第155話「東方開拓」

 チャウグナル・ファウグンを東方に流すために、それを護送する騎士隊が東方に送られた。それに東方辺境の開拓促進・木材供給を安定させるために派遣された冒険者ギルドも。これがここ最近、東方辺境に送り込まれた軍事力であった。これに在地戦力、つまり内戦の折に捕虜となった農民――――彼らの身分は一時的に農奴に落されていたが――――が8月頃より開拓団として送り込まれており、領主騎士の元で働いていた。


「これ、どうやって開拓したんです?」


 そう領主騎士に尋ねるのはヴィルヘルムだ。冒険者ギルドが駐屯している開拓村は簡素な木の壁で囲まれており、所々に建てられたやぐらの上で2人は話している。今まさに、その木壁や櫓にモンスターどもの群れが押し寄せていた。


「地獄だったぞ。まず水源地に馬車要塞と簡単な堀を作ってモンスターどもの攻勢に耐え、そこを拠点に哨戒網を展開、その内側で木の実の採集や狩猟に出かけ食料を確保。さらに木を伐採、掘っ建て小屋と防御設備を何とか作り上げた……これがここ3ヶ月の経緯だ」

「3ヶ月でよくここまで、と言うべきなんでしょうね」


 ヴィルヘルムは木の根を逆さまに植え付けた防御設備さかもぎを乗り越えようとしていたゴブリンを次々と射抜き、壁の内側を見やった。掘っ立て小屋が幾つか建っているだけで、領主の館も無ければ畑すら無い。端的に言えばそれは村の体裁を為していない――――説明されなければ、ただの砦だと見紛うであろう有様だ。


 普通の開拓村なら、8月頃に開拓を開始したら1ヶ月で住居を建てつつ大急ぎで畑を作り、9月にはライ麦を植え付け、防御設備を充実させていくという経過を辿るはずだ。しかしこの村は11月に入ろうというこの時期でも畑は全く見当たらず、ただひたすらに強固な防御設備があるだけだ――――そうしなければ全滅していたのだろう。


「そう思い込まなければやってられんよ。……300人居た農奴も今や200人を切り、食料採取のための哨戒網を敷く事すら困難になりつつあった。騎士隊と冒険者を送り込んで下さった殿下には感謝してもしきれぬ、このままでは燻製肉すら作れず冬を待たずに餓死する所であった。帰還したら殿下に礼を言っておいてくれ」

「承りました」

「ついでに食料支援と、納税開始の先送りも進言しておいてくれ」

「承りますとも」


 そりゃ食料支援も納税開始の先送りも必須だよなぁ、とヴィルヘルムは思う。これだけのモンスターが居るのだ、燻製肉の材料となる獣もモンスターとの奪い合いになるだろう。持ち込んだ食料だけでは村人全員を養うのは到底不可能であろうし、早急に小麦粉を運び込んでやらねばならない。そして畑も完成していないし、村人全員を養える畑が出来るまであと何年かかるかわかったものではない。納税など10年先でも不可能かもしれない。


「でもポレンの連中はここよりもっと過酷な環境で開拓して、成功したんですよね。どうやったんですかね?」


 ゆうに100匹は超えるであろうゴブリンと食屍鬼に対し貴重な矢を使うのは無駄と判断したヴィルヘルムは、村人が用意した投げ槍――――先端を炙って固めただけの木の棒――――をぶん投げながら問う。特に狙いも定めず放ったが、ゴブリンの密度が高かったために命中した。


「あれだよ」


 領主騎士が指差す先では、木壁に設けられた門から飛び出していく騎士隊の姿があった。彼らは馬に逆茂木さかもぎを飛び越えさせると、モンスターどもに突撃を仕掛けた。ランスが多数のモンスターを貫くと馬首を返し、続いて展開してきた農奴らが携える換えのランスを受け取ると、再び突撃してゆく。


「騎兵の大規模投入。野戦でモンスターを駆逐したのだな。我々もつい最近、森林開拓が進んで騎兵が展開出来るだけの領域を確保出来るようになったゆえ、その真似事が出来るようになったがね。まあ君たちが来るまでは騎兵戦力は私と、私の従士2人だけだったのだが」

「なるほど……おーい冒険者ギルド、騎士隊に続け!」

「「「了解ウィース!」」」


 冒険者らが戦闘に加わり戦果を拡張するのを眺めながら、領主騎士がぼやく。


「そして歩兵戦力も足りなかった。あれだけの数のモンスター相手だとな、3騎だけで突撃すると退路を塞がれてしまうんだ。だから農兵を投入して退路を確保するしかないんだが、皆にわか仕込みの素人だ。損害続出するんだよ。貴重な開拓要員なのにな」


 兜で顔は見えないが、領主騎士の声は涙に震えていた。


「頼むよヴィルヘルムくん。殿下に支援の件と、ついでに戦力増強も頼んでくれ」

「承りました」

「あとな、さっき言ったポレンって騎兵育成のために貴族の権限が強いんだよ。農民から効率的に収奪して、騎士を大量に養うわけだ。で、私も領民が生き残るためにはそうするべきだと思うんだよね。具体的には私を男爵に召し上げて、従士を騎士に叙任すべきだ。進言よろしくね」

「うけたま……進言だけであれば」

「ついでに直接税の免除特権と自由課税権と上級裁判権も欲しい」

「進言だけであれば」

「受け入れられないなら、開拓諦めて領民まるごと流浪の民になるからね、マジで」


 流浪の民と言っているが、実質は「山賊になってノルデン領内を周遊しますよ」の意だろう。モンスターとの戦闘に慣れ始めた200人の戦闘員を抱える山賊。それを討伐するのと、開拓村を物的にも法的にも支援するの、どちらが安くつくか考えてね! ……彼はそう言っているのだ。兜の奥に見える領主騎士の目は据わっていた。相当に開拓指揮のストレスがキているのだろう。


「……説得は試みますとも」

「頼んだよマジで。説得に成功したらブラウブルク市に居る俺の妹をファックしても良い」

「おっほ、マジですか!?」

「マジだとも!」

「で、妹さんはおいくつで?」

「……おっと戦闘が終わったようだな。後始末の指揮をしてくるよ」

「ねえ領主様、妹さん何歳なんです??」

「君は後詰としてここで残兵の指揮を頼んだよ」

「領主様ァ!」

「さらば!」


 領主騎士の声は、老年に差し掛かった男のそれであった。

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