第147話「詐術 その3」*
帰宅して事の
「なんでその場で捕縛しないのよ!詐欺じゃない!」
「えっ、だってまだ騙されたワケじゃないし……」
「詐欺は騙されたかは関係なく仕掛けた段階で犯罪なのよ」
「し、知らなかった……。でも証拠不十分じゃない?証人は僕とフリーデさん、あと給仕さん達しか居ないけど、僕らは中立とは言えないし給仕さん達はトーマスさんの味方するだろうし」
「……それもそうか。チッ、それにしてもムカつくわね。完全に舐められてるわ。まあ私もあんたが暗算で複雑な計算出来るとは知らなかったけど」
「それは今度教えるよ。とりあえず明日、殿下にチクって人脈築けないようにするよ。それで手打ちにしよう」
それでイリスも溜飲を下げ、翌日彼女も伴って城に出向いた。
◆
「――――と、いう事があったのでトーマス商会には気をつけて下さい」
「そうか、まあ損害負わないで良かったな。こっちは負ったが」
「何かあったんです?」
殿下にも事の顛末を話すと、彼は木材高騰の折に冒険者を東方辺境に送り出した理由を話してくれた。
「っつーワケで俺もトーマス商会と取引するつもりは毛頭
殿下が呼びかけると、すぐにゼニマール卿とカエサルさん、それにリーゼロッテ様がやって来た。
「ははぁ、御用銃職人にも手を出すとは良い度胸ですなぁ。大方、借金で支配下に置いてクルト君と成り代わるつもりだったのでしょうが」
「クルトの機転でそれは防げたとはいえ、仕返しをしてやりたい。何か知恵は無いか?」
「衛兵なり近衛隊なりで詐欺の現場を押さえれば合法的に逮捕出来るかと思われますが……相手もそこは用心しているでしょう、忍び込ませるのは厳しいかと」
「クルト、誰か内通に応じそうな人物は居なかったかね?」
「うーん、給仕の女性たちは嫌々従ってる感じでしたけど……」
「ほう、それはそれは!では私が直々に口説き落として――――」
目を輝かせるカエサルさんだったが、殿下が睨みつけると黙った。そういえば侍女に手出して怒られてましたもんね!これ以上被害者を増やしてはいけない。
「だがまァ、内通策は良いかもな。ゼニマール卿、手配頼めるか」
「御意に」
「あっ殿下、彼女たちは多分従わなきゃいけない理由があって……」
「わかってるよ、そういうもんだッて事くらい。そうだな、城の侍女として雇っちまうか。地位も給金も問題
「ありがとうございます!」
「だがまあ、問題があるとすれば……」
そう言って殿下はリーゼロッテ様を見た。
「あら、気にかけて下さり感謝致しますわ。大商人の妾に選ばれるほどの女ですもの、それなりに容姿には優れているのでしょう。普通なら夫婦仲に重大な懸念が生じる所ですが……」
「うむ」
「クルト、その給仕たちの容姿はどうだったか教えて下さる?率直に言って良いですわよ」
「はい、申し上げます――――」
不躾と思われるかもしれないが、リーゼロッテ様の顔をじっと見る。なるほど給仕たちは美人ではあった。しかしそれは農民としては、という但し書きがつく。つまりは農作業に追われ日に焼かれ美容に気を使う余裕も(もしかしたらそんな概念すらも)無い中で生活してきた人達と、貴族の子女として幼い頃から美容に精を出してきたのであろうリーゼロッテ様の容姿には、残酷なほどに下地の差があった。それを除いてもリーゼロッテ様の方が美人だけど。イリスが妖精めいた幼さを内包した美の権化とすれば、リーゼロッテ様は大人の女性としての美の極致だ。
「間違いなくリーゼロッテ様の方がお美しいかと」
「胸は?」
そう問われれば不躾と思われるかもしれないが致し方ない、バストも見るしか無いな!なるほど給仕たちは豊満ではあった、しかしリーゼロッテ様のバストはそれにも増して豊満だ。えっすごい、ルルより大きいぞ。1.25ルルくらいある!
「間違いなくリーゼロッテ様の方が豊満でいらっしゃるかと」
「だそうですので殿下、私としては全く問題ありませんわ。年頃の女として負ける気はさらさら無いですし、そもそも仮に手を出したとしても怒りません。血筋を多く残すのは君主の務めですわ。アデーレのように信仰に耽って浮気も許さず自身の性交も極力避け、1人の世継ぎしか残さないなんて事はしませんわ」
「……そうか」
「まあそもそも世継ぎの1人や2人や5人や10人くらい私が1人で産みますけどね。こちとら21年も男日照りで溜まってるんですわ!」
「お嬢様ァ!」
「うっせーですわ!」
額に手をやる殿下をよそに、早速ゼニマール卿が内通の手配を始めた。
「まァともかく、想定される作戦としてはこうだ。クルト、お前騙されてこい」
「へ?」
「トーマスの屋敷に衛兵か近衛兵を忍び込ませておく、そこでトーマスに件の詐欺をもう一度やらせろ。あとは現行犯逮捕だ」
「な、なるほど」
「但し、奴に詐欺の内容を吐かせる所までで良いぞ。絶対に契約書にサインはするな。サインしちまったらそれは詐欺だろうが神の元に為された契約と見做され、俺でも救え
「りょ、了解です。じゃあ帰ったらトーマスさんに手紙書いておきます。"この前の話は感情で蹴ってしまいましたが、よくよく考えたら勿体無い行為でした。もう一度お話を聞かせて下さい" こんな感じで」
「大変結構。んじゃ作戦が決まったら使者を送る、それまでは奴に感づかれないようにな」
会議はこれで解散した。なんか話が大きくなってきたが、トーマスに一発仕返しが出来るのであれば断る理由もない。
だが帰り道、イリスの表情が曇っている事に気づいた。
「どうしたの?」
「……私もあれくらい大きくなるかしら」
彼女は自身のバストを撫でた。そのバストは豊胸運動を経てもなお平坦であった。
「僕は……努力は裏切らないと信じてるよ」
「……そうよね、そもそもひい婆ちゃんがデカいんだから血筋は良いはずなのよ。うんうん、努力×血筋で乗算的に大きくなるはずよね。絶対そうよ」
イリスにはまだ"0" の概念を教えていない。故に知らないのだろう、0に何を掛けても0なのだという事を。努力×血筋×
「……帰ったら日本の数学教えるね」
「それはありがたいけど、急にどうしたの?」
「辛いと思うけど頑張ろうね」
「????」
◆
イリスに"0" の概念、小数点、踏み込んで歩合の数と百分率を教えた。
「これは便利ね」
「でしょ」
「でもやっぱり"0" を使うのはマズいわね、筆算したメモとか残して万一流出したら魔女裁判モノよ」
「そっかぁ……じゃあ暗算で使うしかないか。それでも結構計算速度は上がると思うけど」
「いえ、ちょっと考えてみましょう。多分これ、"0" を使わなくても少数を表現出来るはず」
そう言って彼女は唸った後、紙に数列を書き出した。
「これでどうかしら」
書かれていた数列は以下の通り。
3.①1②4③1
「……なにこれ」
「円周率」
ああ、◯付きの数字を除けば確かに3.141で円周率だ。
「じゃあこの◯付きの数字は?」
「小数点以下って、要するにそれぞれ1/10、1/100、1/1000……の数字が続くわけでしょ。つまり分母が10の累乗になってる。◯の中の数字は、10の何乗かを表してる」
「なるほど?でもこれ煩雑じゃない?普通に書き連ねれば良いと思うんだけど」
「それじゃ"0" が来た時に困るでしょ。でもこの記法なら"0" が来たら◯付きの数字だけを置いて間を埋めて解決出来る。これで表面上は"何かある" 事になって異端と言い切れなくなるわ。例えば1.023ならこう」
書かれた数列はこの通り。
1.①②2③3
「なるほど!?」
「まあこれだと整数に"0" が来る時は従来の記法を使うしかないけど、そっちは慣れ親しんでるから問題ないわね。とりあえずこれで小数点以下の数字は計算が楽になるわ、ありがと。計算早くなりそうだわ」
そう言ってイリスは微笑んだが、僕は罪悪感と敗北感でたじろぐしかなかった。ごめんイリス、"0" の概念でバストを
そんな僕の様子はよそに、イリスは発明した記法で楽しそうに帳簿計算を始めた。
◆
【筆者注】
イリスが編み出した記法は、オランダのシモン・ステヴィン-Simon Stevinが1585年に発表した記法を改善したものです。これが数学史における小数の走りです。彼が編み出した当初はまだ小数点は存在しませんでしたが、約20年後に発明されてイリスが編み出したものと同じ様な形に落ち着きます(ちなみに+や-などの計算記号を発明したのも彼ですが、この世界では既に誰かが発明した模様)。
本作は16世紀中頃を想定していますが、クルトの持ち込んだ現代数学とイリスの知性が合体しちょっとだけ時代に先行した形です。
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