第129話「豊胸運動と告解」*

 イリスの豊胸運動。バストアップのために胸周辺だけを鍛えるのかなと思っていたが、「身体全体を引き締める事で相対的にバストを大きく見せるのです」と言い出したフリーデさんが全身を鍛え始めた。まあ、わからなくもない理屈ではある。


 だがわからないのは、【鍋と炎】全員も参加するハメになった事だ。ヤクザ化したフリーデさんが「お前らも見てないで参加せんかい!」と言い出し、全員で筋トレに励む事になった。


「1つ伏せては!」

「「「「胸のため!」」」」


 奇妙な掛け声と共に腕立て伏せ。ゆっくり伏せて、素早く身体を持ち上げる。非情にきつい。因みにフリーデさんも一緒にやっているので、その点で指導者に文句も言えない。


「1つ伏せては!」

「「「「胸のため!」」」」

「胸にしか興味ないんかい!1つ伏せては――――クルトさん!」

「えっ……き、筋肉のため!」

「次ヨハンさん!1つ伏せては!」

「投げナイフのため?」

「筋肉に疑問符はいらん!もう1回追加!1つ伏せては!」

「投げナイフのため!」


 掛け声が謎だ。しかし疑問を飛ばすと回数が増えるので何も言えない。


「腕立て終わり!深呼吸10回、次腹筋!」

「ひぃ……」


 1番きつそうなのは1番筋力が無いイリスだ。しかし今の彼女はバストアップという崇高な目標を帯びて心が折れる気配はない。頑張ってくれイリス、僕も頑張るから。……あれっ、おかしいな。奇妙な連帯感が芽生えた気がするぞ。付き合わされてるルルとヨハンさんも満更でもなさそうだし。


 結局、全身しごき上げられた僕たちには「苦痛を共にした」という連帯感が生まれていた。まあ実際苦痛だけではなく実益もある。騎士と僕たち平民の差は基礎的な身体能力だ。結局僕たち平民は身体を全く鍛えていないか、農耕など仕事に使う筋肉しか鍛えていない。それに対して騎士は戦闘のために全身を鍛え上げている。その差を埋める事は絶対に無駄にはならないだろう。



 そして筋トレが終わってへとへとになった後、思い出したかのように告解が行われた。優先順位がおかしい気がするのだが―――――いやイリスのバストアップは元を正せば僕の精神のためなので間違ってはいないのか?いや間違ってる気がするな。もう訳がわからない。


 ともあれ告解自体はまともなものだった。教会の1室を借りてフリーデさんと向き合うと、彼女に僕があの村で視たものを言うように促され、思い出す。


「古代の戦士っぽい人とか……訳のわからないモンスターとか……そういうのが見えました」


 思い出せば身体が震えてきた。まだ序の口だというのにこれである。その先を思い出す段になったらどうなるのだろう。だがフリーデさんは察したのか、僕を抱きとめながら優しく諭してくれる。……やっぱり誰かの抱擁って気持ち良いし落ち着くな。あと質量って凄い。


「まだその先は思い出さないで下さい。まずはその見てしまった魂たちだけに焦点を絞りましょう」

「はい」


 そっと身を離したフリーデさんが質問を続ける。


「何故、それらを怖いと感じたのですか?」

「えっ……」


 そういえば、何故あれらを怖いと感じたのか。冒涜的だと感じたのか。考えたこともなかった。


「……沢山死者が居たんだなって思うとそれだけで怖い、とは言えそうです。特に得体の知れないものは……」

「確かに気分が良いものではありませんね。他には?」

「その死者の上で普通に生活してたんだなって思うとぞっとします。今僕たちが居るこの場所にも、見えないだけで誰かの魂があると思うと……」

「ふむ、確かに得体の知れないものや見えない所に何かある、というのは恐ろしいですね。ですが、クルトさんが見た魂たちは貴方に何かをしてきましたか?」

「いえ、ただそこにたたずんでいただけです」

「であれば害はありませんね。例えば私達が道を歩く時、その土の下に姿こそ見えませんが虫くらいは居るでしょう。知らずに踏み殺しているかもしれません。ですがそれらを気にする事はありますか?」

「あー……気にした事はありますけど、いつの間にか忘れてしまいましたね。気にしてもしょうがないやって」

「そういう事です。虫には確かに命があります、名も姿形も知れずとも。ですが鑑みる事はありません。究極に敬虔けいけんな方は気にしてるかもしれませんけどね。……それに比べて魂は既に死んでいて、しかも我々に干渉する事も、我々から干渉する事も出来ません」

「だから恐れるなと?」

「はい」


 やや強引な気がするが、確かにそう思ってしまうのが良いように思えた。気にしても仕方無い類なのだ、あれは。……気づけば震えは止まっていた。フリーデさんは優しく笑う。


「1つ乗り越えましたね。実際に心の底から納得して消化するにはまだ時間はかかるでしょう、ですが今はこれで十分です。ゆっくり、進めて行きましょう」

「はい。……ありがとうございます」

「告解を受けるのは護衛以前に牧師としての仕事ですからね、気にしないで下さい」


 そう言ってフリーデさんは立ち上がった。今日の告解はここまでだ。まだの恐怖は取り払われていないが、1歩前進したのは確かだ。彼女の言う通り、ゆっくり進めて行くべきだろう。今日はもう少し疲れたし。半分くらい筋トレのせいだけど。


 ともあれ、告解の効果が実感出来たのは良かった。宗教から生まれた心理療法だが、結構効果あるんだな。信仰心があればもっと効果があるのかもしれない。


 ……ああ、宗教の意味がちょっとわかってきた気がする。不安を取り除く、それが宗教の意味なのかもしれない。現代日本とは違い常に死の危険があり、生活を保障するものが何も無いこの世界には必要なものなんだ。死ぬのは怖い。今日の生活が明日壊れるかもと考えると怖い。だから心の支えが要る。恐怖を乗り越えるための杖、それが宗教の役割なのか。


 ――――その後は休暇となり、イリスと一緒にのんびり過ごした。翌日からはクエスト、筋トレ、休暇、折を見て告解――――というローテーションを組み、ヴィースシュタインでの日々は過ぎていった。


 悪夢の頻度は日に日に下がっていった。

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