第132話「商会の問題」*

 工房に顔を出すと、エンリコさんたちはせっせと銃を作っている所だった。


「ただいま戻りました」

「おう、お帰り。遠征終わってすぐに顔出すとは良い心掛けじゃないか。てっきり明日来るもんだと思ってたよ」

「一応商会長ですので」

「自覚が芽生えたのは良い事だな。じゃあ早速、この1ヶ月の経過報告から始めるとしよう」

「お願いします」


 すぐに顔を出したのは正解だったようでホッとする。明日に顔出してたら軽くお説教されてたかもしれないな。エンリコさんは常駐責任者であると同時に商売の大先輩(御年200歳以上、職人歴150年だ)なのでその動き方は学んでおかねばならない。


 彼が説明してくれたのは以下のような内容だった。


・フリントロック式は1年先まで予約が埋まった

・スナップロック式も9ヶ月先まで予約が埋まった

・スナップロック式については新しいフィードバックあり

・改善案あり

・生産量が低下する可能性がある


「売れまくってますね……」

「うむ、大儲けだ。だがフィードバックと改善案は君が決裁する必要がある問題だ」

「詳しくお願いします」

「殿下からのフィードバックが届いたのだが、曰く"スナップロック式は騎兵用として不適格。改善案を求む" との事だ」

「どういう事です?」

「以前からわかっていた事だが、スナップロック式は発砲の直前に手動で火蓋を開けてきってからじゃないと撃てないだろ。それが高速で移動する騎兵にとっては、火蓋を開けてきって狙いを定めている間に、風や衝撃で火花や点火薬が吹っ飛んじまう事が多くて不発率が高いらしい」

「あー……それで、もう改善案は出来てるんですよね?」

「うむ、これだ」


 そう言ってエンリコさんは新型の銃を出した。火蓋の付近に絡繰りが付いている。


「火打ち金が打たれると同時に、絡繰りで自動で火蓋がスライドして開く仕組みだ。少なくとも点火薬が吹っ飛ぶ可能性は低くなる」


 確かにこれなら引き金を引いたその瞬間まで火蓋は閉じたままだ。画期的なのでは?


「凄いじゃないですか。それで、僕の決裁が必要というのは?」

「まず構造が複雑化したんで値段と納期が上がる。我々の取り分そのままだと金貨2枚になるな。生産量は熟練しても月10丁が限界だろう」


 現在スナップロック式の値段は金貨1枚と銀貨30枚、生産量は熟練してきたため月15丁にまで上がっていたが……。


「これを生産しようとすると、スナップロック式の生産とかち合う。既に予約してる者に希望を聞いて追加料金を支払ってもらい改善版に切り換えるとして、全員が改善版を求める訳では無いだろう。そうなると我々は2つの生産ラインを抱える事になり、両方の生産効率が落ちる」

「とりあえずスナップロック式の希望分だけ生産して、それから改善版の生産に切り換えるというのは?」

「妥当ではあるが、改善版の納品が遅いと殿下の不興を買う可能性があるし、何より……銃職人を増やす計画を実行中という事を忘れていないか?」

「あー……。彼らがこれを思いついて、シェアを奪われる可能性があると?」

「そういう事だ。まあ誰がいつ思いつくかなんぞわからん、我々が改善版の生産を始める前に思いつく奴が出るかもしれないし、誰も思いつかないかもしれない。こればかりはわからん」

「新製品の販売を禁止しておく、というのは」

「まだギルドを結成してないから権限が無い。……これは私の手落ちだったな、銃の製法を教える際に契約内容に盛り込んでおくべきだった」

「僕も思いつかなかったので同罪ですよ。……うーん、どうすれば……」


 いっそこの時点で全て改善版の生産に切り替え、追加料金はこちらで負担する、という事も出来る。僕たちの取り分はそれに耐えられるだけ確保してあるが、儲けは大幅に減る。さてどうしたものか。


「いっそ人を雇って生産力を上げるというのは?」

「力技だが、実はもうやっている。弟子を雇った。今は買い出しに行ってるがね」


 弟子というのは職人見習いで、衣食住を親方に保障してもらう変わりに無給で働く人たちの事だ。子供である場合が多いとか。


「それでも間に合わない、と?」

「無理だな。今現在の生産力は、我々がそれぞれ一人前の職人としての基礎があるから維持出来ているものだ。何の基礎もない彼らが生産力に寄与出来るのは数年後だろう。今やらせてるのは小間使だけだ。それでも効率は少し上がるから馬鹿には出来ないがね」


 商会の面子は、それぞれが職人だ。その基礎があるから銃という新製品を難なく作れている。例えば素人の僕が生産に関わろうとしても、見様見真似ではパーツの1つ作るのにも苦労するだろう。教えてもらおうとすれば、その間は教育係の仕事が滞る。そして商会は未だ教育に人を割けるだけの人員は居ない。これはダメだ。


「ううーん、手詰まりですね……」


 僕は頭を悩ませているが、エンリコさんは余裕そうだ。……何か腹案があるのかな?そしてそれを僕に教えないということは、これは試されてる……もとい教育なのか。もう少し考えてみよう。


 状況を整理してみよう。


 まず僕たちは殿下からのフィードバックに応える必要があり、改善案はある。しかしそれをスナップロック式と同時に生産しようとすると生産力が落ちる。即座に改善版の生産に切り替えると収入が減る。かといってあまりに改善版の納品が送れると殿下の不興を買う。不興を受け流してのんびりスナップロック式の生産を続けていると、銃の製法を教えた職人たちが改善版を思いつき、シェアを奪われるかもしれない。


 ……うむ、自分が打った策に自分が絡まる形になっているな。せめて銃の製法を教える策さえやっていなければ……と思った時、頭の中で何かが繋がりそうになる感覚を覚えた。


「ちなみに、銃の製法を教えた職人たちの様子はどうです?」

「殆どが元クロスボウ職人だ、基礎の面で問題は無い。銃身の鍛造だけやや苦労しているが、もう一丁前に銃を作れる者も出始めたよ」

「……彼らってもう仕事受けてます?」

「知る限りでは、まだ無い」

「それだ、それですよ」


 閃いた、彼らを使えば良いんだ。エンリコさんもニヤリと笑った。恐らく正解なのだろうが、言語化してみよう。


「彼らにスナップロック式の注文を流してしまえば良い」

「妥当に思う。もちろん、我々【鍋と炎商会】のブランド名が欲しい者も居るだろうから、顧客に確認を取る必要はあるがね。だが我々が売っているのは武器だ、いつ必要になるかわからないから常に手元に置いておきたいのが武器だ。早く納品されるのならそちらの方が良い、という者は多いだろう」

「ちなみに、新しい職人たちが作るスナップロック式の売値はどれくらいになりそうです?」

「金貨1枚と銀貨10枚程度だろうな。我々のは銃身をヴィムから、台座と引き金回りをフーゴから仕入れてる都合上、彼らの手数料ぶん高くなる。だが単一の工房で全てを生産する新規職人の製品は手数料ぶん安くなる」

「……なら僕たちのとの差額、銀貨20枚を仕事紹介料として彼らから徴収すれば実際の売値を均質化出来る?」

「それでは彼らの生活が成り行かん、せいぜい銀貨5枚という所だろう。だが差額を縮めようとする発想は良い、価格差でシェアを奪われる可能性は減る」

「良し、これで行きましょう。スナップロック式希望者に"多少安くなるので新規職人の作品でも良いか" と確認を取り、良しと言った人のものを銀貨5枚の紹介料で新規職人に回す。これでスナップロック式は早くさばけるし、新規職人も早速仕事が回って来て喜ぶ」

「仰せのままに、商会長殿」


 エンリコさんはわざとらしく頭を下げた。わかっていた癖に。だがこれは良い教育だった、他の人や他の工房を使うという事を覚えたぞ。


「……あれっ、ところでもう1つ問題がありましたよね。生産量が落ちるかもって言うのはこれとは別問題です?」

「別だ。……ヴィムが"本業の方が忙しくなる" との事で銃身の納品量が一時低下するらしい」

「一体何があったんです?」

「甲冑師親方への昇進が内定したらしい。まあこれは本人から聞いてくるのが良いだろうよ」


 ヴィムが親方に!それは喜ばしい事だが、一体何があって急にそうなったのか、確かに本人から聞くのが良さそうだ。僕はエンリコさんに礼を告げ、ヴィムの工房へと駆け出した。

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