第134話「職人と冒険者 その2」
僕はエンリコさんに事情を話し、職人としての才能があるかどうか見てもらった。ハンマーを握らされ、鉄板を叩く。部品の端をヤスリで丸める。完成した部品を磨く……慣れない作業を一通りこなし、それを見たエンリコさんの評価は。
「手首から先の器用さが絶望的に足りない」
「ええ……」
「いや凄いぞ、ここまでダメな見習いは始めて見た。何でハンマーを真っ直ぐ当てられないんだ?」
「結構前に同じ様な事を殿下にも言われましたね、刃筋が立てられないって!」
「不器用なのか手首がゆるいのかはわからんが、とにかく最も基本的な作業である
「マジですか……」
「それにヤスリがけも力が一定じゃないし、削る範囲も制御出来てないし、弟子としての単純作業すら任せられんぞ」
ボロクソである。
「……ええと、結論としましては」
「才能皆無」
職人転職への道、途絶! いや、いっそ清々しいが。このテストなしで冒険者を辞めて、後から才能無しと判明するよりはよっぽど良い。そう思わないとやってられない。
「しかしまあ、どうするんだこれ……冒険者引退した後、ギルド長と参事になるにしても他の収入源は必要だろうよ」
「そうなんです?」
「あれらは無給だぞ」
「……そうなんです!?」
ギルド長は役員報酬、参事は議員みたいなものだから議員報酬があると思っていたのだが。
「どちらも基本的には
「まあその点僕は商会からの上がりがあるので良いですが……」
「そこは救いではある。とはいえ商売というものは厳しい、保険として何かメシの種は他に用意しておくべきだとは思うぞ。製造関連は絶望的だから……そうだな、学を身につけるのは悪い話ではなかろう」
学問かー。あまり勉強は好きなタチでは無かったが、エンリコさんの言う通り他にメシの種が無いというのは憂慮すべき事態だ。
「具体的には?」
「大学に行く。算術が出来れば市や商人の会計士になれるし、宗教方面に秀でていれば牧師にもなれる。あるいは博士過程に進んで研究職という手もある」
「な、なんかどれもピンと来ませんね……」
「まあ急いで決める必要は無い、社会を見て回りながら色々と道を探ってみれば良いさ。職人は絶望的だが」
「絶望的連呼するのやめて頂けます?? ……ってそうだ、こちらの人手不足の問題も未解決でしたね。ヴィムはああいう事情ですし、協力が仰げない事は理解しましたけど……」
「いや、それも急いで解決しなくて良いぞ」
「へ? でもヴィムが銃身の製造やめちゃったら、僕らの銃生産が完全に滞るんじゃ?」
「生産量は減るが、停止はしないぞ。なんせ銃、職人1人でも作れるしな」
……聞いてないんだけど!
「そもそもうちはわし、フーゴ、イーヴォの3人体制だ。個々人はヴィムの生産速度と精度にこそ敵わんが、銃身製造は誰でも可能だ」
「先に言って下さいよ!」
「考える事も訓練の内だ。因みにどうやって解決するつもりだった?」
「職人見習いって一生親方になれずに終わる人も多いって聞いたので、適当な鍛冶師見習いを高給で雇おうかなと」
「まあなびく奴はいるだろうな。だが実際に人を引き抜かれる鍛冶屋と揉めただろうな、それは」
「ですね……。まあ、雇った弟子たちが育つまではエンリコさんとイーヴォさん投入するしかないですよね。弟子たちが一人前に育てば変わりますが」
「時間制限付きだがね」
「どういう事です?」
「どうって、職人なら自分の工房を持ちたいと思うのが普通だろ。高給貰い続けて雇われ職人続けるより、独立開業したいと考える奴の方が多いぞ。しかも銃職人を増やすのは殿下肝いりの政策だ、親方の枠は余裕があると考えるだろうしな」
「……えっ。じゃあ弟子たちもいずれこの工房を離れて独立するんです?」
「そうなると思うぞ」
いかん、価値観が違う。会社に勤めてそこで一生を終えて安泰、という考えではないようだ。それはつまり、高給を与えてもそれが丸々開業資金になってしまう可能性があるという事だ。そうでなくとも、育成した人材が流出していく事を意味する。
「それって僕たち、めちゃくちゃ損では?人材育成にコストかけてもいずれ独立されちゃうんだったら」
「そんな事はないぞ?人材は流出するが、縁は残る。特に我々はギルド長なのだ、自分たちの息のかかった職人がギルド内に満ちれば権力の維持が楽になる」
「そ、そういう事かぁ……」
ギルドシステム内だと、弟子を独立させる……
「……勉強になります」
「これからもどんどん勉強していこうな、商会長殿!」
エンリコさんにばしばしと背中を叩かれながら、僕は肩を落とした。
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