第130話「皮算用」*

 ブラウブルク市、同名の城にゲッツとリーゼロッテの高笑いが響いていた。


「「ムッハハハハハ!ムッハハハハハハハハハハハハー!」」


 道路建設の件が予想以上に上手く事が運んだ事もあるが、高笑いの理由はそれだけではなかった。道路敷設予定地を測量師と山師で構成される調査団に調べさせていたのだが、彼らがその途上にある川辺で休憩していた所、偶然にも砂金が発見されたのだ。元々水量に乏しい上に、水質が悪く農地の灌漑かんがいにも不適であったために誰も利用する者が居ない川であり、手つかずというのも美味しかった。しかも選定候直轄地である。


「続報が楽しみですわね」

「全くだ」


 砂金は金鉱脈が水の侵食作用で削られて形成される場合が多い。という事は件の川の上流に金鉱脈がある可能性が高い。現在調査団は道路そっちのけで鉱脈調査にあたっており、続報が待ち遠しかった。


「これで通貨発行が捗るな……」


 ノルデン選定候は通貨発行権を持っていた。本来であれば神聖レムニア帝国においては皇帝にしか許されぬ権利である。だが過去のノルデン選定候が皇帝に対し多大な貢献を果たし、その対価として与えられた権利である。だがこれはお飾りの権利であった。


 というのも、ノルデン選定候領は金山が無いので金貨を作るには金を買い付けねばならない。銀山も無かった。おまけに銅山も無い。あるのは鉄鉱山だけだ。よって自力で発行出来るのは鉄貨だけであるが、これはサビて目方が減る(つまり貨幣価値が維持されない)のであまり流行っていない。


 かといってせっかく貰った皇帝と同等の権利である、面子と権威のために使うべきだ。そういう訳で歴代選定候は何とかして金銀銅を買い集めて独自通貨を発行していたのだが、これは大きな負担であった。しかし金山があればこの労苦から解放される。


「取らぬ狸のなんとやらですが、どう使います?そのまま金貨発行に充てます?」

「それが一番財政負担が減りそうだが……ここは専門家に話を聞くとしようか。おーい、ゼニマール卿を呼んでくれ」


 程なくして財務大臣たるゼニマール卿がやって来た。事情を話すと、彼は手もみしながら話し出す。


「金で銀を買い付けて銀貨を発行するのが宜しいかと思います」

「ほう。その心は?」

「金貨は貯蓄用、日常の商取引に使うのは銀貨ですので、その流通数を増やせば商取引が活性化するかと。それに金価格は下落しますので、金貨を発行して自領内に流すよりは他領に流した方が得です」

「なるほど」


 リーゼロッテは頷くが、ゲッツは疑問符を頭上に浮かべる。彼は大領主としての教育は受けておらず、せいぜい騎士領を運営する程度の知識しかない。特に経済については今まで動かされる側であり、動かす側の知識は皆無であった。明確に実力不足であるが、そこで部下に丸投げせず自分も理解に努めようとするのは美点と言えた。


「詳しく説明してくれ」

「はい。そもそも通貨に使われる貴金属は、希少であるが故に価値があると見做されております。ですので新たに金鉱脈が発見されれば希少性が下がり、金価格は下落します。ここで考えてみて下さい、今の金貨1枚と、金鉱脈が発見された後の金貨1枚では後者の方が価値は下がりますね?」

「それは理解出来る。……ああなるほど、金貨を発行するよりは他領に流した方が良いってのはそういう事か」

「はい。無論金貨を発行しても損はしないでしょうが」

「んじゃあ銀貨を発行すべきッつーのは?」

「通貨発行数が少なければ通貨が希少になるため価値が上がり、人々は商取引するよりは通貨を貯蓄する事を選びます。逆に通貨発行数が上がっていけば価値が下がるので、貯蓄するよりは何か別の物に換えてしまう――――つまり商取引ですね――――方が得と考えます。特に日常の商取引に使われる銀貨においては効果が大きいかと」

「なるほど、それが商取引が増加する理由か」

「左様で御座います」

「ついでだ、具体的なやり方も聞こうか」


 ゲッツがそう言うとゼニマール卿はにんまりと笑い、ろくろを回し始めた。


「まず金を他領の銀と換え、それを銀貨として発行します。この時点では発行された銀貨は殿下の懐に入るだけで何も経済効果はありません、故に市場に流す必要があります。まあ公共事業が宜しいでしょうね、ただしその支払いがどんなに高額でも金貨ではなく銀貨で支払うのです。こうすると銀貨が市場に回ります。すると銀貨の流通増加に気づいた商人達は銀貨を物に換え、経済が回ります。そこを関税でいくらかかすめ取れば、ああ殿下、貴方様は2度美味しい思いが出来ます!」


 ゼニマールは卿はほとんど恍惚とし、涎を垂らさん勢いである。恐らく今説明した流れの中に自分の一門を絡ませ、儲ける算段をつけているのだろう。


「つまりだ。銀貨を発行すれば俺は使えるカネが増え、さらに関税でバックもあると。最高じゃねェか」

「左様で御座います!」

「質問よろしくて?」

「何なりと、リーゼロッテ様」

「よくよく考えれば金貨を発行しても同じ事ではなくて?金貨の価値が下がれば金貨を物に換える動機が生まれ、それどころか額面が大きい分銀貨より効果が高いのでは?」

「いいえ、その場合単純に金貨を銀貨に換えるだけで済んでしまいます。金貨の価値は下がりますが銀貨の価値は変わりませんので。むしろ、それによって銀貨の不足が起きるため商取引は停滞するかと」

「なるほど……私もまだ考えが浅いですわね、専門家の話は聞いてみるものですわ。もう1つ、この政策に弊害へいがいはあるかしら?」

「ふーむ……まあ、騎士や小領主はさらなる苦境に立たされるでしょうなぁ」

「あー……」


 ノルデン選定候領の人口は8割から9割が農民である。彼らを直接支配するのは騎士だ。その徴税方法は地代で、しかもそれは銀貨による永代契約の場合が殆どだ。「毎年銀貨◯◯枚(永久にこの価格で固定)支払うので、この土地は我が家が永久に使わせて貰います」という契約が過去になされ、現在まで続いている。


 しかし近年、神聖レムニア帝国内で銀山開発が進み銀価格(つまり銀貨価値)が下落した結果、その固定された地代の価値が下がってしまったのだ。具体的に言えば、ここ300年で銀貨価値は半分にまで下落している。それはつまり、騎士の地代収入が半減した事を意味する。これが騎士没落の第1要因であった。


 よって、新たに銀貨を発行し価値が下落すると、さらに騎士の収入が減る。


「まァ騎士どもを没落させて中央集権化するのは規定路線だ、構わん」

「とはいえ猶予は必要でなくて?盗賊騎士化されても困りますし」


 盗賊騎士とはフェーデ権を悪用し、決闘・誘拐(身代金目的)で生計を立てる騎士の事である。食い詰めた騎士がなる場合もあれば、最初から悪意を持ってなる場合もある。


「マジで貧乏な方には、その領地を殿下が買い上げて差し上げる措置があっても良いんじゃなくて?こちらは領地が増えて中央集権が進む、向こうは現金を得て新たな事業を始める準備が出来る、と。悪い事は無いですわ」

「そいつァ良さそうだ。んで、それでも食い詰めそうな奴は……宮廷騎士として雇っちまうか。綺麗にまとまりそうじゃねェか」


 無論、金鉱脈が本当に存在するのかわからない現在、これは取らぬ狸の皮算用である。しかし皮算用をしている時が最も楽しいのも事実であった。


「「「ムッハハハハハ!ムッハハハハハハハハハハハハー!」」」


 城に3人の高笑いが鳴り響いた。


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