第137話「ビール祭り」*
ビール祭り。ビールに添加するホップの旬が秋なので、この時期に
街は所々に飾り付けがなされ、出店も沢山出ていた。内戦中の祝勝会も賑やかだったが、今回はそれにも増して賑やかだ。ブラウブルク市で醸造されたビールを売ってる店、他の地域のビールを運んできた商人の出店、周辺農村の狩人が持ち込んだ肉で作った串焼き、魚の串焼き、果物屋……と食べ物だけでも種類が豊富だ。さらに酔った市民の財布の紐が緩くなると踏んでいるのか、アクセサリーを売る商人や花売りも居る。
市民たちはこぞって街に繰り出し、飲み食いや買い物を楽しんでいる。そして今日はカップルの姿も多く、公然と手を繋いで歩く者も珍しくない。普段なら眉をひそめられるが、お祭りの場なら許されるという事だろうか。
「凄い賑わいだねぇ」
「厳しい夏も終わって、しかも冬前最後のお祭りだからね」
「冬の間のお祭りは何があるの?」
「年末の
「後者は僕たちの結婚式として、聖綻祭って何?生誕際じゃなくて?」
生誕祭は地球ではクリスマスだ。確かイエス・キリストの生誕を祝って行われる祭りのはずだが。聖綻祭って何さ。聖なる綻び……あるいは聖なる破綻?物凄く嫌な予感がする。
「フリーデさんの方が詳しいわね、これは」
お祭りデートにもしっかり影にように付いてきてるフリーデさんにイリスが話を振ると、解説してくれた。
「はい。救世主と呼ばれる偉大な
「……なんですって?」
「偉大な
「それがお祭りになる意味がわからないんですけど」
「彼は主の顕現……人類の危機に際して主が舞い降り、人類全てを救う事を主に誓わせたのです。その代償として彼は精神を壊されましたが、彼の犠牲で人類は救われる事になったのです。その偉大な献身と救済を祝うのが聖綻祭です」
頭が痛くなる。顕現させちゃダメだよ君たちの主は。というかその
「彼は精神を焼かれながらこう言いました、"主よ、何故私を―――――"」
「フリーデさん、もう良いです、わかりました!」
言わせるかよ!強引に話を切る。楽しい祭りの最中に聞くんじゃなかった。気を取り直して周囲を見渡すと、花売りの少女と目が合ってしまった。
「そこの腰の槍の立派なお兄さん、可愛い彼女さんに花輪はいかが?」
「んんっ」
腰の槍とは男性器の比喩だ。ちなみに僕は今、以前イリスと一緒に注文した新しい服を着ている。そう、コッドピースという股間強調袋がついた服をだ。このコッドピースは股間が強調され落ち着かないばかりか微妙に歩きづらくて少しガニ股になるが、それも含めて「男らしい」との事なので、本当にこの世界の感性が良くわからない。
少女は白い花を結った花輪を手に取る。……なるほど、これは色素の薄い金髪のイリスに似合いそうだ。赤い花のものもあるが、彼女の服は白いシャツとスカートに赤茶のベストという出で立ちだ。ちょっと赤では色が勝ちすぎるかな?
「……じゃあ、その白い方を下さい」
「毎度あり!」
銅貨2枚を支払って花輪を受け取る。
「あら、ありがと?」
「せっかくのお祭りだしね」
イリスの頭に花輪を乗せると、色素の薄い金髪と白い肌と相まって清楚で華やいだ感じになった。平坦なバストも相まって妖精のようなイメージを与える。……うん、良い。とても良い。なるほど好きな人の服装をコーディネートするのって楽しいな。
「支払ったお金以上の価値を感じる」
「ふふ、お世辞とか下心が無い褒め言葉って気持ち良いわね」
「やっぱりそういう男、居たんだ?」
「全員お父さんに血祭りに上げられたけどね」
「それはご愁傷さまだねぇ」
「ま、そのおかげであんたにぶん取って貰えたし、良いんだけどね?」
ぶん取るように仕向けたのは君なんだけど、とは言わないでおいた。彼女は僕の手を取る。
「さぁ、夫婦楽しく祭りを楽しみましょ!」
◆
持参したジョッキに出店でビールを注いでもらい、串焼きを頬張りながら街を練り歩く。僕は
イリスはソーセージに串を打ったものと白ビール、フリーデさんはビールとパンを楽しんでいる。
「そういえば牧師ってお酒飲んで良いんですね。……っていうかビールにパンって小麦に小麦では?」
「酒に溺れなければ飲酒は大丈夫です。ちなみにパンは救世主の肉、ビールは飲む救世主の肉と言われているので何も問題はありません」
「へ、へぇー……ちなみにその理由は?」
「救世主が大酒飲みだったからです。ちなみにワインは救世主の血と呼ばれます」
だめだこの世界の宗教、堕落するような仕組みになってる。救世主にあやかって酒をガバガバ飲む人は多いんじゃないかなぁ……。
「あ、大道芸やってるわ」
「見ていこうか」
イリスが人だかりを指差す。僕たちもそこに加わり、イリスは背が低いので僕が肩車して見る事になった。大道芸は奇術の類だった。ロングソードを丸呑みしたり、帽子の中に入れた金貨を消してしまったり。
「お客様がた、大変です!私めの金貨が消えてしまいました、これでは明日から生きてゆけませぬ!どうかお慈悲を!」
大道芸人がそう言うと、見物人たちがおひねりを投げた。僕も小銅貨を投げてやる。彼はそれを拾って帽子の中に入れると、次の瞬間にはおひねりが綺麗さっぱり消えてしまった。
「お客様がた!!大変です、おひねりが!!」
これには笑ってしまう。仕方ないなという苦笑と共に再びおひねりを投げるが、彼はまたそれを消してしまう。何度かこのネタを擦った後、飽きたのか見物人が「いい加減にしろ!」とナイフを投げつけた。ぎょっとするが、大道芸人はそれを指先で挟みとるとジャグリングを始める。そしてナイフを投げた男が次々とナイフを投げながら近づき、2人でジャグリングしながらナイフを投げ合う芸を始めた。なるほど、仕込みだったのか。
「……ねえあれ、ヨハンさんじゃない?」
「えっ。……本当だ」
ナイフを投げた男はヨハンさんだった。何やってるんだ。聞き慣れた声の声援が聞こえたのでそちらを見ると、ルルが居た。近づいて声をかけてみる。
「ねえルル、ヨハンさん何やってるの」
「何って大道芸で小銭稼ぎですよー。因みに相方の方は冒険者ギルドの新人さんです」
「ええ……」
「見習いの収入じゃ装備整えるのにも苦労しますからねー。結構こういう副業やってる人いるらしいですよ?技能があればですけど」
「な、なるほどなぁ。……でもヨハンさんはそんなにお金に困ってないんじゃ?」
「何でも気になる女の子がいるとかで、お付き合いするのにお金が欲しいって言ってましたよ」
「おー、ヨハンさんにもそんな話が……」
そうこう話しているうちに、大道芸は盛況のうちに終わった。僕も銅貨を投げてやる。大道芸人(冒険者)とヨハンさんはそれを拾って分前を等分すると、ヨハンさんがこちらに来た。
「おっ、なんだクルトたちも見に来てたのか」
「ええ。ちょっとびっくりしましたけど」
「まあ戦闘技能っつーのは何かと活かせるもんだ。腕自慢相手に模擬戦をやってカネを取る剣術士なんてのも居るぞ。探せば冒険者ギルドのベテランもそういう事やってるんじゃないかな?」
「そういうのもあるんですねぇ……」
なんというか、やっぱりこの世界の人達は逞しい。あらゆる手段でお金を儲けて生きていこうとする姿は見習わねばならないが。
「んじゃルル、飲みに行くか!」
「はーい!」
ヨハンさんはルルを連れ立ってどこかへ行ってしまった。その手はルルの肩にさり気なく置かれている。
「……これはもしや?」
「かもねぇ」
ヨハンさん、がんばれ。僕は心の中でエールを送った。
再び街を練り歩いていると、ヨハンさんの言った通り冒険者が営む出店はそこかしこにあった。ヴィルヘルムさんの射的屋(上手い人を冒険者に勧誘してる)、【サイネリア】の模擬決闘の見世物、【氷の盾】は水樽を凍らせてビールを冷やす仕事……。なおマルティナさんは拳闘をしていたが、すぐに衛兵がすっ飛んできたのであれは見世物ではなくただの喧嘩だろう。衛兵が来るまでに3人の男が打ちのめされていたが。
「何というか自由だね皆!」
「私もちょっと驚いたわ、今まで見てたものの一部が冒険者による物だとは思ってなかったわよ」
「……次は僕たちも何かやる?」
「私は火芸になるけど、あんた何か出来る?」
「…………鍋で殴る事、かな」
「「…………」」
スキル無しってつらい。
「まあ、別に祭りで稼ぐ必要もないでしょ。普段銃売ってれば良いんだし」
「それもそうだねぇ」
ちなみにエンリコさんは祭りに繰り出してくる貴族相手に、銃の実演販売をやってくれている。手伝おうかと思ったが、「若者は楽しんで来い」と送り出してくれた。ありがたい事だ。
「エンリコさんにビールでも差し入れに行こうか」
「そうしましょうか。私串焼きでも買ってくるわ」
エンリコさんに差し入れを持っていき、その後も祭りを楽しんだ。べろべろになって家に戻り
「イリス?」
「……したくなった」
「ええ……落ち着こう、フリーデさん居るんだよ?」
「私は地下室で寝てますのでお構いなく」
「何でこういう時だけ思いやり発揮するんですかねぇ!?」
「とっとと腰の槍出せーッ!」
「ああーッ!?」
僕の腰の槍は食われた。
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