第135話「銃の製造風景」

 エンリコさんの話は続く。


「ところで、だ。ヴィムが抜ける事によってもう1つ問題が発生する」

「何です?」

「銃身製造用の鋼板が外注になり、原材料価格が上がる」

「どういう事です?」

「まあこれは見た方が早い、明日にでもヴィムの工房に行こう」


 良くわからないが、そういう事になった。



 翌日、ヴィムの工房にやって来た。


「やあ悪いなヴィム、ちょっとクルト君に鋼板の作り方を見せてやってくれ」

「わかりました」


 ヴィムはそう言うや工房の中にある、何やら機械に繋がれたハンマーを操作し始めた。


「これ、外の水車と繋がってる。ギアを噛み合わせてやれば……」


 ヴィムはレバーを操作した。すると、ハンマーが自動で動き、鉄床を一定のリズムで叩き始めた。物凄い音だ。


「――――」

「何!? 聞こえない!」


 ヴィムが何か言っているが、水力ハンマーが奏でる轟音で声がかき消されてしまうのだ! ヴィムは顔をしかめると、僕の耳元で叫んだ。


「これで! インゴットを! 叩き伸ばす!」


 そう言うや彼は大きなやっとこ(ペンチのようなもの)で鉄のインゴットを掴み、炉で熱してから水力ハンマーで叩き伸ばし始めた。みるみる内に分厚いインゴットが平たく延ばされてゆく。


「おおー……やっぱり機械の力って凄いな……」


 分厚いインゴットがちょっと硬めの粘土のように形を変えてゆくのは見てて面白い。しかし、何故僕はこれを見学させられているのかわからない。するとエンリコさんが僕の耳元で叫んだ。


「あれよ、ヴィムの工房にはあってウチには無いものは! 水力ハンマーが無いと! 鋼板が作れないんだ!」

「人力じゃ難しいって事ですか!?」

「そうだ! 人力で形を変えられる小型インゴットでは! 銃身を作れるほど! 大きな鋼板が作れない!」


 なるほどね!! 理解はしたが、ハンマーと耳元の叫びの2重攻撃で耳がおかしくなりそうだ。


 やがてヴィムは、インゴットがゆるいアーチを描いた鋼板の形になると水力ハンマーから動力を切った。


「エンリコさん、どうぞ!! おたくの工房分です!!」

「ありがとう!!」


 ハンマーの轟音は無くなったとはいえ、まだ耳が麻痺しているので2人は叫ぶようにして会話している。エンリコさんは鋼板を受け取ると、工房を出た。


「これを、うちの工房で切り分けて使う!! 今はヴィムに委託しているが、彼の手が塞がったら別の工房に頼まにゃならん!!」

「それで原材料費が上がるんですね!!」


 なるほど理解出来た。――――エンリコさんの工房に戻る頃には、大分耳が治ってきた。


「――――で、だ。ここからが本題なのだが、原材料費以外にも問題があってな。ついでだからこの後も製作風景を見ていけ」

「わかりました」


 仮にも銃を製造する商会の主なのだ、製造方法を知らないのはまずいだろう。そういう訳で、僕は引き続き見学する事になった。



 まずイーヴォさんが鎚を振るい、棒鉄に熱した鋼板を巻きつけていく。


 彼がそうしている隣で、エンリコさんが点火機構や引き金周りの部品を作っている。鉄板を金鋸・ノミ・きりを駆使して切り出し、鎚とヤスリで所定の形に整えてゆく。


 さらにその横でフーゴさんが木とにらめっこし、木目を読んで台座の形に切り出し、彫刻刀やヤスリで形を整えてニスを塗ってゆく。


 この間、弟子たちは鉄板を押さえたり道具を受け渡したり、或いは買い物に出かけたりと補助を行っている。彼らは10歳の男の子と12歳の女の子で、狭い工房内を縫って走り回るのにはその小さい体躯が有利に働いていたが、成長すればそうもいかなくなるだろう。エンリコさんが僕を見た。


「気づいたか? 一家3人程度で働く事を想定していたからな、この工房は弟子を加えるとやや狭いのだ」


 何となくだが、エンリコさんが何を意図して僕に一連の光景を見せたのかわかってきた。水力ハンマーが無い。狭い。――――工房を水車が利用出来る場所に新設・移転しないかと言っているのだ。


「検討に値しますね、これは」

「ありがたい、ぜひ前向きに検討してくれ」


 急ぎではないのだろう、彼はそれっきり作業に戻った。工房の新設となるとかなりのお金が必要になるだろうが、生産力を上げればそのぶん儲けも大きくなる。銃は当面売れるだろうから、投資としては悪くないように思える。


 考えている間にも銃の製作は進む。ある程度部品が出来上がると、今度は炉の火を強くする。炭を燃料にし、ふいごで風を送って火勢を強くする。ふいごは足踏み式で、弟子たちがせっせと汗を流しながら踏んでいる。遠巻きに眺めている僕たちでも暑いのだ、炉の近くで運動してる彼らはもっと暑いのだろう。


「そういえばヴィムの工房ではこういうふいごを見たことない気がしますね」

「ああ、あそこはふいごも水車動力のを使ってるんだろ。欲を言えばあれが欲しい、火勢管理の人員が減るからな。……それにこの作業をやるとこの後弟子たちがバテて使い物にならなくなるが、それも無くなる」

「商会長さぁん、水車買って下さーい!」


 弟子の1人がひいひい言いながらそう叫んだが、即座にフーゴさんに叱られた。


「口動かす元気があるんならもっと脚動かせ!火勢足りてねえぞ!」

「うええ……」


 弟子が滝のような汗を流しながらふいごを素早く踏むと、火勢が強くなってきた。所定の温度になったようで、フーゴさんはペースダウンを命じる。弟子たちは疲労困憊といった様子だ。……弟子が可愛そうだし、移転は真面目に検討すべきだな。


 フーゴさんは火ばさみで出来上がった部品を掴み、火にかけていく。そして熱された部品を油に入れて冷やす。これは焼入れという作業だ。高温になった鉄を急速に冷やすと、硬くなるらしい。また、板バネの形状と反発力を適切にするためにも必要な作業とのことだ。


 いくつもの部品をそうして焼入れすると、フーゴさんが油桶に手を突っ込んだ。


「ぬるくなったな。おーい、注ぎ足してくれ」

「はいはい」


 イーヴォさんが別の油桶を持ってきてちょろちょろと注ぎ入れ、いい感じの温度になったところでストップがかかり、再び焼入れ作業が始まった。


「あの油、気温が高い時はどうするんです?」

「ああ、小さいが地下室があるんだ。そこで冷やしてる」


 冷蔵庫が無いからそうするしか無いのか。あるいは氷魔法が使える人が居れば解決するのかもしれないが。……なお僕は1発しか魔法を撃てないので、ほとんど手助けにならない。悲しい……。


 一通り焼入れが終わると、今度は火勢を落として再び部品を熱してゆく。これは焼き戻しという作業で、比較的低温で焼いた部品をゆっくり冷やす事で鉄を柔らかくする作業だ。こうすると粘りが出て強靭になるらしい。熱された部品は箱に入った灰の上に置いて空冷。部品ごとに必要な粘りが違うので、部品ごとに火勢を落としながら焼き戻していく。ヴィムの話でも思ったが、その温度はフーゴさんが火の色と肌感覚で判断しているので職人技だ。


 部品が冷え切るまでの間は休憩タイム。軽食をつまんだ後は弟子たちは疲労困憊で昼寝した。その後は部品を磨いて鏡面仕上げにして1日の作業が終わった(弟子たちは半分寝ながら磨いていた)。後日組み立てと最終調整をして銃が完成する。


 ちなみに炉は燃料を節約するために数日に1回しか火入れを行わず、ある程度部品が溜まってからしかやらないそうだ。


「なるほど、設備が足りないっていうのは良くわかりました」

「足りない訳じゃないんだが、効率がな」

「広さは増築でどうにか出来そうですけど……水車が欲しいんですよね」

「欲を言えばな」


 そう言うエンリコさんの口調はやや消極的だ。はて、提案してきたのは彼なのに何故だろう。


「もしかしてお高い?」

「うむ。川に隣接した土地は職人がひしめき合ってるからな、相応に高くなる。それに水車も高い、普通は村に1つあれば良いようなもんなんだ、それを独力で買うのは結構なカネが飛ぶ」

「川沿いに移転するとなると新築になりそうですけど……水車込で値段感はどんな感じです?」

「新築で水車付きなら金貨100枚はいるなぁ。……ちなみに中古ならアテがあるぞ、跡継ぎがいない職人がそろそろ引退を考えてるらしいんだが、その工房なら水車つきで金貨50枚で譲るらしい」


 金貨50枚。大金には変わりないが、殿下から銃の製法伝播でんぱの対価として金貨100枚を貰っているので払える金額ではある。


「買っちゃいます?」

「問題があるとすれば、その工房は狭いんだ。だから焼入れ・焼戻し専用に買うようなもんになるな」

「あー……ちょっとコスパが悪いですね。そのためだけに買うのは……」

「うむ。それにギルドを作るなら、執務室も欲しい所だしな……まあこれはわしが職人のツテで聞いただけの物件だ、他にも良い物件があるかもしれん。不動産屋で聞くのが良いかもな」

「そうしてみます」


 十分な広さがあり水車付きで、さらに執務室も置けるような物件が欲しい。それにこの工房もそうだが、職人とその家族の居住スペースも必要だ。現状でも回るには回っているので購入の優先順位は低いが、調べてみるとしようか。


 一先ず、弟子たちにお小遣いを与えて風呂屋に行かせ(お釣りは自由に使って良いと言ったらめちゃくちゃ喜んでくれた。かわいい)、今日は退散する事にした。

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