しかしあの大爆発、本当に酸素だったのだろうか? 流石に高濃度酸素に火をつける実験はしたことが無いのでわからない。或いは、元々高威力なイリスの火炎魔法に酸素を足すとああいう結果になるのか?
「……いずれにせよ、ここを離れた方が良いと思いますよ。あの大爆発、1km離れていたとしても城壁の見張りからでも見えたでしょう」
「見咎められたらマズいですね……。イリス、行こう」
「もう一発! もう一発実験させて!!」
「ダメに決まってるでしょうが! 最悪市内に入れなくなっちゃう!」
実験結果に大興奮するイリスを米俵めいて抱え、僕とフリーデさんは迅速にその場を離脱した。
◆
「バカな……!」
マルコがクロスボウを放った瞬間、平坦少女が放ったファイアボールが大爆発を起こした。爆風は矢の軌道を大きく変え、川の中に落ちたのが一瞬だが見えた。
((なんたる不運、そして威力か!))
通常のファイアボールでは、余程の至近距離でなければ矢の軌道を変える程の爆風は生み出せない。だというのに、先程のファイアボールは50m先の矢まで届く強烈な爆風を生み出していた。こんなものは流石に想定していない。
「クソッ……!」
2射目を撃つには再び板バネを温め、
((それにあの火炎魔法がネックになる。たとえ2射目を50mギリギリで撃ったとしても、反撃であれを撃たれたらたまらん。おそらく使用者から60mまでは加害出来るだろう。反撃でこちらがやられてしまっては意味がない))
そういう意味で、この開けた郊外で再び暗殺を試みるのは自殺行為といえた。市街地という地形であの魔法の使用を封じた上でなければ、危険過ぎる。
((持久戦だな、これは。昼間、奴ら全員が行動しているのは確認済みだ。夜間は全員が寝るはず……誰か歩哨を立てるとしても、体力・集中力ともに落ちているはず。そこを狙うしかない))
時間とともに体力・集中力が落ちてゆくのはマルコも同じ。しかし彼は暗殺者として、そのような状況に置かれる事にも慣れている。要は相対的に優位なはずで、まだ成功の可能性はある。問題は同様のスキルを持つバルドゥイーンの存在だが……マルコは次のプランを策定しつつ、市内へと戻っていった。
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