第122話「それぞれのデート」*

 翌朝風呂屋で身を清めたところ、耳寄りな情報を手に入れた。なんでもこの辺りは岩の隙間から水が噴き出してくる事があるらしく、温泉がある村もあるとの事だ。温泉!素晴らしい響きである。基本的にこちらの世界の風呂は、汲んできた水を火にかけて沸かす形で、同じ湯に代わる代わる何人も浸かる、あまり衛生的とは言えない形式だ。それに比べて温泉は源泉かけ流しなら衛生面は最高だろう。是非とも与りたいところだ、温泉村から依頼が来ないかなと心を弾ませて教会に戻った。


 教会の一角に大きめの天幕が張られ、そこが臨時冒険者ギルド本部になっている。稼働は今日からなのでまだ依頼は無いが、城門の近くに何人か配置し、各村に向かう行商人に情報の伝達を頼んでいる。依頼が実際に届くまでにはまだ日数が必要だろう。なので今日は【鍋と炎】は休暇という事にした。


 僕はひとまず、朝の祈祷きとうを終えた牧師さんを捕まえて略奪で得たお金を寄付する事にした。


「これ山賊から取り上げたお金なんですけど、寄付したいと思いまして」

「立派な行いに感謝します、信徒よ」

「……そこでちょっとしたお願いなんですけど、もし、もしお手隙でしたら山賊の被害者の遺族に幾らか届けて頂けないかなと」

「……行商人の方は不明ですが、家族連れの方は我が教会の信徒でしてね。親族の結婚式に行くと言っていたのですが……残念な事です。わかりました、遺族にお届けしましょう」

「ありがとうございます」


 さてこう言う時はなんて言うんだったか。ヴィムのお父さん、ディーターさんの葬列の記憶を引っ張り出す。


「彼らの霊魂が無事に主のもとに召され、その力となる事をお祈り申し上げます」

「信徒への祈り、そして彼らへの篤い心遣いに感謝を。主の看視あれ」


 もう見られてるよ。それにあの神の元に魂が召されたらろくでもない事になると思うけどね。僕は心の中で、被害者の魂がどこか別のところで安らいでくれる事を祈った。


 宿に戻るとイリスも身支度を整え終えていたので、街に繰り出す事にした。デートがてら市場調査をする事にしたのだ。フリーデさんも当然のようについてくるが、この前のようにチンピラに絡まれた時に有用なので良しとしよう。むしろ僕たちはこの街の治安状況がわからないので、固まって動くのは必要な自己防衛である。なおルルは食べ歩きにヨハンさんを無理やり引っ張っていった。


「じゃ、行こうか」

「ええ」


 僕とイリスは並んで歩き出した。デートなのだから手を繋ぐくらいはしたいが、衆目を集めて面倒な事になる事は以前学んだので控える。だがイリスは手と手が触れ合うギリギリまで近づいて歩くので、ふとした瞬間に指が触れる。その度目を合わせ微笑んでくれるのが可愛い。日本に居ても彼女くらいは出来たかもしれないが、こんなに良い娘と結婚まで漕ぎ着けるなんて出来ただろうか。この点だけでも異世界転生して良かったと胸を張って言える。


 この日は充実したデートになった。



 ブラウブルク市、同名の城の執務室でゲッツとリーゼロッテが話し合っていた。議題は道路建設についてである。道路を作るためには多量の資材が必要だが、それをどこから仕入れるかが問題になっていた。


 カエサルが提唱した「ローマ街道」とやらは「コンクリート」の材料が輸入出来ないため却下され、それを抜いて簡略化されたものを導入する事になった。それでも必要な資材は、大量の石である。これを道路建設区間に輸入する必要があった。


「上手く行くかねぇ」

「流石に飲むんじゃありませんこと?」


 2人が言っているのは、ゲッツがヴィルヘルムに持たせた親書の事である。ヴィースシュタインの領主に宛てたそれは、冒険者ギルド設立の勧めの他に、道路建設への協力要請が記されていた。まず石材の産地であるヴィースシュタインとブラウブルク市を繋ぐ街道を建設する、それが道路建設の第一歩であった。これが通らねばより遠方から石材を輸入せねばならない。


「確かヴィースシュタインは先の内戦では好意的中立の立場でしたわね」

「そうだ。多少の資金援助は貰ったが……兵の供出よりは貢献度は劣るわな、それは奴さんも理解しているはずだ。関係改善のため飲んでくれると期待したいが」

「そうでなくとも石材の太い顧客が出来るんですから喜んで飲むと思いますけどね。問題はブラウブルク市との間に太い道路が出来てしまう事それ自体ですけど」

「だなぁ」


 道路とは第一に軍隊の通り道である。よってヴィースシュタインにとって、選定侯の首都ブラウブルク市と太い道路で繋がれてしまうという事は「反乱の素振りを見せたら即座に大軍がやって来る」事を意味する。反乱どころか好意的中立ですら軍隊を送り込まれ「やあ、これから遠征行くから君たちも一緒においでよ!」と笑顔で脅される可能性があるのだ。


 法的にはヴィースシュタイン領主は選定侯の家臣である。だが封土として与えられた領地は上司たる選定侯ですら手出し出来ない半独立国家である。その独立が脅かされる事を領主が良しとするか。石材輸出で自身の財布が潤う事と釣り合いが取れるか。そこが問題であった。


「まァ突っぱねられたら仕方ねェ、ヴィースシュタイン周辺の貧乏騎士の領土を買い上げて、奴らの交易路を塞いでやるがな」

「殿下も中々悪辣な手を使いますわね」

「お前の発案だろリーゼ。どこで勉強したんだ?」

「マニュアルで。お爺様が遺言代わりに領地経営マニュアルを記していたのをかっぱらって読みましたわ」

「……お前も大概ワルだよな」

「摂政位簒奪さんだつ者ほどではありませんわ」

「言えてるなァ!」

「「ムッハッハッハッハッハッハッハ!」」


 2人の高笑いが執務室に響いた。


「さて、続きは馬上で話そうか」

「あら、執務はよろしくて?」

「君が手伝ってくれたからな、今日明日は楽出来るよ」

「それは何よりですわ。では参りましょう」


 こうして2人は遠乗りに出かけた。護衛の近衛兵や騎士付きではあるが、ちょっとしたデートを目一杯楽しんだ。

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