第153話「地底に住まう者 その3」
僕たちはの石扉の前にやって来た。周辺の坑道は補強されているが、ドーリスさん曰く補強工事前は「掘り方が雑過ぎていつ崩壊してもおかしくない」状態だったそうだ。従士隊が撤退を決め込んだのは、結果的に正解という事になる。
扉は高さ・幅ともに2mほどのそれは引き戸形式で、岩盤に埋め込まれるような形で鎮座していた。厚みはわからないが、かなりの重量がありそうだ。これを開けるには数人がかりで取り掛からねばならないだろう。……もしかしてニクラス様、これの操作に人手を取られたがために護衛が手薄になり、攫われてしまったのか? ドーリスさんは扉を検分し、頷いた。
「少なくとも3〜4人の男性でかからねば動かせそうにありませんね」
「向こうに敵はいます?」
ヨハンさんに尋ねると、彼は扉に耳を押し当てた。
「少なくとも2人。もっと奥に複数の足音もある」
「見張りですかね。悠長に開けようとしてたら増援が来て、向こうから閉めようとして来そうですよね」
「だな。やっぱり二度と閉められないように破壊しちまうのが良いだろうな」
「このサイズと厚みですと、私の魔力量では破壊し切るのには少々足りませんね。2日間に分けて作業するか、或いは何箇所かツルハシで削るなり杭を打ち込んでおけば、そこをとっかかりに一撃で割れるのですが」
じゃあ鉄杭を村鍛治に作ってもらう……というのは結局、作業時間を考えると日を跨いでしまいそうだ。ツルハシでの作業も時間がかかるだろう。そこで僕は思いついた。
「銃弾ならある程度岩を抉れますけど、どうでしょう」
「ふむ、面白いですね。やって見て下さい」
ドーリスさんは石扉の何箇所かに、木炭で印を付けた。ここに衝撃を加えれば、全体に大きなヒビが入るとの事だ。僕は拳銃を抜き、一発撃ち込んでみた。石扉に小さなくぼみが形成されたが……
「んー……威力が足りませんね。もう何発か打ち込む必要があるかと」
「そうですか……いや、考えてみれば鉛弾の重量、ツルハシとは比べ物にならない位軽いもんなぁ……」
攻撃の威力は質量×速度で決まるのではないかと思うのだが、今回は質量が足りないのだろう。数をこなすしかないが、考えてみれば鉛弾はそれなりに高級品だ。あまり何発も撃ちたくない。そう思っていると、イリスが顎に手を当てながら口を開いた。
「言っちゃなんだけど、銃の効率の悪さが原因なんじゃない?」
「どういう事?」
「銃って火薬の爆発力で銃弾を押してるわけでしょ。でも銃弾を込めるために銃口は銃弾よりも大きくしてる訳で、その隙間から爆炎が漏れてる」
確かにそれはそうだ、考えてみれば銃は火薬の爆発力を効率よく使えているとは言い難い。であれば。
「このくぼみに直接火薬を詰め込んじゃえば良い?」
「その方が早い気がするわね」
エネルギーロスをなくすには、それが一番効率が良いように思える。試しにくぼみに火薬を固く詰め込み、紙で蓋をしてみた。そしてイリスが着火魔法で火種を飛ばすと、鋭い爆発音と共に硝煙が吹き出し、石扉を覆った。ふいごで吹き込まれる風がすぐにそれを吹きさらうと、ドーリスさんは石扉を検分して頷いた。
「うん、十分ですね。というかこのプロセスだけで扉が割れそうです。……いやはや、これだから
「えっ、マジです?」
「熟練岩石魔法使いが2日がかりで、通常工事でも1日はかかるような仕事を……ツルハシでくぼみを作るとしても、1時間とかからないでしょう、その程度に短縮したのですから」
「おお……」
「ともあれ、このプロセスで扉を破壊してしまいましょう。私の魔法は戦闘に温存するという事で」
そういう事になり、村人に協力を要請してドーリスさんが指定した所にツルハシでくぼみを作ってもらった(僕たちが直接やらないのは、戦闘に体力を温存しておくためだ)。そしてくぼみに火薬を詰め込み、ついに発破の段となった。
「着火魔法何発も撃つと結局ファイアボール1発ぶんの魔力になっちゃうし、ファイアボールでまとめて着火するわね。射程もこっちの方が長いし」
「了解、お願い」
【鍋と炎】は石扉からファイアボールの射程ギリギリの50mまで離れた。結局扉を破壊するのは換気のためなので、発破後は廃坑入り口まで撤退する予定だ。
「じゃあやるわよ……ファイアボール!」
イリスの杖から火球が飛び、扉に当たるとまるでタールのように張り付き、とろ火で扉を焼き始めた。いつもの鋭い爆発ではなく、確実に着火させるためにこのような撃ち方になったのだろう。呪文で任意に性質を変えられる点は魔法が便利だな……と思っていると、扉に埋め込んだ火薬に火がついたのか鋭い爆発音が連続し、硝煙が坑道を埋め尽くした。
「撤退!」
イリスの号令で撤退開始。僕とルルが後衛となり、廃坑入り口まで駆ける。最も重装備の僕とルルの足に合わせているため、そして坑道を上っていく形になるので速度は然程出ない。
「……追ってきてるぞ! この速度じゃ追いつかれる!」
「ちょっと、結構すごい数じゃない!?」
ヨハンさんとイリスが叫んだ。僕は兜のせいで聞こえないが、盗賊でないイリスにも聞こえるほどに足音が聞こえているらしい。イリスは立ち止まり坑道の奥に向き直った。
「ここで迎撃する!」
「「「了解!」」」
【鍋と炎】は即座に戦闘陣形を形成した。後衛だった僕とルルがそのまま前衛となり、中衛にフリーデさんとドーリスさん、後衛にイリスとヨハンさん。2×3の複縦陣だ。
陣形完成から3秒後、ふいごで換気され硝煙と埃の混じったもやがせり上がってくると同時、それを突っ切って無数のモンスターが姿を現した。無言で駆けてくる異形の群れは何とも不気味だ。……無言? 彼らは口を閉じ、良く見れば胸を膨らませていた。
「息止めてるのかこいつら! やっぱり地上の空気中じゃ呼吸出来ないんだ!」
「なら話は簡単ね、奴らの息が切れるまで耐えきるわよ!」
「了解!」
戦闘の
「くっそ、多すぎる!」
見えてるだけでモンスターは30体は下らない数がいる! 後退しながらシールドバッシュと鍋で立て続けに殺していくが、捌ききれず押し込まれてしまう。ルルも細かい突きの連打を行っているが、押され気味だ。そこに投石攻撃まで加わってきたので行動が阻害され始めた。このままでは押し潰されてしまう!
「前衛、合図で一瞬頭を下げて下さい!」
ドーリスさんがそう叫んだ。
「了解!」
「3、2、1、今!」
僕はシールドバッシュを放ち、ルルは思い切り槍を突き出して数体をまとめて串刺しにし、直後に腰を落とした。瞬間、僕とルルの頭上を両刃斧の柄が通り抜けた。横薙ぎに振られたそれは、モンスターの首をまとめて数体刎ねた。
「ひえっ」
一瞬、前衛とモンスターの間に空隙が出来た。そこにフリーデさんが飛び出した。
「改宗掌打!」
光り輝く掌打を放つと、当たったモンスターが吹っ飛んで後続にぶち当たり押し込み、彼ら進撃が止まった。
「突撃!」
反撃のチャンスと見たイリスの号令で、僕とルルも飛び出した。ルルは槍を捨て剣を握り、乱戦の構えだ。フリーデさんを僕の後ろに収容すると、僕も鍋を縦横に振るって虐殺を開始した。相手は完全に勢いを削がれ、逆にこちらは坑道を下る勢いがついていたため、数で劣るにも関わらずこちらが押し込み始めた。
加えて、加速度的にモンスターの動きが鈍ってきたのも大きい。30秒も戦っていると、彼らは耐えきれぬ、といったていで息を吐き、吸おうとするも叶わずに喉を押さえて苦しみ出した。
……やがて、彼らは最後尾から順に急いで坑道の奥へと退いていった。途中で息が切れ、地面をのたうち回る者を転々と残しながら。
「扉の位置まで追撃するわよ!」
彼らを追っていくと、幾つかの大きな石片に砕け散った扉の残骸が見つかった。僕たちはここで停止し、換気が終わるまで奥を監視する事にした。
……奥から猿の鳴き声のようなキーキーという声が複数響いてきたが、やがてそれはか細くなってゆき、途絶えた。
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