第151話「地底に住まう者 その1」

 股間を蹴られた後に向かったクエストは、「村の近くの廃坑からモンスターが湧き出してきた。討伐して貰いたい」というものだった。依頼主はその村――――シルダ村という――――の領主騎士で、従士と場合によっては農兵も動員する心づもりであるが、冒険者にはその本隊の露払いを頼みたいとの事だ。……まあ、要は僕らは坑道に放たれるカナリア役だ。


 シルダ村に着き領主に会いに行った。壮年の騎士が応対してくれる。


「君等が冒険者だな。私は騎士のリッターニクラス・フォン・ボーデ。早速だが状況を説明しよう」


 曰く。ある日、村の子供たちが廃坑に「冒険」に向かった。廃坑は元鉄鉱山で、数十年前に鉱石が枯渇してからは、魔物が住み着かないようにと分厚い扉で封をして鍵をかけておいた。しかし長年の風雨で鍵がサビて壊れたようで、それを見つけた子供が扉を開けてしまった――――すると、中からモンスターが出てきた。逃げ散った子供たちに被害は無く、モンスターも扉を閉め直すと引き篭もってしまったという。


 ――――では実害は無いではないかとも思うが、モンスターがすぐ近くに居るとわかっていては安心して暮らせない。故に討伐したい、と。


 話を聞いたイリスが質問をぶつける。


「そのモンスターの正体はわかっていますか?」

「いや。だが子供の証言によれば、そいつは黄色い目をしていて、人型をしていたそうだ。目から上をすっかり切り取ったような……額の無い頭の形だったとも」

「うーん……」


 黄色い目と言うとゴブリンを思い浮かべてしまうが、奴らは額が無いという訳ではなかった。イリスは首を捻り、フリーデさんに尋ねた。


「教会ではそういうモンスターの伝承、残ってないですか?」

「私が知る限りでは、ありません」

「じゃあ未知のモンスターか、マイナー過ぎて知られてない奴か……」


 結局、わからず仕舞い。ニクラス様も「わからんのなら突っ込んで調べるしかあるまい」と言う。まあ、そういう役目で雇われた訳だし、そうするしかないか。イリスはニクラス様と突入に算段を立て、最終的に【鍋と炎】が先鋒で突入、その後にニクラス様率いる従士隊3人が続く。入り口付近では農兵隊が念の為待機、という事になった。


 僕たちは早速廃坑の所にやって来た。村に隣接する背の低い丘の麓に、ぼろぼろの木の扉で封をされた所があった。その近くには風車が立っており、これは村の製粉所として使われているそうだ――――パンを作るには小麦粉を挽く作業は必須だ。なるほど、村の食料加工所の隣にモンスターが住んでいる。それは看過出来ないなと納得した。


「じゃ、ルルとヨハンさんが扉を開けて。クルトとフリーデさんは扉の前で防御体勢。扉が開いたら暫くは戦列を維持して待機、相手の出方を伺うって事で」


 イリスが立てた算段に全員が頷き、早速実行に移される事になった。ルルとヨハンさんが軋む扉を開けた。僕とフリーデさん、それに後方で杖を構えるイリスが固唾を呑んで坑道を睨む。坑道は斜め下方に向かって伸びており、日光だけでは先が見通せない。口を開けた暗闇をじっと睨む……数秒そうしていると、坑道の奥から何かが駆けてくる足音が聞こえた。


「数、3」


 ヨハンさんがそう言った数秒後、それが見えてきた。額をばっさりと切り落としたような奇妙な形の頭に、1対の黄色い目。眉毛や鼻、耳は無く、ヒトによく似た形の口はきゅっと閉じられている。身体は裸の人間そのものに見えるが、不健康に青白い肌をしている。その手にはぼろぼろの木の棒――――折れたツルハシだろうか――――や、岩石を握り込み、こちらに駆けてくる。


「ファイアボール!」


 まずイリスがファイアボールを1体に叩き込んだ。火球はモンスターの頭を爆ぜさせた。殺せる手合だ。


「やれる、戦列を維持して戦闘!」

「「了解!」」


 そう言ったものの、次の瞬間には決着がついてしまった。ヨハンさんが立て続けに放った投げナイフが残る2体の喉を貫き、それでも勢い余って突っ込んできた1体は僕とフリーデさんの盾に当たる前に、ルルの槍に仕留められてしまったからだ。


「……よ、弱くない?」

「見た目は気持ち悪いけど、それだけだったわね……」

「おい、まだ奥に居るぞ!構えろ!」


 ヨハンさんの声で盾を構え直した瞬間、闇で見通せぬ坑道の奥から、拳大の石が次々と飛んできた。


「おっとととと!?」

「厄介な」


 フリーデさんはバックラーで次々と石を叩き落としているが、彼女は前衛にしては軽装だ。見通せない暗闇の中から飽和攻撃を仕掛けられ、撃ち落とし切れなくなったらコトだ。イリスもそれを察したのか、指示を飛ばす。


「フリーデさん、ルルの後ろに下がって!」

「承知」

「あのー、あたし盾無いので」


 下がるフリーデさんをかばうルルは全身プレートアーマーだが、盾が無いので各所に石がぶち当たる。


「その、割と痛いんですけど。頭に当たると結構揺れますし」


 ルルの兜に立て続けに石がぶち当たっている。色々と心配になって来た。


「ちょっと耐えて!」


 そう叫んだイリスは、松明を坑道の中に投げ込んだ。視界を確保し、魔法と投げナイフを届かせるためだ――――だが、投げ込まれた松明がモンスターの群れを照らしたのも一瞬、すぐに火が消えてしまった。


「あれっ!?」

「……空気プネウマだわ!空気が無いのよ、だから松明が消えた! 作戦中止、クルトとルルは扉を閉めて!」

「「了解!」」


 僕とルルは投石攻撃を受けながら、急いで扉を閉めた。すると後方のニクラス様から苦情が飛んできた。


「おい、何をしている!? 敵前逃亡にも等しいぞ!」

「違います、説明申し上げます――――」


 イリスはニクラス様に、投げ込んだ松明の火が消えた事を説明した。彼女は「空気プネウマが無い」と言っていたが、ようは酸素が無いという事を言いたいのだろう。……おそらく空気が「酸素」「二酸化炭素」「窒素」で構成されている事がまだ解明されていないので、そういう言い回しになるのだろうが。


 そういえば換気されてない地下設備は、酸素より重い二酸化炭素や窒素が沈澱してて危険だ、という話を聞いた事がある。下方に投げ込んだ松明の火が消えたのは、それらの濃度が濃くなっていたからか?……だとすれば、あのモンスターはそういう環境でも生きられる生物って事か。


 そう考えている内にニクラス様の説得が終わったのか、彼は次の作戦を立て始めた。


「であれば扉の前にバリケードを作り、闇雲に射撃……いや、矢が勿体無いな。それに結局、空気が無くては奥の掃討も出来ん。換気が必要か……」


 換気。はて、中世末期レベルの文明のこの世界だと、坑道のようなある程度広い空間の換気ってどうやるんだろう。電動の換気扇などあるわけ無いし、まさか大きな団扇で扇ぎまくるとか?――――などと考えていると、農民兵の1人がニクラス様に声をかけた。


「ニクラス様、かつて使われていた風車動力のふいごが村の倉庫にあったはずです」

「使えるか?」

「わかりません、しかも使うには製粉場にしてる風車を元通りに改造し直す必要がありますので……」

「全く、とんだ大事になってきたな……仕方あるまい、試してみよ」

「はっ」

「冒険者たちは扉を見張っておれ」


 なるほど、あの風車は元は坑道の換気用だったのか? 水車動力のふいごはヴィムの工房で見たが、あれと同じようなものか。


 農民兵たちは村の倉庫へ向かい、僕たちは扉の監視についた。……モンスターはそれきり出てくる様子は無かったが、何かを貪り食う音が響いてきて不気味だ。しばらく待っていると、農民兵たちが様々な器具を持ってやって来た。


「ありました。先代たちが"いつかまた使う日が来るやも" と油を塗って保存しておりましたので、殆どの部品は使えます。ダメになった部品の修復や風車との接続に多少時間はかかるそうですが……」

「具体的には?」

「1週間だそうで」

「……面倒だが、致し方あるまい。進めてくれ」

「はっ」


 ニクラス様は僕たちの方に向き直った。


「そういう訳で、突入作戦は1週間後に延期だ」

「ええと、その間私たちはどうすれば?」

「待機だ」

「ニクラス様。つかぬ事をお聞きしますが、その間の宿と食費、それに1週間拘束される事によるの保証はもちろん、されるんですよね?」

「…………」


 ニクラス様がイリスを睨む。その脳内で算盤を弾いているのがわかった。追加料金を支払ってまで僕たちを使う意味があるのか、と。


「敵は弱体なようである、もう君らの手助けは必要あるまい。帰って宜しい」


 結局、ニクラス様は僕らを切る事にしたようだ。イリスは頷き、「依頼者都合によるクエスト中断にかかる同意書」という書類を彼に渡し、サインさせた。これにサインすると冒険者ギルドに支払った依頼金は返金されず、しかも冒険者ギルドへの誹謗中傷・クレームの類は一切しない事に同意したと見做されるそうだ。中々依頼者に不利な条件だと思うが、追加料金を支払うよりはマシと判断したのだろう。というかそんなものもあるんだな……。


 僕たちはすごすごとブラウブルク市へと帰還を開始した。


「こういう事もあるんだねぇ」

「まあ、冒険者は半ば傭兵みたいなもんだからね。不要と判断されたら契約切られるわよ」

「これってクエスト達成扱いになるの?」

「なる。だから私たちへの報酬は満額ギルドから支払われる」

「じゃ、文句無いかな……」


 風車ふいごは見てみたかったが、ちょっと戦っただけで満額お金がもらえるのだから、それで満足しよう。……そう言えるのは装備が充実していたからだなと思う。あの投石攻撃、盾と甲冑が無ければ大怪我していただろうし。


「うー、まだ頭が揺れてる気がします……馬鹿になっちゃったらどうしよう……」


 ルルがそんな事を言い、フリーデさんが律儀にルルの頭に回復魔法をかけていたが、僕は何も言うまいと決めた。

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