第133話「職人と冒険者 その1」
僕はヴィムの工房にやって来た。鎚の音が響いてる。いつもより音が少ない気がするな?
「ヴィムー、居るー?」
「……ん。いらっしゃい」
鎚の音が消え、ヴィムはすぐに出てきてくれた。いつもは引っ切り無しに鎚の音が響いているのに、どうしたんだろう。とりあえずは本題から聞き出すとするが。
「親方昇進が決まったんだって?おめでとう!」
「ありがとう。代わりに銃身の納品量が減りそうで申し訳ないけど」
「一応理由聞かせてくれる?」
「うん。座って」
促されるままに座り、テーブルを挟んでヴィムと向かい合う。
「どこから話そうかな……。そもそもうちの工房は、親父が死んでから親方が空位だったんだ。今までは兄弟子たちが代行で仕事を回してたんだけど。……まあ彼らとしては、自分が親方になるんだって気持ちだったんだろうね。でも僕が親方に内定した事に怒って出て行っちゃった」
「あー……それで」
道理で鎚の音が聞こえなかったわけだ。今まではヴィムと会っている間も彼らが仕事をしていたが、居なくなってしまったのか。
「これは半分愚痴だけど。彼ら、僕を親方にさせないために僕に仕事を回さなかったりしたんだよ。何も作らなければ技術が落ちるからね。だから居なくなってくれて半分清々してる」
「職人の世界も大変なんだねぇ……」
「親方の数は制限されてるからね、理解は出来るけど。まあ暇なぶん僕は銃身の製造に全力を注げたから良いんだけどね」
「なるほど、じゃあこれからは甲冑師としての仕事がメインになるから、銃身だけ作ってた時の生産量は維持出来ないと」
「そういう事」
うん、これは仕方ない。引き留めようがない、何せ彼は甲冑師としての栄達を手に入れてしまったのだから。ヴィムの技術は素人の僕からしても高いものに思える、遅かれ早かれこうなったのだろう。引き止めて銃身だけ作らせるというのは酷な話だ。
「取り敢えず生産力取り戻すために新しく弟子を雇おうかと思うんだけど、何せ僕16歳だからね。集まるかわかんないし育成にも時間がかかる。だからどう頑張っても以前の生産量は維持出来ない」
「それは仕方ない……でも16歳で親方昇進っていうのは凄いんじゃ?例外なの?」
「例外。実は銃身製造の合間に親父の技術の再現もやってたんだけど、それに成功したんだ。部分的にだけどね。それともう1つの技術を以て親方への昇進を認めて貰った」
「鉄の温度と魔力抵抗の関係、わかったんだ!」
「うん。取り敢えず1層付呪の難易度が下がる温度はわかった。それとその副産物で、甲冑のブルーイングが安定して出来るようになった」
「ブルーイング?」
「これ」
そう言ってヴィムは1つの腕鎧を取り出した。全体が黒みがかった青色だ。何かを塗った感じではない。鉄そのものが青いような印象だ。
「綺麗だ……これ、塗装じゃないんだ」
「焼入れの温度だけでこの色を出してる。焼入れすると鉄の色が変わる事は知られてたけど、その温度を正確に突き止めて、全体を任意かつ均一な温度で焼く技術を確立した。この技術は世界で今、僕しか持っていない」
薄々感じていたけど、やっぱりヴィムって凄い奴なのでは? ちなみにこの世界で温度計を見たことはない。特に高熱を測定出来るものなんて存在しないだろう、つまりは火の色と肌感覚だけで正確に温度を測定している事になる。本当の職人技だ。
「多分親父も気づいてたとは思うけどね。親父は魔力反発の方に注目して、こっちは切り捨てたんだと思う。実際これは色が変わるだけで特段性能は変わらないし、頷けるんだけどね」
「でも魔力反発の方と併せて画期的な技術なんでしょ?それで親方昇進が決まったんだね」
「うん。……本当は親方になるためには遍歴しなきゃいけないんだけど、今この技術を持った僕が遍歴したら他の地域にこの技術が流出するでしょ。だからブラウブルク市甲冑師ギルドは例外的に親方昇進を認めて、遍歴させず市に僕を留めおこうとしたみたい」
技術系の職人は故郷を離れて2年以上遍歴修行し、その地域の親方に一人前と認められなければ故郷で親方になれないらしい。本来は他地域の技術を持って帰らせる事が目的のようだが、今回はこの市から技術を流出させないための例外措置というわけだ。
「まあ、16歳は流石に若すぎるからって理由で実際の昇進は20歳になってからだけどね。他の地域の技術は知りたかったから残念ではあるんだけど。あと昇進まで僕が作る甲冑は一々甲冑師ギルドで品質検査を受けなければ売れないし、面倒」
「まあそれでも親方になれるんでしょ?相当狭き門っぽいし、良いんじゃない?」
「まあね。……話を戻そうか、それで銃身の方なんだけど。今はまだ甲冑の注文が無いから良いけど、来ちゃったら完全に滞る」
「現状、1人で甲冑全パーツ作らないといけないんだもんね……。それは仕方ないや。でもどうしよう、早めに手を打たないと銃の生産が停止しちゃう」
「罪滅ぼしとして、言ってくれれば銃身製造の教育は無償でやるよ」
「ありがとう。じゃあ人材探さないとなぁ……」
「君でも良いんじゃない?」
「僕が?」
それは考えたこともなかったな。
「……ちなみにどれくらいで一丁前の銃身作れるようになる?」
「基礎が全く無いなら、3年は欲しいかな」
「さ、3年かぁ……」
「まあ即座に使い物にはならないにせよ、良い選択肢なんじゃないかな。だって職人は冒険者と違って命の危険は無いし」
「それは……そうだね……」
安全な城壁を出て、命を掛けて戦う冒険者。安全な城壁の中で製造業をやる職人。前者は死ぬ危険性は孕んでいるが、時たま大きなお金が手に入る。後者は、銃に関して言えば今は冒険者以上に儲かる。だが今後、銃が普及した時にどうなるかはわからない。クロスボウ職人のイリス一家が食っていける程度には武器製造は儲かるのであろうが、製造に関して何の下地も無い僕がポンと参入して太刀打ち出来るかは未知数だ――――ヴィムは3年あれば良いと言うが、それは技術がモノになればの話なわけで。
「うーん、じっくり考えてみる事にするよ」
「それが良いと思うよ」
ヴィムと別れ、思案しながら帰路についた。
◆
イリスと向かい合い、事情を話した。
「まあ、どっちも博打よね」
「だねー……」
「技術がモノになるんなら、冒険者として稼いだお金、それに当面商会から入ってくるお金を食いつぶしながら職人として訓練するのは悪くないと思うのよ」
「うん」
切り詰めれば、1人あたま金貨1枚で1年は暮らせる。僕とイリスの2人でなら、3年の訓練期間に必要な資金は最低金貨6枚。今の手持ちと当面の収入見込から換算すれば、楽に満たせる額ではある。
「まあ、あんたはそれで良いとして……正直、私は冒険者続けたいのよね」
「何で? 命の危険があるのに?」
「自分で稼いだお金で魔法の研究したいから」
「僕の収入からそれを援助するとしたら?」
「あら、魔法書1冊がいくらするかは知ってるでしょ? それをポンと出せるような腕利き職人になってくれるの?」
「……か、確約は出来ないかなぁ」
「でしょ。気持ちはありがたいけどね」
そうは言っても、冒険者もそう長くは続けられない職業だ。いつかは収入源を別軸に移さねばならない。その選択肢として、職人になるというのは魅力的だし、なるならば早い方が良い。中年に差し掛かってから新しい技術を覚えるのは辛いんじゃないかと思う。
「……気になるなら、才能があるかどうか調べてもらえば良いじゃない」
「そんな事出来るの?」
「私のお爺ちゃんを何だと思ってるのよ、150年は職人やって、何人も弟子を送り出してきたんだから。人を見る目は確かなはずよ」
エルフの血族凄いな! だがそれなら信じて良さそうだ、人間なら教育に携わってもせいぜい60年が限界な所を、150年も人を見てきたのであれば、才能の有無もわかるかもしれない。僕は早速、エンリコさんに事情を話に行く事にした。
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