第156話「東方開拓 その2」

 そもそも冒険者ギルドが東方辺境に送られたのは、ブラウブルク市で木材価格が高騰したため、森林資源豊富な東方辺境を安定させて木材を供給させる……という意図があったからだ。


 故にヴィルヘルムとしては、あくまでも本義は木材供給で、モンスター駆逐による安定は手段に過ぎないと認識していた。しかしである。


「むしろモンスター討伐が本義じゃないかねぇ。これやらないと開拓地自体が消滅するじゃん」


 ぼやきながら、夜闇の中ヴィルヘルムは飛来してくる黒い物体に矢を放った。闇に溶けるようにして飛んだ矢はそれに命中し、地面に叩き落とした。それは地面を擦りながら櫓の根本にぶちあたり、櫓の松明の光で照らし出された。のっぺらぼうの頭に鳥の身体、蝙蝠めいた翼、長い尻尾。全身は黒い皮膚に覆われている――――ナイトゴーント、夜鬼と呼ばれるモンスターだ。


「そうですよォ冒険者の旦那!」


 ぼやくヴィルヘルムに反応したのは農奴。投石紐をぶん回し、石弾を投げ放ちながら笑っている。その目は瞳孔が開き、松明の光とは別の輝きでギラギラとしていた。精神を病んでしまった者の目だ。


「ホント開拓は地獄だぜ!フゥーハハハーハァー!」


 彼が放った石弾は飛来するナイトゴーントの群れにかすりもしなかったが、他の農奴たちが放った石弾の弾幕がナイトゴーントらの降下襲撃を妨げた。飛行系モンスターは鳥と同じく、骨が軽量化されているため脆い。ゆえに投石程度でも十分に威嚇効果がある。だが如何せんナイトゴーントの数が多すぎる上に、投石の命中率が低すぎる。何匹かのナイトゴーントが木壁への降下を成功した。


「ああああああああーーーーッ!」


 農奴の1人がナイトゴーントに掴まれ、上空に連れ去られた。闇に響き渡っていた悲鳴は、そう遠くない所から聞こえた、何かが地面に激突する音と共に途絶えた。


「なあ、毎晩こんな感じなのか?」

「いんや、週に1回くらいですかねぇ! でも襲撃があると被害がシャレにならないんで、夜警は毎晩大量に立ててますよぉ!」

「……まぁ夜警ローテーションの問題はさておき、そりゃあこの防御態勢じゃ被害続出するよ」


 ヴィルヘルムは開拓村を見渡す。木壁の上や櫓の中に松明が設置され、で農奴らが戦っている。


「ちょっと松明失敬するよ」


 ヴィルヘルムは自分が籠もる櫓の松明を手に取ると、村の中にぶん投げた。


「何するんです旦那ァ!」

「光源が近すぎるんだよ、あれじゃ夜目が利かなくなる。自分の後ろか、遥かに前に置きな。ほれ、俺が守っててやるから10秒くらい目瞑っておけ」


 農奴は真っ暗になった櫓の中で言われた通りに目を瞑り、10秒後に開目して周囲を見渡した。


「……めっちゃよく見えますね」

「だろ? 本当なら前方以外を覆ったランタンを使うのが良いんだけどね、油の供給が課題かなぁ……」

「いんや、油なら大量にありますぜ。モンスターどもの死体から取り放題なもんで」

「……逞しいねぇ。ちょっと領主殿に進言してくるわ、ここ任せた」


 そう言ってヴィルヘルムは櫓から降り、領主騎士に光源の件を話した。しかし領主騎士は渋い顔をする。


「言いたいことはわかるし私も考えたのだがね、暗くすると発狂する奴が居るんだよ」

「あー……」

「ランタンが欲しいんだが、鉄が無いしな」


 最も効率的なランタンは、よく磨いた鉄板か銀箔を施した鉄板で前方以外を覆い、前方に反射した光を投射するタイプのものだ。しかし鉄の供給を持ち込んだ備蓄か外部に頼るしかない開拓村では、ランタンに回せる鉄は無い。投げ槍の穂先すら事欠き、先端を焼き固めて誤魔化している現状では到底無理だ。


 詰んでないっすかね、と言いかけてヴィルヘルムは口を噤んだ。持ち込めるものが限られている中でもどうにかするのが冒険者だ。知恵を絞る。


「……いっそ、森を焼いちゃえば良いんじゃないですかね。最高の"遠い光源" でしょう」

「森は貴重な開拓資源でもあるんだが。全焼したら結局我らが餓死・凍死するハメになる」

「防火帯を作りましょう。防火帯を作るために切り取った木は資源として使い、残した木々をいざという時の光源にしましょう。そして燃えた部分は畑にしてしまえば良い」


 焼き畑農業。理屈はわからないが、灰を撒いた土地は作物の実りが良くなる事は知られている。ヴィルヘルムは、森林資源の採集・光源の確保・畑の整備を同時にやってしまおうと言うのだ。


 開拓村の周囲50mは木を伐採した平地になっており、さらにその周囲に森林が広がっている。


「……襲撃のたびに木を燃やす。翌日以降、防火帯を作って木材を確保。これを繰り返して行けば、肥えた土地が広がっていくわけか」

「はい。まぁ着火は火矢でやる必要がありますので、半径200m程度までが限界でしょうけどね。でもモンスターだって無から湧き出してくる訳じゃあありません、効率良く狩って行けば、200mを開拓しきる頃には大規模な襲撃をやらかすだけの勢力は無くなってるんじゃないですかね」

「一考に値するな。……時にヴィルヘルムくん」

「何です?」

「モンスターって無から湧き出してくる訳じゃあないんだよね?」

「……そのように認識しておりますが」

「そうだよね。今まではきっと、我々が狩るスピードが繁殖スピードを追い越せなかっただけだよね。きっとそうだ……」


 この領主騎士殿もだいぶやべーな、とヴィルヘルムは思った。冒険者と騎士隊がモンスターを駆逐するのが先か、村民らが発狂して山賊化するのが先か、そういう戦いなのだと認識した。最早木材供給のために戦うのではない、というかブラウブルク市に回す木材なんて木くずの1つまみ程もこの村には無い。存在する資源全てを心身の防衛のために使わねばならない、それが東方辺境開拓なのだと理解した。


 結局この夜の襲撃は冒険者の活躍で2の農奴が犠牲になっただけで済み(最小記録らしい)、翌日からヴィルヘルム案が実行に移された。


 1エーカー(61.63m×61.63m)の「光源林」を設定し、辺縁の木々の枝を落として延焼を防ぐ。その周囲10mの木々を伐採し防火帯を形成。これを開拓村を囲む森全体に施していった。


 ……翌週のナイトゴーントの襲撃は、「光源林」が炎上する光で照らし出されたナイトゴーントに対し、投石攻撃の命中率が劇的に向上。農奴への被害はゼロ、逆にナイトゴーント複数を討ち取った。そして以後3週間、ナイトゴーントの襲撃は止んだ。


「ここまで上手くいくとは。ヴィルヘルムくん、君はこの村の救世主だよ」

「お褒めに預かり光栄です」

「うちの妹をファッ……」

「それは結構です」

「つれない奴だ。ともあれ、明日から忙しくなるぞ。燃えた林を耕し、麦を植え付けねばならん」


 光源林の跡地が急いで耕され、ライ麦が植え付けられた。同時に冒険者による周囲に掃討も行われ、地上のモンスターの数も減っていった。時たまやってくるゴブリンなどの襲撃は、彼らが畑を踏み越えて来る様を見て「奴ら俺たちの代わりに麦踏みやってくれてるぜ」と笑い飛ばせる程度に、農奴たちの精神状態も回復していた。ナイトゴーントに侵されていた睡眠時間が確保され、心を休める余裕が出来たからだ。


 11月の終わり頃には、開拓村の状況はすっかり安定していた。

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