第154話「地底に住まう者 その4」

 モンスターたちの声が途絶え、そろそろ突入しようという事になった。念のためイリスが扉(残骸)の奥に松明を投げ入れ、火が消えない事を確認した。


 中に入ってみれば、そこは1つの巨大な空洞になっていた。何箇所か通路のようなものがあるが、全て行き止まりになっていた。そしてこの空洞の至る所に、件のモンスターたちの死体が転がっている。やはり窒息死したのだ。


「……どこも行き止まりだけど、この密閉空間で生活してたのかな、こいつら」

「ふうむ」


 ドーリスさんは空洞のあちこちの壁を確認し、眉を顰めた。


「通路の幾つかは、ここ最近に掘られたものですね。原始的な……石器らしきもので掘られています。しかしどこも硬い岩盤に当たり、諦めたようです」

「……じゃあ廃坑に繋がったのは、いくつか掘り進めた通路がたまたま当たった場所、と?」

「おそらくは。そして1箇所だけ、崩落している箇所がありました。瓦礫を取り除こうとしても天井から崩れてしまうので、10人単位で岩石魔法使いを投入しなければ復旧は困難でしょう。ただ」

「ただ?」

「魔力で走査したところ、崩落した先に長い通路がある事がわかりました」

「……つまりこいつらは」

「はい。そこからやって来て、通路の崩落で閉じ込められたのでしょう。そして帰路を探るうちに廃坑に行き当たり、そこが偶々彼らの生存に適した環境になっていた。私はそう読みます」


 という事はつまり、崩落した通路の奥にはまだまだこのモンスターがいる可能性があるという事だ。廃坑内で殺しただけでも30体は下らず、この空洞内にある死体はそれ以上の数があるように思える。まだ居るとしたら、数は如何程か。別ルートで掘り進めて来る可能性はあるか。全て未知数だ。


「……確かめたくは無いですね、これ以上は」

「同感です。換気さえ出来れば弱敵とはいえ、風車ふいごの換気能力にも限界はあります。これ以上進むのは――――割に合いませんね。一先ずこの情報をギルドに持ち帰って対策を練るべきでしょう」

「対策? どうせ地上に出てこれないのなら実害は無いんじゃ?」

「仮に地下水脈を掘り当てられた場合、この真上にある村の井戸が使えなくなります」

「なるほど……」


 救援部隊が居るとして、別ルートを探っているうちに……という事態は有り得そうだ。


「こうなるともう坑道戦、攻城戦になります。換気設備も強化しなければなりませんし、冒険者の仕事ではありません」

「それで、情報を持って帰るのが先決と」

「ついでに戦利品と遺品も持って、ね」


 そう言って声をかけてきたのはイリスだ。その後ろでヨハンさんがまだ肉片が残る頭蓋骨を持ち、ルルはプレートアーマー――――ニクラス様のものだ――――を担いでいる。


「奴ら、共食いしてたようだ。奴らの骨置き場みたいな所があったが、どれも歯型の残った肉片が残ってたよ」

「うへぇ……」

「んで、只人の頭蓋骨が1つだけあった。恐らく領主騎士殿のもんだろうな。身体はわからん、このモンスターども本当に頭部以外は人と区別がつかねえ」

「まあ、遺体の一部でも遺族に返せるならラッキー……と思うしかないんでしょうね。で、イリス。戦利品っていうのは? まさかニクラス様のプレートアーマー?」

「法的にはそうしても問題ないけど、絶対遺族と揉めるでしょ。違うわよ、死体置き場のすぐ傍に祭壇みたいなものがあったの」


 彼女が指差す先には穴があり(恐らく死体置き場だろう)、その奥に岩が置いてあった。……良く見てみれば、何か文字のようなものが彫られている。


「彫ってあった文字は写しておいたわ。これが戦利品」

「モンスターが崇めてたっぽい文字列に何か価値が?」

「これ、ハイエルフ語なのよ。呪文の言語ね」

「呪文ってそういうものだったの!?」

「そうよ。いつだか団長が"ハイエルフは無制限に魔法を打ってくる" みたいな事言ってたでしょ。あれ、ハイエルフは魔力を通して紡いだ言葉がそのまま魔法になるって意味。……で、私たちは古代の只人がハイエルフから教えてもらったり、盗み出したりした単語を組み合わせて魔法を使ってるわけ」

「知らなかったよ……で、どんな内容が書かれてたの?」

「いくつか未知の単語があって文意がわからないの、帰ったら調べなきゃ」


 そう言うイリスは、目を爛々と輝かせていた。早く帰って研究したいのだろう。


 実際、もうここでやるべき事は無いように思える。僕たちは地上に帰還する事になった。その道中、僕は1つ思い出した。


「ねえ、結局あいつら"モンスター" って呼んでたけど、流石に何か名前つけた方が良いんじゃないかな」

「それもそうね」

「地底人とかどうだろう」

「それだと魚人とかと同列に扱う事になるけど、魚人の神に怒られそうで嫌なのよね……」

「そういうのあるんだ……じゃあ地底に住まう者とか」

「長くない? もっと単純に、そうね……薄気味悪いグレスリヒ奴とか」


 端的過ぎないかなぁ、と思うが。英語だと「ガストリィ」になるのでは、と気づいた。略して「ガスト」だ。ゲームで聞いたような覚えのある名前だ。


「……良いんじゃないかな、うん」

「じゃあそう言う事にしときましょ、私たちの間では」

「私たちの間ではって……あ、発見者に命名権とか無いんだ?」

「モンスターの名前を統一してくれる機関なんて無いもの。むしろ市井で広めてくれる人……吟遊詩人が付けた名前が通称になる事が多いわね」

「へー……もしかして吟遊詩人に今回の冒険譚、売れたりする?」

「まあ端金でしょうけど、買う人は居るんじゃない?」

「小銭稼ぎにやってみるか。売価はここに居る全員で等分するって事で」


そういう事になり、僕は帰還後にブラウブルク市の酒場で吟遊詩人に今回の冒険譚を語って聞かせた。


「ンー、もっとこう……その薄気味悪い奴がさ、野蛮な武器を使ったりだとか、そういうの無かったわけ?」

「無かったですねぇ。投石と拾い物の棒きれ、石器くらいのもんで」

「なんかこう、恐ろしさというかおどろおどろしさが足りないんだよねぇ!」

「そう言われましても……」

「そういう訳でイマイチ盛り上がりに欠けるから、その話に払えるのは銅貨10枚だよ」


 そう値切られてしまった。しょんぼりしながら家に帰り、後日イリスと酒場に繰り出した時。件の吟遊詩人が新しい歌を歌っていた。


「――――湧き出す、手に手に石を持ち

立ち塞がるは城壁の如く盾を並べた【鍋と炎】、地底の攻城戦

投げられた石は盾の前にうず高く積み上がり

石の接城土手を今、地底に住まう者が乗り越える――――」


「…………地底に住まう者になってるじゃん」

「…………まあ詩人はおどろおどろしい言い回しを好むわよ」


 結局その歌は、負けそうになった【鍋と炎】に村人が『風の援軍』を送り込み、神が作りたもうた清涼な地上の空気に耐えられなくなった地底に住まう者が逃げ散る……という内容になっていた。時系列が変わってるし、戦闘の経過もめちゃくちゃに脚色されているのだが、市民らには好評だった――――つまり吟遊詩人は大量のおひねりを貰い、それは銅貨10枚どころではない量になっていた。


「「なんだか納得いかない!」」


 僕とイリスは渋い顔でビールジョッキをテーブルに叩きつけた。

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