第127話「処刑執行」*

 夜中だというのに教会に集められ、しかもそれが嫌疑をかけられていた冒険者の提案だという事で村人たちの反応は好意的とは言えなかった。眠そうな子供も居る。しかし全員が集まった。……薄っすらと霧が教会内にまで入り込み、蝋燭ろうそくで照らされている。


 説教壇に立つのは僕とクンツ様だ。彼には既に種を明かしてある。にわかには信じられぬ、という回答だったが銃とフリーデさんの圧力で無理やり納得させた形だ。……村人の殺害許可は取らなかった。代官として出せるわけがないからだ。余所者に殺害許可を出したとあらば上司たる領主、さらに村人から糾弾されるし、彼自身に村人の殺害を委ねようにもそれなりの正当な理由を挙げ、村人を納得させねばならない。そして僕は村人が納得するような理由を提供するつもりもないし、そもそも出来もしない。


 なのでこれは「村に入り込んだ冒険者が勝手にやらかした事」として処理してもらう。「一応は止めようとした、だがどうやら冒険者の言い分が正しいとわかったのでそれに加担した」という形にするのがベストであろう―――――というのが、種明かしを聞いたイリスの見解だ。無論クンツ様に内示は出来無いが、聡明ならそう動くであろう、と。


 そういうわけで、「やらかす」事を前提とした【鍋と炎】は完全武装でこの場に臨んでいる。それについて今の所クンツ様は異議申し立てしていないので、意図は伝わっていると信じたい。


「夜中にも関わらず集合ご苦労。この集会の目的は1つ、この冒険者達は"人狼を見分ける手段を見つけた" と言う、それを聞くためである」


 クンツ様はそのように言葉を紡ぎ集会を始めた。村人達から不満の声があがる。


「余所者の言葉を信じるんで?」

「彼は……このクルトは、実際ルッツを人狼と見破ってみせた。その言葉には聞く価値があると判断する」

「クンツ様、先程雷のような音が聞こえましたが……あれは何です?人狼の断末魔ですか?」

「冒険者が使った武器の音だ」

「これですね」


 僕は銃を抜いてみせる。民兵達がびくりとする。


「確実に人狼を殺せます」


 そう言うと、村人達がざわついた。……別に教えてやる必要はないが、この反応だけで人狼が割り出せたらな、という希望があった。出来ればルッツさんの正体を見破った方法は使いたくないからだ。


 ……だが現実は非情だ。疑念や不信の色こそ読み取れるが突飛な反応をする者はいない。そもそも50人近く居るのだ、それぞれの表情を分析するのは無理があった。結局やるしかないのだ。


「ふーっ……」


 覚悟を決めるために深呼吸する。イリスが僕の左手を握ってくれた。……ありがたい。


「では、始めます。皆さんはそのまま」


 僕は覚悟を決め、鍋に蓄えた魂を1つ消費した。ナイアーラトテップから授かった、魂を見る外法の魔法だ。


 一瞬視界が歪み、青白いものが視界を満たす。魂だ。村人たちの間を埋め尽くすように、或いは床に半分埋まるようにして無数の魂が見える。古代風の戦士や動物に混じり、異形の者達が見える。大きなアメーバもいる、そういえばあれはルッツさんの正体を見破った時にも見えたな。あれは浴場の方から伸びていた気がする。そうだ、温泉は岩の割れ目から湧いてくるんだったな。その割れ目はきっとあのアメーバが叩きつけられて出来たに違いない。殺したのはあの肉塊かな、きっとそうだ。ははは読める、読めるぞ。


「クルト」


 イリスが手を強く握り、思考の坩堝るつぼから引き戻してくれる。彼女の魂は身体と完全に一致して美しかった。


「ありがとう」


 小さく会釈し、村人たちに向き直る。を見つけるために。……ああ、見つけた。4匹居る。人の身体の中に狼の形をした魂が。その狼たちは一様に悪意に歪んだ目をしていた。ああ、読めるぞ。何で人狼ゲームをかたどったような回りくどい殺し方をするのか。1日に1人しか殺さないのか。そこに合理性なんて無いんだ、人狼はただそのように作られているだけなんだ。悪意で人を混乱させ恐怖に囚える、ただそれだけのために作られたんだなお前達は。その目の奥に創造主の嘲笑ちょうしょうが見える、ナイアーラトテップの嘲笑が!顔が無いのに確かに嘲笑っている!やっぱり人間が混乱するのを見て楽しむだけに作ったんだな!


「見えましたか?」


 フリーデさんが尋ねてくる。


「ええ、見えましたよ!にあるものも全部ね!いや読めたって言った方が良いんですかね、とにかく理解しましたよ全て!」

「人狼の顔も覚えましたね?」

「ええ覚えました、でもその奥の顔は、ああ無貌むぼうってそういう事なんですね、理解――――むぎゅ」


 突如、視界が覆われた。あっ、これ僧服に覆われた革鎧だな。そしてその奥に確かな質量を感じる――――フリーデさんのバストだ。彼女が抱きとめて僕の視界を塞いでくれたのか。


「ならもう十分でしょう、視界が元に戻るまでこうしていましょう」

「はぁい……」

「はぁいじゃないんだけど??」


 イリスがげしげしと僕の脚を蹴ってくる。確かなバスト質量と痛みで思考が元に戻る。……危ない、あのまま見続けていたらもう正気に戻れなかったような気がする。あれは魂を見るだけじゃないんだな、もっとまで見れるのか。やっぱり濫用厳禁だなこれは。とりあえず、危険を察知してバスト介入してくれたフリーデさんには感謝しておこう。


 フリーデさんのバストから顔を引き剥がすと、もう視界は元に戻っていた。村人たちは怪訝な目で僕を見ていた。だがそれを無視し、僕は彼らの中から4人を指差してゆく。


「あの人と、あの人と、あの人、あとは……あの子です」

「……本当なのだな?」

「はい」


 2人の男、1人の女性、そして1人の子供。それが今看破した人狼だ。意外な事に、村長さんの奥さんはここに含まれて居なかった。という事は、人狼は本当に人に気づかれずに人を殺す事が出来るのか。それも恐らく一瞬で。その方法が分からない以上、動かれる前に仕留めねば。


 クンツ様が、僕が指差した4人を立たせた。これで標的を間違える事はない。


「この者らが人狼という事で良いのだな?」

「はい」

「ちょっと待って下さい、一体何の証拠が!?」


 人狼の1人がそう憤慨する。クンツ様は頷く。


「冒険者よ、証拠の提示を要求する。それが納得の行くもので無い限り、彼らを処刑する事は誰も納得しないだろう」


 クンツ様は一瞬僕の目を見て、そしてすぐに逸らした。「言うことは言った、やれ」の意か。


「そうだそうだ!何を根拠に俺が人狼だと言うんだ!?名誉に賭けて裁判を――――」


 そう叫んだ男の頭が弾けた。僕が銃を放ったのだ。


「きゃあああああああーーーーーーーーーッ!?」

「野郎、いきなり……ヒッ、狼……!?」


死んだ男の身体が狼へと変化する中、しゃがみ込む者、逃げ出そうとする者で教会内は大混乱に陥った。悲鳴や怒号が飛ぶが、それを無視して【鍋と炎】が襲いかかった。


「人狼がどうやって人を殺すのかわかりません!一先ず触れられないように!」

「「「了解!」」」


 まず逃げようとした女性の人狼を、ヨハンさんが投げナイフで攻撃した。脚にナイフが突き立ち転げる。即死こそしなかったが逃亡は阻止。ルルが仕留めに向かう。


 残るは男性1人と子供1人。男性は覚悟を決めたのか、逃げ惑う村人を押しのけこちらに向かってきた。彼に触れられた村人の腹が裂け即死した。――――やっぱり触るだけで殺せるのか!


「どうしてこんな事に……どうしてどうしてどうして!我々は気高き人狼!矮小なる人をあざけり知略で殺す者!それがこうも一方的に見破られ狩られるなど!」

「相手が悪かったな!」


 向かってくる彼に向かってスナップロック式拳銃を放つ。―――――放たれない!


「あれっ!?」


 確かに火打ち石を取り付けたアームハンマーは当たり金を叩き、火花は散ったはずだ。なのに何故――――霧か!点火薬が湿気ったのか!?


 再装填している暇は無い。鍋を抜きつつ盾を構えようとするが、男の手が僕の顔に到達する方が早そうだ。咄嗟にバックステップするが、突進する彼の方がスピードに乗っておりすぐに追いつかれそうだ。まずい。


「させません」

「ぎゃあっ!?」


 瞬間、男の手が吹き飛んだ。横薙ぎに振るわれたメイスが、伸ばされた男の手を砕きながら打ち払ったのだ。フリーデさんの護衛。


「助かりました!」

「それが我が使命なれば」

「ぐうっ……どうして!主よ、わが主よ、どうして私達をみす」


 男が続きを紡ぐ前に、フリーデさんのメイスが彼の頭を砕いた。周りを見やれば、先程ヨハンさんが脚にナイフを打ち込んだ女はルルが仕留めていた。残るは子供の人狼だけ。その子は震えながら、母親だろうか――――女性に抱かれていた。クンツ様が近づく。


「……奴らの言葉の正しさはわかったであろう、その子を離せ」

「おやめ下さいクンツ様!きっと何かの間違いです!この子が、この子が人狼だなどと信じられません!」

「怖いよ、お母さん!」


 親子は抱き合って泣き始めた。狡猾な演技だとわかっているが……あれを引き離すのは、辛い。だがやらねばならない。クンツ様が躊躇うなら、僕が。せめて強引な手段を取った償いとして、その辛い役目を引き受けねば。そう思って近づいた所、クンツ様と目が合った。そして彼は母親を殴り飛ばし、子供は床に放り出された。


「許せ」

「あっ……」


 そして剣で子供の喉を刺し貫いた。その身体が狼のそれへと変わってゆく中、母親が絶叫する。


「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」

「恨むなら私を恨め。だが多数の民を守るために少数を切り捨てるのは青い血の責任であり、義務である」


 クンツ様は苦虫を噛み潰したような顔でそう言い捨てた。そして彼は僕達に向き直った。


「冒険者達よ!貴様らは私の許可無く処刑を断行し、我が権威に傷を付けた!死罪にも値する狼藉である!」


 民兵達が身構える。まずい、人狼もろとも僕たちも始末する事にしたのか!?――――だが彼の言葉には続きがあった。


「……だが最小限の被害で人狼を討伐した功績は認めよう。よってその功績で以て罪を軽減し、村からの永久追放とする!直ちに立ち去れ!」


 今は夜中である。今村から追い出される事は、獣やモンスターが跋扈ばっこする野外に放り出される事を意味する。本来であれば村で1晩明かしてから村を出るべきであるが――――僕は村人達の視線に気づいた。恨みに満ちていた。ああそうか、人狼とはいえ信頼していた仲間を殺された事には変わりないのだ。この村で安全に1晩過ごせるとは思えなかった。ならばこれは、クンツ様の面子を保つのと同時に、僕たちへの配慮なのか。


「……承知致しました」


 僕たちはクンツ様に頭を下げ教会を立ち去った。そして急いで荷物をまとめ、村を出た。……霧はすっかり晴れ、満月が天高く登っていた。



 村から離れた所で野営した後、僕たちはヴースシュタインの臨時ギルド本部へと戻った。事情をヴィルヘルムさんとドーリスさんに話す。


「……災難というか何と言うか。取り敢えずご苦労さま、そして生還おめでとう。だがこれは問題発生だなぁ」

「どういう事です?」

「致し方ないとはいえ代官無視しての処刑断行……これはこっちで守ってやるから安心しろ。だが"狼討伐の依頼を受け、人狼を討伐した" ってのはちとまずい」

「ダメなんですか?」

「ああ君たちに瑕疵かしは無いよ、こりゃ向こうの問題だ。これを許しちまうと"低めの脅威度で依頼を出して、依頼料を低く抑える" って事がまかり通っちまう。まあ村人が発見したのが偵察隊で、群れ本隊はもっと大きかったとか、見間違えはあり得るからね、よくある話なんだが。その場合は後から上乗せした料金を請求すれば済む、が」

「……が?」

「人狼は伝説級のモンスターな上、そもそも冒険者ギルドに依頼を飛ばす……飛ばせるような類のモンスターじゃないんだ、前例が無い。そのくせ脅威度はやたら高い、料金はいくらでも釣り上げられる。どうしたもんかね」

「そのう、良心的な価格に抑えられませんかね」


 シュタインヒェンバーデン村は小さく、まともな産業は温泉しか無い。それに今回の事件で7人の村人を喪ったのだ、支払い能力には限界がある。あんな悲劇に見舞われた村からお金を搾り取るのは気が引けた。


「ダメだ、可能な限り引き出す。……クルト、そういう良心は捨てた方が良いぞ。というかもう少し考えな、ここで譲歩したら"ああ、不当に低い料金で冒険者を使っても良いんだ" と思う奴が出る。それは俺たち冒険者を危険に晒す事になる。不当にな」


 ……そういう事になるのか。そこまで考えていなかった。あの村人達が苦しむのは心が痛むが、それ以上に僕の仲間――――冒険者が苦しむのも許しがたい。僕が提案したのは、その仲間たちを苦しめる事に他ならないのだ。視野狭窄に恥じ入る。可能なら両方とも笑顔になって欲しいが、この世界はそういう風には出来ていないのだ。なら僕が切り捨てるべきは、村人たちだ。


「……まあそう深刻になるなよぉ、あの村はヴィースシュタイン領主の代官地だ。料金請求は領主様にするさ。そもそも1つの村で払いきれる金額にはならないだろうしね」

「……そうですか。なら……」

「まあ領主様がどこからカネを絞り出すかは知らないけどね。自分の金庫を開くのかもしれないし、もしかしたらシュタインヒェンバーデン村に重税を課すかもしれない、そこはわからないさ。まあせいぜい祈りな。或いは考えるのをやめて綺麗さっぱり忘れろ」

「わかり、ました……」


 僕たちは臨時ギルド本部を後にした。……祈れって言っても何に?もうナイアーラトテップは明確に信仰して良い対象ではないとわかっている。では忘れるか?あの出来事を?仕方なしとはいえ村を引き裂いた事を?……悩んでいると、イリスが腕を絡めてきた。


「背負いすぎ」

「そうかな……?」

「そうよ。あんたは恩寵受けし者ギフテッドって言ってもただの人間には変わりないんだから。鍋の勇者とか言われてるけど、実態は英雄の気質は欠片もないなんだし」

「ちょっと傷つくなぁ!夢見させてよ!」

「その夢で心が潰れるのをが許すと思う?質問するけど、究極的にあんたが背負わなきゃいけないもの、最も大切なものは何?」


 僕はこの世界でブラウブルク市民で、冒険者で、商会長で、そしてイリスの夫だ。最も大切なものは……


「君だ」

「よろしい。だから他のものを背負おうとしないで。それで潰れないで」

「……わかった。ありがとう」


 イリスはにっこり笑った。その笑顔はとびきり可愛かった。世界で一番可愛いだろう、少なくとも僕にとっては。


「で、もう一つ質問があるんだけど」

「何かな?」

「フリーデさんの胸の感想」

「えっ」

「少なくとも落ち着きはする心地よさだったのよね。感想詳しく聞かせて?」

「…………君の胸が一番だよ?」

「答えになってないわね?」


 僕はイリスをはぐらかし続け、それを見たルルとヨハンさんが「あらまあ」とニヤニヤし、フリーデさんがバストを寄せ上げた。晩夏の空は雲ひとつなかった。

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