第131話「遠征終了」*

 臨時ギルド本部に【鍋と炎】の歓声が響いていた。


「「「イヤッホォォォォォウ!」」」


 領主から人狼討伐の追加料金の支払いが決まり、ギルドの手数料を引いて金貨1枚と銀貨19枚がパーティーに支払われる事になったのだ。フリーデさんを除いて等分すると1人あたま銀貨16枚(端数はパーティー共有資金に入れる)、日本円にして16万円以上である。それが毎年、10年間支払われるのだ!


「んじゃ飲みに行くわよ!皆付いてきなさい、たる1つは私達のおごりよ!」

「「「Fooooooooooooooooo!」」」


 イリスがそう言うと、そこに居たギルド団員達からも歓声が上がる。その後は大きめの酒場を借り切ってビール樽を買い上げ、冒険者ギルド遠征組全員での酒盛りとなった。


 しかしイリスがこういうお金の使い方をするのはちょっと意外だったので尋ねてみる事にした。


「良かったの?」

「むしろこれは必要経費よ。私達がお金持ってるのは皆に知られてる訳だし、変に貯蓄してねたそねみを買うのは損よ。適当に奢っておいてそれを阻止しておくのと同時に、恩を売っておく意味もあるわ」

「あー……。いざという時に協力してもらうため?」

「そういう事」


 イリスとの婚約をもぎ取った裁判では、ヴィルヘルムさんとマルティナさんはギルドの利益はあったとはいえ、半ば若者への厚意で協力してくれたのであろう事は予想がつく。裁判に駆けつけてくれた団員達もそうだろう。また協力してもらえるように奢って会話して顔を繋いでおくのは重要そうだ。


「これ、商会でも同じだからね?あんたが音頭取るのよ?」

「そうだね……覚えておこう」


 【名だたる鍋と炎商会】はまだ銃の販売会の成功を祝った宴会しかした事がない。会合は定期的に行っているがそこでは仕事の内容しか話し合わないし、節目節目や大口の契約が決まるたびに宴会を開くのも良いかもしれない。銃職人ギルドが結成された時もそうだろう。まあこれはエンリコさんがやってくれるだろうが。


 ともあれ宴会は大変な騒ぎになり、噂を聞きつけた芸人や吟遊詩人もやって来て賑やかな宴会になった。



 それから数日後、ついにヴィースシュタイン市での「遠征」が終わり、帰路につく事になった。この遠征の目的は「市や君主に養われた冒険者の良さを広める」事であったが、市民達の反応は上々だそうだ。何せ半公営なので依頼料が安い上に狼藉ろうぜきを働かない。モンスターを駆逐して生活の安全は守られたが今度は冒険者に生活の安全を脅かされました、という事態が起きないのは大きい。


 ただヴィースシュタイン領主は今回山賊討伐と人狼事件で財布を開く事になったので、実際に公営冒険者ギルドが設立されるかどうかは不明との事だ。領主の仕事は治安維持だけでは無いので、そこだけにお金をかける訳には行かないのだろう。


 ともあれ、好意的な目で市民達に見送られながら僕たちはヴィースシュタイン市を出発した。道は往路と同じだ。だがその近くで、何か作業している1団があった。草刈りをしているように見える。


「あれは何してるんだろう?」

「ああ、道路建設だそうですよ」


 答えてくれたのはドーリスさんだ。彼女は馬車に揺られ荷物番をしている。僕たち【鍋と炎】はその護衛だ。


「今我々が通っている道を拡張する予定があるのですが、工事で塞がれてしまうとブラウブルク-ヴィースシュタイン市を繋ぐ道路が無くなってしまいますので、その迂回うかい路の建設から始めているようです」

「なるほど」


 今通っている道は馬車が1台通れば塞がれてしまう程度の広さしかない。拡張工事するとして、片側交互通行すら出来ないのだ。だから迂回路を作るのか。


「まあ草を刈って踏み固めて、余裕があれば砂利を敷くのがせいぜいでしょうけどね」

「へえ……ちなみに今通ってる本線の方はどんな感じになるんです?」

「馬車二台ぶんの幅になるそうですが、石畳を敷いて排水路まで確保するとか」

「それは凄い」


 この地域、とにかく道が悪い。砂利が敷いてあれば良い方で、土がむき出しだと雨が降れば泥濘でいねい化する。しかも馬の大集団が通るとひづめで深く掘り返されてさらに泥濘が深くなる。それが石畳を敷いて、排水路まであるとは画期的だ。これらの問題からすっかり解放される事だろう。


「まあ今年は迂回路の半分でも作れたら上々、程度でしょうけれどね」


 全部人力だもんなぁ。


「時間かかるんですねぇ」

「それにノルデン選定候領は降雪地帯ですからね。早ければ10月末には降り始めますが……通常は12月から2月が雪の季節ですね。そうなれば工事は全部中断です」

「ワオ……因みに雪解けはいつ頃なんです?」

「平年は3月頃ですね。長ければ4月になりますが。まあ然程積もる地域ではないですが、寒いので今のうちに冬服を準備しておくと良いですよ」

「それはもうばっちりです、イリスに言われたので」

「良いお嫁さんを貰いましたね」


 ドーリスさんがそう言って微笑むと、イリスが胸を反らせた。未だに平坦である。まあ2、3週間の筋トレではそんなものだろう。だが何となく、尻がキュッと上がった気がする。元々尻は胸に反して豊満な方だったが、うむ……これは良い。


 因みにパーティー全体の戦闘能力もちょっと上がっている。僕とルルは甲冑を着ても疲れづらくなったし、ヨハンさんは投げナイフの威力が上がった。イリスは動きが機敏になり、自衛程度だった杖術もキレが出てきた。フリーデさんの筋トレ指導に感謝だ。なおフリーデさんは筋トレでパンチの威力が上がったらしい。それでも改宗パンチの威力はマルティナさんに劣るらしいので、ベテラン戦闘牧師って怖い。というか戦闘牧師って何なんだ。


「そういえば戦闘牧師って、昔は戦闘の前面に立って戦死するのが使命とか言ってましたけど、本当にそれだけのために編成されてるんですか?」

「いえ。元はと言えば、開拓村で村をモンスターから守るために、聖職者にも戦闘力が求められたのが始まりと言われております。祈って逃げてくれる訳ではありませんからね、モンスターは。殴り殺してわからかいしゅうせねばなりません」


 牧師が祈りの効果を否定しちゃって良いのかいと思いつつも、割とまともな起源で安心する。異教徒を殴り殺すためとか言われたらドン引きしていた所だ。


「あとは布教の際に疎まれて異教徒に殺される可能性もありますからね、その時に1人でも多くぶち殺すかいしゅうするためにも戦闘力は必要です。タダでは死にませんよ私達は」


 ドン引きである。



 山賊を討伐した地点の捜索に1日費やしてから帰途を再開し、9月の4週目にブラウブルク市への帰還を果たした。ビール祭りは3日後かららしいので、それまでに放ったらかした商会の仕事を消化しないとな。荷降ろししてひとっ風呂浴びてから、僕は商会に顔を出す事にした。

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