第152話「地底に住まう者 その2」


 帰還してから別のクエストをこなしたり、商会の仕事をこなしながら10日ほど過ぎた頃。【鍋と炎】はドーリスさんに呼び出されていた。彼女は何とも言えない表情で、呼び出した理由を説明し始めた。


「以前、依頼者都合でキャンセルになったクエストを覚えていますか?」

「ああ、シルダ村の坑道の。覚えてますよ」

「あの件なのですが、クエストが再申請されました。今度は"岩石魔法使いを連れて来るべし" と条件を付けた上で」

「……どういう事です?」

「換気作業が終わり、領主様が突入作戦を敢行したらしいのですが――――」


 曰く。廃坑内はモンスターが居住し、生活していた痕跡こそ見られるが、突入時には幾つかの死体を除いてその姿は見られなかった。くまなく廃坑を探索した所、「記録にない坑道」がある事がわかった。そこを辿ってみた所、奥に石扉が発見された。モンスターどもはそこから侵入し、そして逃げていったのだろうと推測し、扉を開けてみた所――――中から飛び出してきたモンスターどもが領主様をさらい、再び扉の奥にひっこんでしまった。


「という事らしいです」

「ええ……それで、領主様は……ニクラス様はどうなったんです?」

「従士隊が救出しようとしたのですが、戦闘中に坑道が崩落の兆候を見せたそうで断念したと。村にはもう坑道の補強工事が出来る人間が残っていないそうで、それで再び冒険者ギルドにお呼びがかかった訳です。岩石魔法使いを追加して、と条件を付けて」


 ニクラス様はお世辞にも好感度の高い人だったとは言い難いが、さらわれて――――恐らく生きてはいないだろう――――しまうほど悪い人だったとも思えず、気の毒に感じる。そして村人らが岩石魔法使いに期待しているのは、土木工事のエキスパート兼戦闘要員としての技術なのだろう。


「まあ楽観的な判断でクエストを中止し自分たちで解決しようとして失敗、再び冒険者に泣きつくというのは、そう珍しい話ではありません。そういう時は住民の協力を得やすいので、快適なクエストになるのですが……問題は、今ブラウブルク市に残っている岩石魔法使いが私だけという事ですね。ほかは皆東方に向かってしまいましたので」

「ふむ」

「とはいえ私独力で解決可能とも思えません、そこで一度件のモンスターと遭遇経験のある【鍋と炎】に護衛をお願いしたいのです。ああ、報酬は私の取り分を除いても前回より多くなるよう交渉しておきました」


 そういう事なら良いかな、と【鍋と炎】の面子も承諾する事にした。ドーリスさんも加わって戦力は増強、それでいて報酬は前より良いというのなら悪い話ではない。懸念点は、モンスターは奇襲じみた反撃の末にであれニクラス様――――騎士をさらってしまう程度には数が多いのであろうという事だが、それもドーリスさんが加われば問題なさそうに見える。なにせ……


「よっこいせ」


 ドーリスさんはカウンターの下から、巨大な両刃斧を取り出して担いだ。内戦の時も振るっていた奴だ。……件のモンスターのような軽装相手なら、ひと薙ぎで何人も殺せるだろう、これは。


「事務員なので戦闘は然程得意ではないのですが、自衛程度なら何とかします」


 事務員って何なんだろうなと思いつつ、僕たちはシルダ村に出発した。



 シルダ村に着き、早速廃坑に向かった。扉は開け放たれており、そこに巨大なふいごが設置されていた。


「お、おおー……水力ふいごを大きくしたような感じなんだね」


 僕がそう感嘆した通り、風車ふいごは鍛冶に使う水力ふいごと原理は同じだった。風車小屋からシーソーのようなものが伸びており、その片端がふいごの頭を押している。もう片方、風車小屋側は大きな歯車に当たっており、歯車が回転すると歯でシーソーが押し上げられ、反対側が押し下げられてふいごを潰す。


 がこん、ぷしゅー。がこん、ぷしゅー……と小気味よい音を立てながら、ふいごが次々と空気を廃坑内に送り込んでいた。ふいごは人の胸の高さほどもある巨大なものなので、送風能力は強そうだ。巨大な団扇で扇ぐよりよっぽど効率が良さそうに見える。


「全く、只人ヒュームの技術には驚かされるものです」


 ドーリスさんも感心していた。そういえばドワーフって地底に住んでいるイメージがあるが、彼らは換気問題はどうしているんだろうな。


「ちなみにドワーフはどうやって換気するんです?」

「おや、それは偏見に基づく質問ですね。そもそもドワーフは機械力で換気が必要なほど、地下深くに穴を掘ったりしないのですよ」

「そうなんです?」

「山の中腹あたりに水平な横穴を掘るだけです。これなら何箇所か通気孔を開けておくだけで換気は済んでしまいますからね。中腹に住処を作るのは、山の上の木を切って住処まで運びやすくするため。そして排泄物は下に降ろして段々畑の肥料にするため、そして守りやすいためです」

「山そのものが生活拠点かつ要塞みたいな作りなんですね」

「そういう事です。自活可能な難攻不落の要塞……だったはずなのですが、山を丸ごと燃やす戦術で幾つものコロニーが只人ヒュームに落されましたけどね」

「……ワーオ」

「別に恨んではいませんよ、"森林資源を燃やすはずがなかろう"だとか舐め腐っていた我々の落ち度です。それに私は、それを受けて只人のやり口と文化に興味を持ってコロニーを飛び出してきたクチですしね。純粋に感心しているのです」


 そんな事を話しつつ廃坑の安全確認をしていると、殆ど腐りかけた、件のモンスターの死体を見つけた。数は2つ。喉や胸をかきむしったような形で事切れている。……その身体は人間にしか見えないのだが、頭部の形状が奇妙なので胸が悪くなる。極めて人に近いのに、明らかに人ではないというのは嫌悪感が湧くものなんだなぁ。


「……ふーむ、外傷は無いな」


 ヨハンさんが死体を検分し、そう言った。


「毒を呷ったか窒息したか、そういう死体だな。死んだばかりなら血の色を見てどちらかおおよそ判別出来るんだが、これは時間が経ちすぎてて無理だな」

「へー……詳しいですね?」

「……まあ、スラムで生きてると色んな死体を見るもんだよ」


 それきりヨハンさんは黙ってしまったが、毒死か窒息死というのは大きな情報だ。このモンスターは服やポーチの類は身につけておらず、毒を常に持ち歩いているようには見えない。となると窒息の線が近そうだ。これについて、僕は思う事があった。


「ねえ、このモンスターさ。僕らが換気しなければ死んじゃうような環境で生きてた訳でしょ。逆に言うと、僕らが生きていける空気の中では窒息するって線はないかな」

「有り得そうね。こいつら、私たちと戦った後も扉からは出てこようとしなかったし、換気したら奥に引っ込んじゃったし」

「酸素……いや、そうだなぁ……人は地上では呼吸出来るけど、水の中では出来ない。魚はその逆。それと似たようなもんじゃないかな」


 酸素の概念が無いと説明にも一苦労だなと思いつつ、イリスには伝わったようで頷いた。


「だとすれば、奥にある扉も開け放って換気してやれば全滅させられそうだけど」


 それで済んでしまえば、それほど楽な事はない。問題は、扉の付近で想定される戦闘に、この坑道が耐えられるかどうかだ。坑道を検分していたドーリスさんに声をかける。


「どうです?」

「梁が傷んでいますね。この辺りは地質が硬いので保ちそうですが、奥の方はわかりません。万一に備えて補強工事をしてから前進するのが良いかと」


 見れば、坑道の各所には壁の両脇に柱が立てられ、そこから天井に梁が渡されていた。これで坑道が崩れるのを防いでいるのだろう。しかしドーリスさんがそう言うので、村人に協力を要請して梁を新設しつつ進む事になった。


 当然、日数はかかる。その間僕たちは村で衣食住を提供してもらい、イリスの言葉を借りれば「機会損失への補填」として日当も出るので悪い仕事ではない。……とはいえそのお金は村人たちが税金を差し引いた収入から捻出している訳で、彼らの生活を考えると早く始末をつけたい所だ。


 それは村人たちもわかっているのだろう、工事は村人の全面的な協力であっという間に終わり、2日後には再突入の準備が整った。


 ……換気設備の修復に1週間、坑道の補強に2日。地下に潜むモンスターを倒すのは、準備だけでも一苦労なんだなぁ。

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