第148話「詐術 その4」*

 数日後。トーマスはクルトと再び会談していた。決裂の翌日「昨日は感情的になってしまい申し訳ありませんでした、よくよく考えたら勿体無い行為でした。もう一度お話を聞かせて下さい」と手紙が来たため、日程を調整して再度会談の場を設けた。


 しめたものである。帰って仲間に相談して尚、詐術を見抜けないとは!


 だがトーマスはそこまで楽観主義者でも無かった。詐術と気づいた上で、詐欺罪のとがで私人逮捕しに来た可能性もしっかりと考え、傭兵を雇い広間の隣の部屋に潜めさせている。その数、15。【名だたる鍋と炎商会】の母体、パーティー【鍋と炎】の人数から割り出した数だ。3倍の数を用意すれば流石に負けはしまい。


 戦闘に及んだ場合、クルトは捕縛してしまえば良い。暴行罪、殺人未遂、そのあたりの咎で私人逮捕が許される。裁判において被告人を出廷させるのは原告の責任なので完全に合法である。そして裁判が開かれるまでの間捕縛し続けるのもまた合法である。


 加えて、提訴時期を延々遅らせつつ捕縛し続けるのもグレーながら合法だ。つまりは捕縛し続け心身ともに弱らせ、その間に示談を迫る事も可能だ。殆ど誘拐のようなものだが、裁判手法としては良くある類のものだ。1週間かそこら倉庫にでも繋いでおき、こちらに有利な条件――――【名だたる鍋と炎商会】会長の座を自分に譲渡する――――で示談させれば良い。


 故にトーマスは内心余裕で会談に臨んでいた。尚、バカ正直に商談を結びに来た可能性も考えて今日用意した給仕は平坦美人だ。


「いやはやクルトさん、この間は気分を害してしまい申し訳ありませんでした」


 トーマスはまず下手に出つつ話を始めた。



「いえいえ、あれは完全に僕の落ち度です。あの程度で感情的になってしまい、自分の短慮を恥じるばかりです」


 僕は申し訳無さそうな笑顔で応える。こちらが逮捕しに来たと悟られていなければ良いのだが。


 2人で奥ゆかしく謝罪し合った所で、早速本題に入った。


「……それで、先日の件ですが。実は感情的になってしまい内容を良く覚えて無くて。それを嫁に話したら酷く怒られましてね、なんて勿体ない事を!と。なので今回は話を良く聞いて来いと言われてしまいまして」

「それはそれは……」

「ああ今回は、すぐにでも商談を結べるようにと全権を僕が持っていますのでご安心を」

「大変結構、それなら話が早い!相場は今この瞬間にも変わりますからなぁ、これ以上高騰する前にすぐにでも結んだ方が良い!」


 トーマスは用意してあった契約書を取り出すが、僕はペンを取り出しつつその手を止める。あと1歩だ、と思わせるためだ。


「ええ、ですが一応もう一度詳しくお話を聞かせて頂いても宜しいですか?」


 僕は嘘が下手だ。なので今回、イリスに指導されながら予め台詞を練習してきた。演技臭いと思われていなければ良いが、と思ったがトーマスは大喜びで説明を始めたので安心する。よしよし。


「勿論ですとも、何も難しい事はありません。貴方は私から市場価格の4%引きで鉄を買う、その資金は年利3%で調達する。考えてみて下さい、3%で4%を買うのですからこの時点でお得!」


 自分でその鉄を短期間で消費出来るなら、ね。


「しかし買って頂く鉄の量は膨大です、使い切れますまい、ですが!貴方はそれを例えば市場価格の2%引きで他人に売りさばけば良いのです。私から買った4%引きとの差、2%ぶん貴方は儲かる!」


 その数値だと3%の年利で収支はマイナスになる。欺瞞ぎまんポイント1。だがもう少し確実にしよう。


「凄い……絶対に儲かるんですね!?」

!」


 よし、詐欺成立。そろそろ仕掛けても良いが、トーマスはそのまま喋り続ける。


「仮に売却先が渋ればこう言いなさい、"僕から買った鉄を市場価格との中間の価格で売れば良いのです" と!」


 マルチ商法詐欺も成立。無駄な罪を増やしてくれてありがとう、もう十分だろう。僕は仕掛ける事にした。


「なるほどぉ……それってその販売経路に組み込まれた末端の人達ほど利潤が小さくなって、最終的に破綻しますよね」

「……何ですと?いいえ、思い違いでは――――」

「あと年利3%で借りて買ったものを市場価格の2%引きで売っても儲かりませんよね」

「……貴様」

「詐欺ですね。聞いてましたね、衛兵さん!?」


 僕は大声で呼びかける。すると広間の扉を蹴破って2人の衛兵が踏み込んできた。豊満給仕の手引で、食材の運搬人に扮して潜入を果たしていたのだ。


「トーマス、全て聞かせて貰ったぞ!御用だ、神妙にお縄につけ!」

「何故衛兵が……さては使用人どもめ、誰ぞ裏切ったな!?ええい構わん、衛兵といえど纏めて殺してしまえばどうとでも隠蔽出来るわ!者共、出会えーッ!」


 もう1つの扉を蹴破って、傭兵集団が踏み込んで来た。即座にフリーデさんが僕の盾となるべく前に立つ。だがこれは豊満給仕の情報提供で把握済みで、ちゃんと増援を用意してあるのだ。僕はそれを呼ぶために、人生で一度は言ってみたかった台詞を高らかに叫んだ。


「ルルさん、ヨハンさん、やっておしまいなさい!」

「はいはーい!」


 広間の窓、この地域では未だ珍しい窓ガラスをぶち破って完全装備のルルが飛び込んで来て傭兵達の度肝を抜く。後に続いたヨハンさんが矢継ぎ早に投げナイフを投擲とうてきし傭兵団の展開を足止めすると、その隙に衛兵が入ってきた扉から近衛兵10人が踏み込んで来る。カエサルさんは近衛隊長の業務からは実質切り離されているようなので、その指揮は副隊長が執る―――――いや、先頭に立って指揮しているのは殿下だった。リーゼロッテ様まで居るし!


「殿下!?」

「こんな面白そうな事、参加するしかェだろ!」

「ですわ!」

「ええ……」

「近衛兵、撃ち方ァ!」

 

 殿下が号令をかけると、横列を組んだ近衛兵たちが拳銃を構えた。制式装備となった、【名だたる鍋と炎商会】謹製の拳銃である。


「撃てッ!」


 轟音が響き、展開が遅れ密集していた傭兵団を鉛玉の嵐が襲った。甲冑を貫かれて5, 6人が一斉に倒れる。硝煙が近衛兵と殿下達を覆い隠した。


「トーマス、ノルデン選定候が摂政ゲッツ・フォン・ブラウブルクが問う!この宝剣が目に入らんか!」


 殿下の声が硝煙の中から響き、鞘走りの音も聞こえたが。硝煙で何も見えない。たぶん、即位式で使った選定候に代々伝わる宝剣を出しているのだとは思うが。


「何も見えぬわ!第一、摂政殿下や近衛兵がこのような場所に居られる訳があるまい!者共、あれは殿下の名をかたる曲者である!出会えーッ!」


 あーあ、硝煙がトーマスに口実与えちゃったよ。傭兵たちは損害におののきながらもプロ意識が高いのか立ち向かって来た。水戸黄門役を奪われた僕はやや不機嫌になりながら、ルルが持ってきた盾を受け取り左腕に装着して銃を抜いた。ちなみにイリスは室内でファイアボールぶっ放すと火事になるので不参加である。今日だけはパーティーリーダーの彼女の代わりに、【鍋と炎】を指揮するのは僕の仕事だ。


「とにかくもう言葉は不要、切り込みますよ!」

「「「了解!」」」


 硝煙を抜けて殿下と近衛兵が飛び出し傭兵団の正面を抑えたので、僕たちはその側面に襲いかかる形になった。


「ルル!」

「はーい!」


 ルルが槍を突き出して傭兵1人を拘束。援護に回ろうとするもう1人の傭兵の剣を、フリーデさんがバックラーで受け止めつつメイスを振る。傭兵はそれを避けるが、足が止まる。その瞬間、メイスを振った勢いのままフリーデさん身体を回転させ僕とスイッチ。至近距離で銃を放つと傭兵は兜を貫かれ絶命した。


 ルルの方を見ると、彼女と相対していた傭兵は互いに甲冑の防護性能を活かして激しい突き合いをしていた。だが傭兵は兜のスリットを狙って放たれる投げナイフを警戒しながらのため動きに精彩を欠く。少なくとももう1人敵が増えれば対処しきれないだろう。


「フリーデさん!」

「承知」


 フリーデさんを参戦させ、僕は盾で彼女の援護に回る。フリーデさんはメイスで正確に傭兵の腕鎧、その蝶番部分を打ち抜くと腕鎧が破壊されて前腕部分のギャンベゾンが露出した。ルルはその袖口を槍の穂先で捉え、全力で横に振った。腕を引っ張られた傭兵は体勢を崩し振り回され、フリーデさんがその足を引っ掛けて転倒させる。勝負ありだろう。


 メイスが兜を繰り返し叩いて無理やり潰す音を聞きながら、周囲を見渡す。他の傭兵は近衛兵と戦闘中だが、既に幾人も倒され崩壊寸前。そして彼らをトカゲの尻尾にするように、トーマスが逃げ出そうとしていた。


「チッ……」


 もう1丁の銃を抜きながら追うが、間に合うか。そう思った瞬間、ナイフがトーマスのふくらはぎに突き立ち転倒させた。ヨハンさんだ。


「ナイス援護です!」

「甲冑相手ならともかく、素肌相手なら仕事しますとも」


 僕は近衛兵と戦闘中の傭兵たちの後ろを通り抜け、トーマスに追いついた。フリーデさんとルルが僕の背後を守るようにして続く。ヨハンさんは僕の隣につき反撃に備える。


「ハァイ、トーマスさん。約束を守りに来ましたよ。殿下と会談しに行きましょう!」

「ま、待て、やめてくれ!カネなら出す、だからどうか見逃してはくれないか!」


 トーマスは尻もちをつき、負傷した足を引きずりながら後ずさった。


「詐欺師の言葉を信じられるとでも?」

「…………チッ」


 トーマスは観念したのか、憮然として両手を挙げた。とうとう諦めたか。……いや、トーマスの目にはまだ希望の光があった。はて何だろうか。このままだと城の牢獄に放り込まれ、示談を呑むまで延々勾留される事になるが。ヨハンさんが口を開く。


「多分こいつ、牢番を買収して脱獄するつもりだぞ」

「そんな事が?」

「可能だ、というか大金持ちはそうやって逃げるもんだ」

「んー……」


 せっかく捕らえたのに逃げられてはすっきりしない。牢番をこちらで買収しておく手もあるが、資本力で劣る以上有効とは思えない。はて何か良い手はないか、と思ったところで閃いた。僕はトーマスの髪を掴んで立たせると、鍋を抜いた。一応後ろを見たが、まだ傭兵と近衛兵は戦闘していた。よし、誰も見てない。


「トーマスさん」

「…………何だ」

「歯、

「は?」


 ぽかんと口を開けたトーマスの右の横っ面を、思い切り鍋で殴りつけた。口から白い物をいくつも飛ばしながら、トーマスは倒れて口を押さえて転げ回った。


「~~~~~~~!!ひひゃ、ひひゃは!ゆひゅひゃへふほ!」


 ……恐らく「貴様、許されんぞ」かな。だがこれでまともに喋れまい、それで牢番を買収出来るなら大したものだ。未だに何事か叫ぶトーマスがうるさい上に、まだ左側の歯が残っていたので鍋で殴って折ると、彼は気絶した。


「これで良し。すっきりした!」

「…………たまにとんでもない事するよな、お前」

「適応力があると言って欲しいですね」


 ヨハンさんには引かれたが、実際これで脱獄は阻止出来たし良しとしよう。第一、裁判するために被告人を原告が連れて行かねばならないという制度が悪いんだよ。こんなの感情で不必要な暴力振るう人居るでしょ。


 ともあれ。


「やっぱり暴力と戦闘力は必要だなぁ」


 暴力は万能ではないが、あると選択肢が増える。それがこの世界の真理なんだなぁと確信する中、傭兵たちも降伏したようで戦闘は終結した。

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